第144話 すべてを見守る『異能の人』
「遼州同盟。ずいぶんと変わった兵器を開発したものですね。まあ、対策の立てようはいくらでもある兵器ですが……あのような物に予算をつぎ込むとは……東和共和国の経済力があってこそと言うところですか。ムダ金を使える国は羨ましい」
そう言って片膝をついて黒いコートの男は、地平線から黄色い泡のようなものが立ち上る地平線を見つめていた。そのコートの下からは黒い漆塗りの日本刀の鞘が見えた。空は白み始め、現在降下中の遼州同盟加盟各国の救命部隊と治安維持部隊派遣されることになるだろうことを思うとコートの男、桐野孫四郎の表情は冴えなかった。
「いいのですか?今回はあの嵯峨の『茶坊主』の思う壺にすべての人間がはまり込んだ。まあ、『陛下』の気まぐれが無ければそれも見事に失敗していたのですが……どうして助けられたんです?あの嵯峨と言う男の切り札となり得る青年を。嵯峨も、あの神前誠とか言う青年も『陛下』の理想の妨げになる男です。今のうちに痛い目に遭わせておいた方が良かったのでは?」
桐野の声は明らかに不満を込めたものだった。嵯峨を『茶坊主』と呼ぶのは嵯峨が茶道の師範として知られ、茶器の鑑定眼で知られた人物だったからだった。
そして嵯峨の蔑称である『茶坊主』という言葉を使うのはかつて桐野が嵯峨に部下として仕えたことがあり、そしてその嵯峨を裏切った過去があるからだった。そんな因縁のあるかつての上司、嵯峨の高笑いを思い出し桐野の表情は冴えなかった。
だが、彼の前に立つ長髪の大男はそのようなことはどうでもいいとでも言うように黙って法術兵器の効果により泡立っているように見える地平線を眺めていた。
桐野は目の前で微笑んでいるこの男の考えていることが出会った時から分かったためしがなかった。ただ人が斬れると彼の後ろでチューインガムをかんでいるアロハシャツの男、北川公平に誘われて北川が『陛下』と呼ぶ男の力を知り、それに従って人が斬れる現状には満足していたが、あの嵯峨の意図をくみ取って遼帝国の虎の子の07式のパイロットを焼き殺したことには理解が出来かねた。
結果として桐野が見せられたのは桐野のかつての上官の指揮する司法局の『特殊な部隊』の活躍と新兵器の威力だけだった。そのことに桐野は明らかに不満を持っていた。
「桐野君。君はやはり人斬り以上にはなれないようだね。私はこの舞台に居ない『ビッグブラザー』の意図を挫いたに過ぎない。『東和共和国』だけの平和を目論む『ビッグブラザー』が東和共和国から遼帝国への最新鋭の07式の供与を始めた時からこういう時が来るとは思っていた。東和共和国の『一国平和主義』は私にとっては目障りだ。あの国にも私の理想の為の先兵の候補は沢山いる。いずれ『ビッグブラザー』にも理想実現の為にご退場いただく予定だ」
長髪の男は低い声で07式の刃によってこの作戦が失敗に終わることを『ビッグブラザー』が望んでいることを告げた。
その自分以外の誰をもあざけるような調子に桐野は腰の刀に手を伸ばした。だが、その時振り向いた男の目に桐野は背筋が凍った。哀れむような瞳だが、そこには何の感情も無く、ただ強者が弱者を見つめる時の圧倒的な自信の裏打ちだけがあった。
「この兵器は今後は役に立たないと思っているだろうな嵯峨君は。見たまえ、法術兵器に対応した装備を備えている遼帝国の投降兵の07式のパイロットは対法術兵器シェルのおかげでこの攻撃を無効化することができたじゃないか。私が助けてあげなければあの神前誠とか言う哀れな青年も今頃は07式のサーベルの熱線で蒸発していたんじゃないかな」
空が次第に薄明に染め上げられていく中、長髪の男は再び地平線に目をやった。
「結果として、この地がアメリカ軍に蹂躙され遼州同盟の無力が証明されれば、同盟に加盟して要らぬ戦乱に東和共和国が巻き込まれる可能性は少なくなる。東和共和国ではなく遼帝国によってその妨害の為の最後の一手を打たせる。『ビッグブラザー』らしい自分では一切手を汚さない見事なやり口だ。会ってみたいものだな『ビッグブラザー』。たぶん楽しい会話ができるだろう」
長髪の男はその意図を挫いたはずなのに『ビッグブラザー』の事を褒め称えているように桐野には聞こえた。
破壊された07式の隣に輸送機を着陸させる『特殊な部隊』の様子を見ながら彼は満足げに笑っていた。
「さあて、そのサンプルを手に入れたところで私の『力』は図れないよ……なんとも無駄なことだが、それも役人のサガと言うものか。お仕事お疲れ様と言うところかな」
相変わらず長髪の男の視線は軽蔑を含んだ目で作業を続ける司法局実働部隊の隊員達の姿を見つめていた。