第四十三話 旅立ちの日
食堂を立ち去った俺はカムラ聖堂院に持っていく荷物を荷車に載せた後、部屋でノートを書いていた。
ノートに今後の目標を書いていく。
・三種類のブレスの習得
・刀術の強化
・体術の強化
アルゼスブブは強かった。ユウキの体を借りることで絶対に全盛期より弱くなっているはずなのに、それでも互角。
もしもユウキからアルゼスブブを解き放ち、討伐するとなると、今の俺のままじゃ不十分だ。約束した手前、確実に奴に勝つための算段を立てなければならない。
まず一つ目の目標、ブレスの習得。これはそこまで苦労はしない。全力でブレスを撃てる修行場所さえあればすぐに三種類とも習得して、使い分けることができるだろう。アルゼスブブとの戦いでブレスを撃った時、確かな手ごたえがあった。感覚でわかる。ブレスの習得の難易度は高くない。
問題は刀術と体術だ。
これらは師が必要だ。刀術はこれまで独学でやっていたが、正直頭打ちな状況だ。達人の指導がいる。
次に体術。俺は人間時代から体術についてはきちんと指南も受け、それなりに習得もした。だがいま俺が求めているのは人間の体術ではなく、リザードマンの体術。
リザードマンの体の構造は当たり前だが人間のそれと全然違う。この体を存分に活かした体術を習得できれば戦術の幅が大きく広がる。先のアルゼスブブとの戦いで実感したが、同格と戦う時、抜刀術を使う暇がない。現にアルゼスブブ相手だと常に後手後手に回っていた。この体を活かした体術が使えれば、相手を体術で牽制→抜刀術という戦法がとれるはず。
刀術と体術の師、カムラ聖堂院に行けば巡り合えるだろうが。
もしその資格のある人に出会っても、ただの守護騎士である俺が弟子になるには相当な壁があるだろうな。
あとできることと言えば神竜刀や
今後の目標をまとめたところでベッドに横たわり、眠りについた。
明日はいよいよカムラ聖堂院へ出発する日だ。疲れを残さないようにしないとな……。
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出発の日。
俺とユウキは屋敷の前でヴァルジアさんと向かい合い、最後の挨拶をする。
「それではお二人共、どうかご無事に……健やかに過ごしてください」
「ヴァルジア……」
「私はこれから屋敷の後片付けをし、娘の所へ出発いたします」
ユウキはソワソワしている。
ヴァルジアさんの方へ、一歩右足を出すが、すぐに引っ込める。やれやれ、素直じゃない子だよ。
俺はユウキの背中を叩き、ヴァルジアさんの前に出す。
「ダンザさん……」
「最後ぐらい、甘えて来なよ」
ユウキは頷き、慣れない足つきでヴァルジアさんに近づき――そして、思いっきり抱き着いた。
「ゆ、ユウキお嬢様!?」
ヴァルジアさんはユウキの子供らしい、素直な行動に驚きを隠せない。
「ヴァルジア……本当にこれまでありがとう。あなたのおかげで、私は自暴自棄にならずに済みました」
ヴァルジアさんは孫娘を撫でるように、ユウキの頭を優しく撫でる。
「私の方こそお世話になりました。あなたがこうして巣立つ日を迎えられたこと、心より誇りに思います」
この家で孤立していたユウキにとって、ヴァルジアさんは唯一無二の止まり木だったのだ。
もしもヴァルジアさんがいなければとっくに心は折れ、ラスベルシア家の傀儡となっていただろう。
この二人の絆はとっくに肉親のそれと同等以上のモノになっている。たった三年とはいえ、離れるのは辛く苦しいはず。だからいまこの場ぐらい、目いっぱい甘えるべきなのだ。
「それではヴァルジア、行ってきます。次に会う時には大きく成長した私の姿を見せます。私の成長した姿を見るためにも、健康に気をつけて生きるのですよ」
「その命令、確かに承りました」
ユウキとヴァルジアさんの会話が終わったところで、俺も最後の挨拶をする。
「ヴァルジアさん。お世話になりました。ユウキお嬢様の世話はお任せください」
「はい。あなたに会えてよかったダンザ殿……あなたが傍にいてくださるから、いま私は不安など抱かず見送ることができています。どうか、お嬢様をよろしくお願いします」
俺はヴァルジアさんに深々と礼をする。
屋敷に背を向け、俺たちは敷地の外にある馬車に向かった。ユウキの瞳は薄っすらと潤んでいた。