分かり合えないアイツ
抜け出た先はどこだか分からない果樹園らしき木々の中。
斧を手に、俺は一心不乱に振り続けた。ずっとベッドで寝てるのは性分じゃねえし。
とはいえ……骨にヒビが入ったり折られるというのはこんな感触だったなんて、今回身をもって知らされた気がした。親方に殴られたり、矢が刺さったり、斬られたりすることは今までの人生でそれこそ数え切れないほどあったけどな……
しっかりしろ俺。傷の治りが遅いだなんて気のせいだ。と己に言い聞かせてはいるが……激痛で息も出来ない、片足で踏み込むことができないとヤバいことだらけだ。
数回振ったところで、血の固まりをベッと吐く。支えきれない足の代わりに斧にもたれかかる。
自分でもこれほどまでに情けない姿……ああ、そうだ。悔しさを通り越して涙すら出ねえ。
「それが一体何になると言うんだ」
虫の音しかしない中、突然冷めた、けど聞き慣れた声……振り向くとやはり、マティエだった。
まるで俺を睨め付けるような、見下しているかのような目つき。
「そんなバカの一つ覚えみたいな素振りが役に立つとでも思っているのか?」
うるせえと怒鳴りつけたいところだが、俺の方も激痛と息のし辛さでそんな声すら出なかった。
「……答える気も無し、か」
ざっざっとあいつの蹄の足が草を荒く踏み締める音がする。
「お前、ウソをついているだろう?」
そうして、俺の前に立つとこう言い放った。
「バカ正直なエッザールは騙せても、私は騙せないぞ」
目を逸らしてしまった。ヤバい。見透かされてる。
「まだシラを切る気か? お前のケガはすべて鈍器で殴られたもの。しかしチャチャの武器は爪だ。手当てをすればそれくらいのことすぐに分かるぞ! さあ答えろ、お前はなにと戦ったんだ? 言えない秘密でもあるのか? だとしたらお前は……」
ぐいっと、マティエは俺の胸ぐらを掴み上げた。
「お前の身体に流れている、マシャンヴァルの血がそうさせているのか?」
え……ちょっと待てマティエ、なぜそれを知ってるんだ!?
「少なくともルース……いや、ラザトも知っている、お前の本来の出生を。だがあえて口にしなかった。お前は獣人だ、それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもないとずっと信頼してきた! だがウソを付くだなんて論外だ! ならば……」
俺を地面に投げつけ、あいつは手にした槍を突きつけた。
「全てを話すか、私と戦え!」
「ちょ、なんでそんな飛躍したことを!?」
「分かるだろう? 私はお前が大嫌いだ。そしてお前は私が大嫌いなことも分かる。だからこそ今殺しあって全てをどちらかに分からせることしか方法がないんだ! いい加減分かれ!」
無理だ、親方にも言われた……女には絶対暴力を振るうなって。
「私を女だと思うな、そして殺されても悔いはない!」
「無理だ、それでもお前は女だ、一応は仲間だ、同胞だ!」
そして……マティエは悲しそうな目をして俺を殴りつけた。
吐き捨てた言葉と共に。
「お前の心の中にある、情けと余裕が負けに繋がったんだ!」