予言の書
一方その頃、ルースは。
「おかしいとは思いませんか? ルッツェルさん。貴方ともあろうお方が予言に心乱されるだなんて!」
百年以上もの間、スーレイの民に慕われ続けてきた領主、ルッツェル家。
しかし領主とはいってもその邸宅の家具、調度品は驚くほど質素であった。
その飾り気ひとつない応接室のテーブルの上で、ルースの小さな怒りの握り拳がバン! と叩きつけられた。
「し、しかしだねデュノ……くん。現に君たちのいるリオネング国でも大規模な不作が起こっているではないか。それが私たちのスーレイでも、だ。これは神の怒りそのものだとは考えられないかね?」
くっ……と、ルースは歯噛みした。抑えられない原因そのものをまずどうやって説明するのか。
それは自分らが蒔いた種でもあり、そして話すにはそれ相応の覚悟、責任が伴うことを。
「生贄なんて時代錯誤が過ぎることは百も承知さ……だがね」
「見せてもらえませんか、その予言の書とやらを」
ルッツェル公が言い終える前に口火を切った。それはルースのひとつの賭けでもあった。
まずはこの目でそれを見てみないと……それに目の前にいるルッツェル公は確かに善き好々爺ではあるが、かなり気が弱いのが玉に瑕。彼には悪いが、ここは心をちょっとだけ鬼にさせてもらわないと。
公の丸々太った指先が、カタカタと苛立ち気味にテーブルを叩き続ける。
「そ、それは……我々一族だけにしか見せられないもので……して」弱気がだんだんと語尾を小さくさせてゆく。
よし、もう一押し。
ルースはぐいっと身を乗り出し、怒りのその鼻先を公に向けた。
「生前、父が公私共にお世話になっていましたよね……となれば我がデュノ家とルッツェル家。それはもう血を分けた兄弟とも言える間柄なのでは?」
公の目が、ひたすらにルースを反らそうとあちこち泳ぐ。
「あああの。じじ実……は、その」乾いた唇と歯がわなわなと震えだす。
……程なくして、古びた革張りの小さな本がルースの前に差し出された。
「なぁにこれ?」
「ふふっ、見てのお楽しみさ」チビにはそう応えたが、ルースの胸の中は不安しかなかった。
第一、今になって予言とは……そのタイミング自体おかしすぎる。
アラハス同様に罠が仕掛けられているのか、それとも……
ルッツェル公いわく、半月ほど前に風雨によってで崩れかけた納屋の壁から出てきたらしい。
慎重にページをめくっていくと……確かに。いや、まるで歴史書のように、リオネングの分裂騒動からそれに伴うオコニドの立国と、その本に克明に記されていた。
そして、スーレイの建国。
「読み進めている最中に突然文字が刻まれたんだ……何か見えない存在がペンで書き込んでいるかのように」
なるほどね、とルースは天を仰いだ。
この国の飢饉。そしてそれらを食い止めるがための方法が最後のページに、まだ書いたばかりのような濃いインクの香りとともにしたためられていた。
ーこの国に住む獣人の若き娘、そして人間の子の生命を差し出すことによって、これらはすべておさまるーと。
ふと、隣で熱心に読んでいたチビに目が止まった。
「ラッシュを女装させて……いや、うーん」
笑いを堪えるのに必死だった。