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2-15:手合わせその三


 カミューという女性の騎士は戦い慣れていたようだった。
 むやみに「操魔剣」に頼らず、自分の力量で攻勢を極め、ここぞと言う所で「操魔剣」を使った。


「手合わせでは勝っても、勝負に負けたねアビスは」

「これは彼女の作戦勝ちですね」


 戻っていく彼女を見ながら思わずそうつぶやくと、マリーも頷いている。
 実際の戦いでは彼女はアビス相手に何もできずに殺されているだろう。
 しかし今回の勝負は彼女の勝だ。

 その辺は分かっているのかなアビスのやつは?


「次ロッゾ、お前の番だ! 前に出ろ!!」

「はっ!」

 そんなことを思っていると次の対戦相手、ロッゾとか言う男性がアビスを睨みながら中央の広場に出る。
 そして彼が持つのは槍だった。


「あれ? マリーと同じ槍とかなぎなた使い?」

「槍使いですね。なぎなたと違い、突くことを前提とした戦い方になります」

 マリーはそう言う。
 槍となぎなたは決定的に違うのが先端の刃先の長さが違う。
 マリーが持つなぎなたは先端の刃渡りが五十センチくらいあるもので、片刃の短い剣が付いているようなモノ。
 それに対して今ロッゾさんとか言う人が持っているのはオーソドックスな先端の刃渡りが三十センチあるかないかのストレートの両刃のモノ。

 完全に突くことが前提の形状をしている。


「『槍は武具の王』とも言われます。極めれば並の剣士は全くと言っていいほど近づけません」

 マリーはそう言いながら彼を見る。
 確かに、よくファンタジーの世界で剣を振るって戦うイメージが強いけど、実際に冒険者や城の護衛などは槍使いも多い。
 これは単に槍の方が間合いが広く、剣よりも有利になるからだ。
 事実、合戦でも大体が槍などを主体として戦闘を行う。
 馬上の騎士ですら最初はスパイクやハルバードを使う者が多い。
 剣などは接近戦になってから初めて抜くのが一般的だ。


「素手のアビスの方が間合いが不利って事?」

「アビスは魔人です。攻撃も防御も魔法などがありますから、何とも」

 マリーはそう言ってため息を吐く。
 まぁ、前の戦いでカミューさんのあれを見ちゃうとね。


「それでは始め!」


 そんな事を思っていたら副団長の開始の合図がなされた。
 すぐにロッゾさんとか言う男の騎士は「操魔剣」を使ってアビスに飛び込む。
 この辺は他の二人と同じだったが、違ったのはここからだった。

 一気に間合いを詰めるかと思ったら槍の先端を地面に突き立て、まるで棒高跳びのように宙に舞う。


「操魔剣槍技、雹!」


 アビスの上空まで飛び上がったロッゾさんはすぐに槍を引いて空中からそのリーチを生かしてまるで雹のように連続で突きを喰らわす。


 がががががっ!


 が、そこにはアビスが展開している防壁がありまったく届いていない。

 ロッゾさんはアビスの後方へ着地すると同時に身体をひねって低い位置、アビスの足を狙って槍を振るう。


「はぁっ!」

「ふむ、少々拍子抜けですね?」


 が、それもしっかりとアビスの防壁に阻まれる。
 動きとしては流石という所だが、いくら「操魔剣」を駆使してありえない速さやパワーをかけても肝心のアビスに届いていない。
 せっかくの槍のリーチも無駄になってしまっている。


「槍使いはこう言うのに弱いですよね?」

 そう言って渾身の一撃を放つロッゾさんのそれがアビスの防壁を貫いたと思った瞬間、目の前にいたアビスが消える。
 そしてロッゾさんのすぐ後ろ、距離にしてほとんど零の状態でアビスが姿を現す。


「死にはしませんから安心してください」


 アビスはそう言って右手にあの黒い雷をまとっている。
 この距離では槍は全く使い物にならない。

 が、ロッゾさんは槍を手放しなんとアビスに取り付く。


「待っていたぞ、このチャンスを!!」


 そう言ってアビスのお腹に抱き着いてアビスを持ち上げる。


「操魔剣無手体術俵落とし!!」


 そう叫びながら手足の筋肉が一瞬で盛り上がり、抱えたアビスを頭から地面にたたきつける。
 まさしくプロレスのジャーマン・スープレックスそのものだ!!

「無駄な事を」

 しかしアビスは掴まれていたはずなのに地面に激突する寸前にまた消える。
 そしてロッゾさんは対象がいなくなったまま自身が頭を地面にぶつけてしまう。


 がっち~んっ!


「がはっ!」

 哀れロッゾさんは自爆して頭を強く打ち白目で転がる。
 そんなロッゾさんを見下ろすかのようにアビスがまた姿を現す。


「槍の長さに注意をひきつけ、体術で相手を倒そうとする変則技は認めましょう。この私に触れられただけでも賞賛に値する。しかし、いくら体術がまさっていてもこのような方法で逃げられれば仕方がないでしょう?」


 意識を失っていると思われるロッゾさんに教育するかのように言うアビス。
 多分、気絶しているから聞こえないだろうけど……


「そ、そこまで……」


 流石にロッゾさんが気を失えばここで終わりにするしかない。
 副団長さんは仕方なしに終了の宣言をする。


「まぁ、上々ではないでしょうか? これでわかりましたかトカマクス。まだまだ若いのたちの鍛錬が不足しています」

「くっ!」

 マリーは楽しそうにそう言う。
 副団長さんはもの凄く悔しそうだけど、いやカルミナさんやアビス相手なんだもん、仕方ないよね?


「うーん、まぁ頑張っているのは認めますが、この状況をお母様に知られたらまずいですね? 副団長さん、やっぱりあなたたちも根本的に鍛え直してあげましょう!」

「はっ? え、あ、あのタルメシアナ様??」

「大丈夫です、死んでもお母様とお母さんに頼んで転生させてあげますから。ベルトバッツさん!」

「はっ! お呼びでござるか?」

「お母様にあずかったジマの国ですが、騎士団をもうちょっと鍛えてあげないとダメそうです。ベルトバッツさん、お願いしますね♪」

「御意! では早速始めるでござる。皆の者、まずはこれを身に着けるでござる!!」


 やれやれと言う感じでその様子を見ていたらタルメシアナさんが出てきて副団長にそう宣言をすると、何処からともなく現れた銀色の液体がタルメシアナさんの目の前で人型になり、あのハゲ髭面親父になる。
 そしてタルメシアナさんのその一言で、騎士団全員が鍛え直される羽目になってしまった。

 現在ジマの騎士団の面々は、ベルトバッツさんが持ちだした重そうな亀の甲羅を背負って走らされている。


「まだまだでござる! 貴様らは現在ウジ虫でござる! 走るでござる!! 走り終わったらその場で腕立て伏せ千回、腹筋千回、スクワット千回の各五セットでござる!!」


 なんか始まっちゃったよ……

「これです! こうでないと鍛錬とは言えません!!」

 あの、マリーさん何故キラキラした瞳でこの地獄絵図を見るんですか?


「うむ、流石ジマの国の騎士たち。これは我が国も参考にしなければならんな……」

「いや、アマディアスにーちゃんこれやったら死人が出るぞ?」

「まぁ、このくらい普通だニャ!」


 見学していた面々も恐ろしい事言ってるし。
 私は涙目になって一緒に走っている副団長さんを見て思う。



 ごめん、と。

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