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第175話 明かされた野心家『廃帝ハド』

「ラーナ。それじゃああの三人の完成体の法術師は何なの?」 

「それは……」 

 ラーナが口をつぐむ。そこで嵯峨は懐からディスクを取り出して自分のよれよれのコートのポケットから取り出した端末のスロットに差し込んだ。

「まあこれはオフレコでね」 

 そして映し出される三人の隠し撮りされた男の写真。誠も必然的にそれに目を向けた。その一人、アロハシャツでにやけた笑いを浮かべているのが北川公平だということが分かったが、角刈りの着流し姿の男と長髪の厳しい視線の男には見覚えが無かった。

「北川公平がベルガー大尉のところにいらっしゃったのね。そしてわたくしのところには桐野孫四郎……」 

 そう言うとかなめの表情が曇る。

「桐野孫四郎?」 

「元隊長の部下だった男だ。敗戦直後の甲武で高級士官の連続斬殺事件で指名手配中だ。先の大戦で叔父貴の治安部隊でゲリラをさんざん日本刀で惨殺して恐れられた男。付いたあだ名は……『人斬り孫四郎』」 

 カウラの言葉を聞いて着流し姿の男に誠の目は集中した。その瞳にはまるで光が無い。口元の固まったような笑みも見ていて恐怖を感じさせるところがあった。

「そしてランのところに現れたのはこのロン毛か……。俺もこいつは探しているところなんだよね」 

 そんな反射で出てしまったという言葉に嵯峨は自分ではっとする。当然ランは聞き逃したりはしない。

「推測でいいですよ。今のところはね」 

 ランの言葉に嵯峨は諦めたようにうなだれた。

「まあなんだ。『不死人』の存在は……できるだけ隠しておきたかったのがどこの政府でも思っていたことさ。不死身の化けもの。それだけでもいろんな利害のある連中が食いつくネタにはなるんだ」 

 そう言うと嵯峨はタバコを取り出す。

「ああ、ええですよ。吸っても」 

 明石はそう言うと戸棚からガラスの灰皿を取り出して嵯峨の前に置いた。

「そこでそのロン毛がねえ……」 

 タバコに火をつけながら嵯峨がそう言うと映像が切り替わる。それは中国古代王朝を思わせる遼南朝廷の皇族の衣装に身を包んだ男の姿だった。そしてその表情の見ているものを憂鬱にさせるような重苦しい雰囲気に一同は息を呑んだ。

「お前等も知ってるだろ?遼南王朝初代皇帝遼薫(りょうくん)。不死人である薫帝息子に帝位を譲り何代か後にすべてを帝家に任せて王宮を出た後の話だ時の皇帝遼秀が死んだとき、帝位には次男の遼宗が付き、惣領のシンバは王朝を追われた。その息子がこいつ、『廃帝ハド』」 

 嵯峨はそう言って映し出された長髪の男の画像を見上げた。その目には敵意の色が誰の目にも見ることが出来た。

「その廃帝の写真ですか。なるほど、『不死人』なら年を食わないというのも当然か……おっと不死人のアタシが言うのもなんだろーなー……」 

 ランはそう言いながらソファーの下に足を伸ばす。小さな彼女では当然足は宙でぶらぶらとするだけだった。

「ちょっと待って下さいよ!でもこの人達は法術師でしょ?それがどうして……あんな仲間を実験材料にする連中と関係を持ちたがるんですか?あの化け物の前に現れて片付けた三人の法術師にしても……」 

 ためらうような誠の声に一同の視線が嵯峨に集まる。

 嵯峨は頭を掻きながら画面を消した。

「まあお前さん達の気持ちも分かるよ。こんな正気の沙汰とも思えない計画を誰が考え、そしてそこで生み出された化け物を誰が囲おうとしている奴がだれか。それがはっきりしなけりゃ今回の研究を潰したところで同じことがまた繰り返される……と。厚生局はあくまで真面目に研究を続けてきたが、このロン毛の売り渡した商品に性能の差を見せつけられた。そして、あれだけの事をしでかした以上、しばらくは身動きが取れない。自業自得と言っちゃあそれまでなんだけど」 

 タバコをくわえていた嵯峨が火をつけるために一服する。だが誠達の視線はそんな落ち着いた様子の嵯峨を見ても厳しさを和らげることは無かった。

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