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飲みに行こう 1

 迷い木の怪物を田舎へと送り、ムツヤ達は帰ることにした。

 新たに仲間に加わったのは黒髪でゴシック調のドレスを着た少女だ。彼女の体は定期的に魔力を注入しないと枯れ葉になってしまう。

 帰り道、ムツヤはうんうんと何か考え事をしている。気になったユモトはムツヤに話しかけてみる。

「ムツヤさん、何か心配事でもあるんですか?」

「えーっと、魔物って何なんだろうなって考えでいました」

 ずいぶんと哲学的なことをムツヤは考えていた。

「魔物もただ生きていたいだけで、その住処に入り込んで倒しちゃうのって、もしかして悪いことなのかなって思っちゃって。だから俺は迷い木の怪物を斬れなかったんでず」

 先程の戦闘の疲れもあり、ムツヤの言葉を聞いてしばらく誰も何か言葉を出すことが出来ない。

「俺は塔の魔物だちを…… 遊び半分で斬っていました。でもあの魔物も話すことが出来たらもしかして……」

「ムツヤ殿は優しいんですね」

 モモはじんわりと笑顔を作って言った。

 そうだ、ムツヤの優しさは長所でもあり、短所でもある。その事をモモはよく知っている。

「私は仲間を守るために生きるために戦います。人もオークも魔物も、何かを奪って生きています。だから私は」

 そこまで言いかけた所で言葉はユモトの叫び声によって消されてしまった。

「あああああ!!! ムツヤさん、ヨーリィちゃんが崩れかけています!!」

 ヨーリィは真顔のまま右半分が枯れ葉になりかけていたので、ムツヤは慌てて手を握って魔力を込めた。

「申し訳ありません、まだ上手くムツヤ様の魔力を吸収できていないようで」

「ど、どうすれば」

「何日かすれば慣れると思います」

 ヨーリィは元の少女の姿へと戻っていく。

「ムツヤ様の魔力は不思議ですね、とても暖かい気持ちになれます」

 ヨーリィはムツヤに握られている左手の上から再生した右手をそえて言った。

「申し訳ありませんが、枯れ葉に戻ってしまうのでしばらく手を繋いだままでも良いですか?」

「はい、大丈夫ですよ」

 髪色が似た2人が手を繋いでいるとまるで仲の良い兄と妹のようだった。モモと何故かユモトまでそれを羨ましそうに見ている。

 帰り道はヨーリィの案内で迷わずに森を抜けることが出来た。

 久しぶりの見晴らしが良い大地にみんなで喜ぶ。

 スーナの街に着くと3人は冒険者ギルドに向かった。依頼は失敗したのでその報告をしなくてはならない。

 事務処理は全て終わらせて、一行はようやく一息つけた。

 しかし、ムツヤはまだ浮かない顔をしている。

 そんな時にユモトは何気なく依頼の貼り紙を見て顔が真っ赤になった。

『ユモト・サンドパイルの捜索』

 依頼主はユモトの父であるゴラテだった。ユモトが貼り紙を破り捨てると同時にちょうどゴラテの姿を見つける。

「ユモト!! 大丈夫だったか? 昨日帰ってこなかったから心配して捜索隊を組もうと思ってたんだ! 怪我は無いか? 変なことされてないか?」

「もー、お父さんは心配しすぎなんだって!!」

 そんな二人を見てハハハと笑うムツヤ、少しだけではあるが笑顔が戻った事にモモはホッとし、妙案を思いつく。

「ムツヤ殿、今晩はこのギルドで酒でも飲みませんか? お互い改めて自己紹介もしたいところですし」

 この提案にムツヤは予想以上の反応を示した。目を輝かせてモモを見つめる。

「本当でずかモモさん!? これって『飲み会』っでヤツですよね?」

「え、えぇまぁ」

 その反応と共に顔を近づけてきたのでモモは視線をムツヤから外してしまった。

 そんな事お構いなしにムツヤは興奮して腕を上下にブンブンと振っている。

「憧れでいだんですよ! 仲間との飲み会って奴に!!」

「そうでしたか、それならばちょうど良い機会ですね、ユモトとヨーリィも今晩良いだろう?」

「あっ、はい! 服が汚れたんでいったん家に帰ってお洗濯してから来ますね」

「私はご主人様の命令であればどのような事でも行います」

 とりあえずは全員今晩の予定は大丈夫そうだ。

 ユモトはゴラテと共に家に帰り、ムツヤとモモはまた宿にでも泊まろうと思っていた。

 しかしここである問題にモモは気付いた。ヨーリィをどうするかだ、宿に大部屋が空いていれば良いのだが。

「ムツヤ殿、ユモトもちょっとヨーリィについてご相談が」

「私についてですか?」

 ムツヤが返事をする前に大きな目でモモを見つめてヨーリィは言う。

