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ひとりじゃ寂しかったから

今まで見たことない、星降るような絶景の星空を見せてやると言われて、人気のない山奥に、私はノコノコ自分からついて行った。
何となく、自分が飽きられて、彼に捨てられるだろうことは察していた。
これが彼との最後のデートで、これを最後に別れを切り出されるだろうと覚悟はしていた。だが、まさか彼に殺されて山奥に捨てられるとは、そこまでは考えていなかった。
本当に美しい星降る夜だった。天の川を横切る流星が奇麗に見えた。まるでプラネタリウムのようだった。殺された私はきちんと弔われなかったので成仏できずに幽霊になってしまい、山奥に遺体を埋められたというのに彼への恨みは湧いてこなかった。本来なら、殺した彼を恨んで、怨霊になるべきなのだろうが、私は彼に飽きられた自分が悪いのだと、ひとり、反省するように黙って夜空を見上げていた。本当に人気がなく、幽霊として誰かに目撃されることもなく、私はそこにいた。数ヶ月ほど経ったある日、彼が私の知らない女を連れて、ふらりと、そこにやってきた。最初、私の遺体が誰かに見つかっていないかと気になってやって来たのかと思ったが。女連れなのを見て、私は思わず、その女性に彼は殺人犯であると伝えようとしたが、その女性は霊感がまったくないらしく、私の忠告の声は届かなかった。彼は私を殺した時と同じように近くの石を拾い上げて、その女性の背後から後頭部を殴ろうとしたが、「うがっ!」と彼は呻いて顔を覆ってしゃがみ込んだ。
彼女は脇の下から彼に気づかれないように、背後の彼に痴漢撃退用のスプレーを吹きかけていたのだ。そして、彼が落とした石を拾い上げて、逆に彼の頭部に振り下ろした。ガツガツと何度も彼の頭部を殴打し、幽霊の私は、それを茫然と見ているしかなかった。
「たく、男のクズが」
彼が完全に動かなくなって、ようやくその血まみれの石を捨て、女はしばらく彼を侮蔑するように見ていたが、周りを見渡し、誰も見ていないのを確認すると、放っておいても大丈夫と判断したのか、彼の遺体を埋めたりせずそのままにして車のところまで戻って行った。
肉体から魂が離れて、久しぶりに再会した彼は、私の姿を見ると大げさに驚いていた。
「お、お前、生きていたのか」
「まさか、あんた、ちゃんと息してないのを確認してから、あの辺りに埋めたでしょ。獣に掘り返されないように念入りに」
「じゃ、なんで、お前が、ここに・・・」
「鈍いわね。あんたが死んだから、先に幽霊になった私の姿が見えてるのよ。その証拠に、頭蓋骨をかち割られたあんたの死体が、そこにあるでしょ」
「あ、ああ、マジで俺死んだのかよ・・・」
「私も驚いたわよ、ここに女を連れて来たと思ったら、あんた、殺されてるんですもの」
「ちぇ・・・、お前、ざまぁみろって、思ってるのか」
「ざまぁだなんて、そんなことないわ、ひとりじゃずっと寂しかったから」
「ああ、そうか、お前、仲間が増えてうれしいか」
「ええ、そうよ。でも、あの女、なに?」
「ああ、俺の女関係をしつこく聞いて回ってたから、鬱陶しくて、ここに誘って始末しようと思ったら、逆に返り討ちにあったってわけだ、笑えるだろ。お前の知り合いじゃないのか、てっきり行方不明になったお前を探して、お前の代わりに俺に復讐したのかと・・・」
「ううん、全然知らない人」
「そうか、俺が以前にふった女の関係者で、ここに俺が誘った理由も何となく気づいていて、備えていたってことか」
彼は私が彼のことを恨んでいて成仏できずにいると思ったようだが、本当に私は彼を恨んでいなかった。殺されたから、必ず相手を恨むと想像するのは生者の勝手であり、実際に死んでみると、何も触れられない、誰の目にも止まらない、寒さや暑さの感覚もなく、ただそこにいるだけの幽霊になると、恨んだところで何もできず、ただ無為に時を過ごすだけだった。だが、私は幸せだった。誰にも邪魔されずに彼と二人きりで、再び夜空を見上げられたから。
そして、私は満足して、彼より先に成仏した。
ひとり残された彼を満たして、成仏させてくれるひとが、これから先現れるとは思えない。
だぶん、彼はこれから山奥でひとり寂しく幽霊をやっていくだろう。

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