14話 嫡男様、喉から絞り出すような決意表明
「はい。よろしくお願いします」
彼がハタとして、慌てて頭を下げた。
(私は頭を下げられるような身分じゃないんだけどな)
慣れなかったので、ひとまず公爵家嫡男様には迅速に頭を起こしてもらった。するとジークハルトは、なんだかやっぱり嬉しそうに笑った。
(あ、また笑顔……)
初日にたびたび見かけていたのだが、二日目、三日目にはよく笑うようになっていた。
信頼されているのが分かる。たぶん、強い魔法使いという肩書きが尊敬させているのだろう、とエリザは推測している。
(なんというか、接していると中身が子供っぽいんだよな)
女性恐怖症で、日々、屋敷の中でも女性使用人をできるだけ避けている。たびたび出くわすと悲鳴を上げ、なんだ誰々かというのは毎度のことだ。
そういうところも、大人の男性というより子供なイメージがあった。
子供だと思えば、嬉しそうに笑う彼の美貌も慣れたものだ。
(彼は私を男だと思っているし、私も誤解するような乙女心はないし)
すると、横からルディオが腕をつついてきた。
「ジークに微笑まれて表情が死ぬのも珍しい」
「表情は死んでないし、ただちょっと考え事してただけじゃん」
その手を軽く叩き落し、前向きになったジークハルトへ向き直る。
「ジークハルト様、ひとまず今回の舞踏会でランクアップを目指しましょう」
「ランクアップ?」
「つまりレベルを上げるんです。場数を踏めば、耐性も付きます」
エリザが断言すると、ジークハルトが「場数……」と口の中で反芻した。ルディオは賛成のようで、乗り気になって椅子に座り直す。
「いいね。それで、ミッションは?」
楽しんでんじゃないよ……とエリザは思った。
これまで、ジークハルトのフォローとサポートに悩まされていたせいだろう。一人きりでのフォローから解放されて、随分肩の荷が降りたらしい。
「まぁ、ますは婚約者候補の方とは必ず接触してもらいます」
そう告げると、ジークハルトの顔から血の気が引いた。
想像するだけで震えが起こるのも、すごいかもしれない。
エリザは冷静に分析してしまった。ルディオが「それが課題になるだろうな」と同意して、椅子の背もたれに寄りかかる。
「ラドフォード公爵も、今回こそはやってもらいたいって言ってたし。ジークだってそれは分かってんだろ?」
「それは……分かってる。だから出席を確認された時に了承した」
彼が、テーブルに置いた手を強く組む。
(うわぁ、すっごく嫌そう)
エリザは、ルディオと揃ってかける言葉を見失った。そこで強い意志が覗く顔をするのかと思いきや、ジークハルトは脆弱マックスの相貌でがたがた震えていた。
(ここまで震えるかっこいいイケメンって、珍しいかも……)
「えーと、簡単ですよ。ラドフォード公爵様が言う令嬢達と話しをすれば、ミッションコンプリートです。これさえクリアしたら、あとは好きにできます」
エリザは、手ぶりを交えて説明した。
ジークハルトが、右へ左へと視線を泳がせたすえに、観念したように項垂れた。
「うぅ……っが、んばります」
喉から絞り出すような決意表明だった。
本音をこらえた表情は、やっぱり子供っぽい雰囲気をエリザに感じさせた。泣きそうな顔をしていたが、彼は反論しては来なかった。
その様子を見ていたルディオが、きょとんとした顔で首を傾けた。
「ジーク、お前、教師にもこんな忠実じゃなかっただろ」
「このままだと駄目なのも分かっているし、それに……」
「それに?」
「なんだか逆らってはいけないような圧もある気がするというか……彼は強い魔法使いですから、僕がこれまで関わってきた講師の中で一番偉い人でもあります」
「まぁ、そりゃそうだな。魔法使い名で証明書が降りるのは【強い】に分類された、特別な魔法使い達だけだからな」
そんなことになっていたらしい。
(でも圧を感じてるのって、たぶん私が女性であることを感じ取って恐怖心を覚えているだけなのでは?)
隠している性別が作用している可能性が浮かんだ。
超能力のような鋭い女性センサーを発動させているジークハルトが、この数日まったく性別に気付く様子がないのは不思議だ。
いちおう、エリザだってあまり近付かないようには気を付けている。
とにかく、触らないことも大事だ。
「ん? 社交はばっちりだとラドフォード公爵にうかがったのですが、ダンスはできるんですか?」
エリザは、この国の本を読んで学んだ社交風景を思い出す。
見目や地位共に完璧なジークハルトは、はたして貴族が必須とされているダンスは習得できているのだろうか。
すると、彼が泣きそうだった顔をもとに戻した。
「はい、できますよ」
当たり前でしょうという雰囲気で応えた彼に対して、エリザは、ルディオが黒歴史でも思い出したみたいな顔で手を組むのを見た。
「あ、そうなんですか」
つまりルディオが女役をこなして、ダンスを習得させたのかな……。
幼馴染が哀れ。周りのみんながルディオに強要した光景が、悟りのような閃きと共に起こったのだった。