「あぁ、ちょっと人通りの無い所で話したい事なんだが」

「わがりましたモモさん、行きましょう」

 4人はまた街を出て、周りに誰も居ないことを確認してからモモが話し始めた。

「ヨーリィと私達の関係をどの様に皆に説明するか考えないといけません」

「さっき起きたことをそのまま話すのはダメなんですか?」

 えぇ、と返事をしてモモは右手を頬に当てて悩ましげな顔をする。

「我々新米の冒険者がA級クラスの魔物と戦ったなんて言っても誰も信じないでしょうし、ヨーリィの正体をよく思わない者も多いでしょう」

「確かにそうですよね」

 ユモトもこの1件については何かを考えなくてはいけないと思っていた所だ。

 そして「そうだ」と言ってある提案をする。

「ヨーリィちゃんは記憶喪失になっているって事にしませんか?」

 うーんとモモは手を組んで唸る。少し無理のある言い訳だと思ったが、それ以上の案は何も思い浮かばない。

「後は、ムツヤさんとヨーリィちゃんは髪の色が似ていますし、妹って事にするのはどうでしょう?」

「それもありだな」

 その後も数回言葉を交わしたが、話し合いの結果、ユモトの提案通りヨーリィはムツヤの妹だが、記憶喪失だという設定で通す事にした。

 それならば多少街で不自然な行いをしても強引に通すことができる…… と思う。

「かしこまりました。私はムツヤ様の記憶をなくした妹という事にするのですね」

「えぇ、よろしくおねがいします」

 ムツヤがペコリと頭を下げるとヨーリィは癖なのか顔を近づけて言葉を出す。

「ご主人様、私に敬語は不要です」

「あー、それじゃえーっと…… ヨーリィそれでよろしく」

 ムツヤが目線を外してしどろもどろに言うと、抑揚のない声で「かしこまりました」とヨーリィは言った。

「あのー、人前ではご主人様でなくて『お兄ちゃん』って呼んだほうが良いかもしれません」

「わかりました、ムツヤお兄ちゃんですね」

 ユモトの提案に素直に従うヨーリィ、外の世界で呼ばれたい言葉の上位に入る『お兄ちゃん』を言われてムツヤはニヤケ顔になる。




「大部屋は空いてないねぇ、というよりお兄ちゃんその女の子はどうしたんだい?」

 メガネを掛けた白髪の老婆、グネばあさんはまるで生きた人形の様なヨーリィを見て言った。

「えーっとですね…… 俺の妹なんでずが、記憶喪失になっていまして」

「それで記憶が戻るまで一緒にこの街に居ることにしているんだ」

「ヨーリィと言います」

 メガネの位置を手で調整し、改めてグネばあさんはムツヤとヨーリィを交互に見て言う。

「お兄ちゃんねぇ、確かに髪の色は似ているけど顔は似ないもんだねぇ」

 ケタケタとグネばあさんは笑い、そして部屋の鍵を2つ用意する。

「ベッドが2つの部屋と、1人用の部屋だよ。どう使うかはお兄ちゃんしだいだけど、面倒事はよしてくれよ?」

「なっ、だからそういう事は言わないでくれ!」

 また部屋割りで悩むことになってしまった3人だが、常識的に考えれば女であるモモとヨーリィが2人用の部屋を使うべきなのだろう。

 しかし、そこで少し問題が発生する。

「私はお兄ちゃんから魔力を頂かないといけません、なので同じ部屋に居た方が良いかと思われます」

「うむ…… 確かにそうだな」

 兄妹で同じ部屋を使うというのは充分に自然だったが、モモは何かが起きてしまうのではないかと少しだけ心配した。

「モモさん、悪いんでずが疲れたので夜の飲み会まで寝ていても良いですか?」

 ムツヤの提案は最もだった、迷い木の怪物と戦い、山道を抜けて、魔力をヨーリィに与えていたのだから無理もない。モモも若干の疲れを感じている。

「そうですね、わかりました」

 ヨーリィの提案通りムツヤとヨーリィが同じ部屋に泊まり、モモは1人部屋を使うことになった。

 それではまた夜にとムツヤとヨーリィは部屋の中に消える。

「うー、疲れたもおお!!」

 ムツヤは革の防具を脱ぐとベッドにどかっと座った。

「ヨーリィも寝て休んだほうが良いべよ」

 敬語を使わなくても良いと言われたムツヤは思い切り訛りが出ていた。そんなムツヤを立ったまま見つめるヨーリィ。

「お兄ちゃん、申し訳ないのですが魔力の補給をお願いできますか?」

「じゃあこっちに来で」

 ムツヤはベッドの右隣をトントンと叩くとヨーリィはそこにちょこんと座った。そして2人は手を握り合う。

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