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湿原の怪物 その9

イーグが持ってきた秘密兵器でそれほど苦戦することなく俺たちは戻ることができた。
だけど、あれがなかったら俺たちどれほど苦戦していたんだろうな、なんてジールと話していたんだが……そうだな、どっちかって言えば俺の斧がやっぱりナウヴェルの言うまがい物だってことがいよいよ真実味を帯びてきたわけなんだし、こりゃ一刻も早くあいつらを探し出さないといけなくなってきたわけだ。

ほどなくしてシィレの街に到着したら、この前以上の人間たちがわっと俺たちを取り囲んできた。
なんかもう英雄みたいな歓待っぷりだ。だけど俺もイーグもこういうのはあまり好きじゃない。それに俺の方はあまり活躍しなかったしな。
「ラッシュさん!」ほら、やっぱり真っ先に駆け寄ってきたのはエイレだ。
「おかえりなさい、ラッシュさんたちなら絶対仕留めてくれると信じてました」
いや、俺は全然……
間髪入れずジャノに肩車されたチビが、俺の胸へと飛び込んできた「おとうたん!」って。
「兄貴すげえよ! 俺のことをお姉ちゃんって呼んでくれたんだよ!」
ジャノ、お前なに言ってるのか全然意味不明なんだけどな。

不思議なことに、麻袋に入れておいた例の怪物の脚なんだが……半分以上が溶けていた。緑色の染みと、なんとも言えない腐臭を残して。
でもって、マティエはエイレとともに馬を連れ、王にこのことを報告するためにさっさと去っちまった。俺もジールも結構疲れが残っているだろうし、とにかく寝たい。

だが……

………………
…………
……

一人俺は、薄暗い寝室でテーブルに置かれた鉄の板を見つめていた。
そう、あのとき怪物の身体に付いていた鎧の一部だ。
今まで俺は全身鎧に固めた相手すら、愛用の大斧で難なく真っ二つにしてきた。それほどまでにこいつは斬れ味が良かったんだ。そんじょそこらの剣以上にな。

だが、今回は違っていた。

俺はその鎧の破片に向け、手にした大斧を思い切り振り下ろした。
ゴン! と予想し得ない鈍い音が、俺の手へと伝わっていく。
わかる、これは斬るときの音じゃない、鈍器のような殴りつける音だ。
普通、弾かれるのならばもうちょっと澄んだ金属音がするはず、それがこの鎧に関しては違う。
なぜだ……お互い反発しあっているのか? いやそんなわけはない。長年俺はこんな粗末な鎧を着た連中を叩き斬ってきたんだ、こんなものいとも簡単に斬れるのが普通だったんだ!
疑ってかかりたくはない、だが……
「本当なのか、おまえ……」
斧に話しかけたって答えてくれるわけがない。だがこの先、あの気色悪い怪物が二体、三体と現れた日には俺たちだけで対処できるのかどうか。
人間には無理だ、だが、今の俺にも……

俺は払拭しきれない思いを抱え、泥だらけの身体のまま眠りについた。

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