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【廃墟となった古城】ガイドが語る昔話

 廃墟というものは、古さの象徴だと思う。
遥か昔に見放され、現在に至るまで誰一人としてその主にならなかった、過去の遺物。

 しかし時として、その放置された遺物は、現代にて価値を見直されることは、ままあること。

 人が寄り付かなくなったからこそ出せる、退廃的な雰囲気を、人は神秘と呼ぶのだろう。

 主には石で造られた、過去には聳え立つ立派な城だったであろう建造物を見上げ、そんなことを思った。

「お待たせ致しました。これより、古城見学ツアーを行います」

 制服に身を包んだガイドの女性が、廃墟と化した古城を背に小さな旗を振り呼びかける。

「城内は決まったルートを通らせていただきますが、如何せん歴史の暴動の衝撃と、経年による劣化で崩れやすくなってる箇所もございます。ルートを外れると、危ない箇所もございますので、わたしの指示に従ってくださいね!」

 人のいい笑みを浮かべ、注意事項を口にしたガイドは、手に持つ小さな旗を振り振りする。

 Q.歴史の暴動とは?

「はい。過去、ここにあった国では、悪政に不満を持った国民たちが蜂起し、城を崩し、悪政を敷いた王侯貴族をそこから引きずり出し見せしめとするなどの、過激な武力紛争が起こったと伝わっております」

 Q.国民が、ですか。余程大変な時代だったのですね。

「きっとそうなのでしょう。外壁どころか、中に入ると部屋の区別もつかないほど崩れている箇所もございます。よっぽど国民たちの怒りは深かったのでしょうね」

 ガイドは、その日一人だけの客を城内へ案内する。

 その城の中は、廃墟という言葉がしっくりくる、実に古めかしい建物だった。

 Q.まさに城、って感じがしますね。ここに、本当に人が住んでいたんですか。

「今となっては、華やかだった時代を想像できないほど寂れた場所になってしまいましたからね」

 ですが! ガイドはくるりとターンを決める。

「ここでは多い時は、実に数千人ほどの人々が暮らしていたと言われています!」

 Q.数千人……!

「はい! 王侯貴族他、城に勤める召使い、城住まいの貴族や王族専任の使用人たち全てが、この城で生活をしていたのだと伝わっています!」

 Q.それほど人が多いと、城内では貴族も使用人も、ごちゃごちゃにごった返していたことでしょうね。

「それが、王侯貴族が傍に侍らせていた使用人たちは、彼ら彼女らの中でも、使用人としての位が高い者しか侍らせていませんでしたし、城内で見かける使用人は、そういった者しかいなかったそうです」

 Q.あれ? でも、今数千人と。

「実は城の構造は、数多いる使用人たちが王侯貴族の目に留まらないような作りとなっていたのです!」

 こっちこっちと手招かれて向かった先は、古い扉。
今や簡単に開くようになっているが、鍵穴らしきものも見えるそれ。

「ここの扉は、二重廊下の入り口になっています」

 Q.二重廊下?

「はい。今いるここが、王侯貴族、その客人などが行動するメインスペースとなりますが、そこをぐるりと囲むように、使用人用の通路が作られていたと考えられています」

 扉を開けると、人が二人すれ違えるくらいの広さの通路が。
その両壁にはいくつもの扉があり、奥の方にもう一つ、鍵穴がある扉が見える。

「こちら側の扉が、貴族たちのプライベートルームにつながる扉。彼らは衣装持ちであったそうなので、広いウォークインクローゼットのようなものが部屋にあり、その中の、さらに隅っこに目立たないように造られた、出入り用の扉になります」

 開いてみると、確かに。
小部屋とも呼んで差し支えない広さの空間に、その扉は繋がっていた。

「反対側の扉は、部屋付きの貴族たちが雇った、専任の使用人たちが暮らす部屋となっていたそうです。雇い入れていた人数にもよりますが、一部屋に五、六人ほどが暮らしていただろうと思われます」

 Q.結構狭いですね。

「当時使用人は、その時間のほとんどを主人のために使っていたため、プライベートルームも寝に帰るだけの空間になっていた、そんな説はありますね」

 Q.社畜……いえ、なんでも。あちらの鍵穴の付いた扉は?

「はい。あの扉が、一般の使用人と、王侯貴族付きの位の高い使用人を隔てていた壁となります」

 鍵のかかっていないそれを開くと、先ほどまでの通路よりも広い、長い廊下が現れた。

「この二重廊下の、先ほどまでいた通路は限られた使用人しか入ることはできなかったそうです。そこの扉の鍵も、決まった責任者が複数人で管理して、何月何日、何時に誰が、どういう目的を持って申請に来て、責任者の誰が扉を開けたか。事細かに記録をつけていたそうです」

 Q.とても厳重だったんですね。

「王侯貴族相手のお仕事でしたからね。一つのミスで、物理的に首が飛ぶなんてことも、少なくはなかったのでしょう」

 想像できる裏事情をしれっと吐き出すガイドが、使用人用の廊下、その突き当たりまで歩いていく。

「はい、こちら。突き当たりの階段が、各階を繋ぐ移動手段となっていました」

 Q.使用人専用の階段、ですね?

「そのとおりでございます。階段一つとっても、城の主人、王侯貴族とは、鍵のついた扉を隔てなければ一切交わらない構造になっていたようです」

 階段を上がっていく。
石でできたそこは薄暗く、廊下に比べるととても狭い。
ここを何人もの使用人たちが行き来していた頃の情景を思い浮かべる。
まぁ、とても渋滞していたのだろうと、想像できてしまう。

 Q.王侯貴族付きの使用人たちが生活していた空間は先ほど見ましたが、その他の使用人たちはどこで暮らしていたのでしょうか。

「伝わっている文献によると、通いの使用人もいたにはいたそうですが、大半はこの城の一階部分に暮らしていたそうですよ」

 Q.一階に?

「はい。メインスペースは、玄関口ともいえる大広間と、客人用のトイレ、それから二階以降に繋がる大きな階段のみの空間となっていましたが、壁で隔たった裏では、倉庫があり、厨房があり、外付けの兵舎と繋がった武器庫があり。その施設に囲まれた中央部に、使用人たちが暮らす、たくさんの部屋があったそうです」

 Q.そうなんですね。……そこは後で案内していただける場所になるんですか?

「いえ、申し訳ありません。それは難しいんです」

 Q.何故でしょう。

「先の暴動で、一階の使用人スペースはほとんど瓦礫に埋もれてしまって、そもそも入ることが困難なんです」

 Q.そうだったのですね。失礼しました。

「ご期待に添えず、申し訳ありません。代わりと言ってはなんですが、当時の見取り図や、先ほど申し上げました鍵の使用記録は残っておりますので、後ほどご案内いたします」

 Q.それはありがとうございます。ところで。

「はい、なんでしょうか」

 Q.ここの階段、結構長いんですね。

「ええ。一階分の天井も高く作られていたため、必要な段数が多くなっているのでしょう」

 Q.見た感じは、そこまで高くなさそうでしたが、……あっ。

「えっ?」

 間の抜けた声が階段に響く。

 Q.うわー。

「お、お客様ぁ?!」

 踏み抜いたのは、足下。
石の階段だと思っていた一箇所が、そう見えるだけの柔らかい素材で作られていた。
傍目に分からなかったそれを踏み抜いてしまった瞬間、何か、カチリと音がするものを同時に踏んだ感覚が残る。
 瞬間、階段と空間を隔てていた壁が、消える。

 転がり落ちる体。追いかけて空間に転がり込むガイド。
僅かな衝撃を感じた。目を開く。広い空間だった。

 Q.ここは、どういったところですか?

 ガイドに問いかけるも、彼女はオロオロと慌てている。

「いえ、こんな空間、文献にもどこにも載っていませんでした!」

 その声には不安と、僅かな興奮が含まれている。
歴史的な大発見と呟くから、本当に今日まで見つかっていなかった空間なのだろう。

「本当に、どういう目的で使われていた部屋なのでしょう……」

 だだっ広い空間のその中央。
何に使うものかも分からない装置が、千切れた管を無数にまとい、そこに鎮座している。

 光の加減だろう。青く照らされたそれは、廃墟と化した瓦礫の部屋に、いやに神秘的に映った。
そう、感じた。

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