第170話 老提督の愚痴
地球連邦フランス共和国宇宙軍遼州艦隊。その旗艦である『マルセイユ』は指揮下の艦船を楯にして、じっと遼州系アステロイドベルト外の宙域を進行していた。ブリッジに並ぶ艦隊首脳陣のピケ帽はただ目の前に広がるデブリを見つめていた。
「カルビン提督」

自動ドアが開き、諜報担当士官が入ってきた。カルビン提督と呼ばれたひときわ長身の老提督は、静かに入ってきた若者に視線を送った。
「現在、この宙域には……」
「君。年はいくつかね?」
長身の老人。カルビン提督は若い通信士官の言葉をさえぎって静かにそう言った。驚いたような顔をした後将校は口を開いた。
「はっ、二十六になります!」
「そうか。それでは君が手にしている情報を当ててみようか?現在この宙域には我々の艦隊ばかりでなく、殆どの宇宙艦隊を所有する勢力の艦隊で埋まっていると言う事だろ?」
「はい!その通りであります!」
青年士官はカルビンの言葉に思わず最敬礼をしていた。
「それだけ知らせてくれれば君の任務は終わりだ。下がって休みたまえ」
「ありがとうございます!」
情報将校はもう一度最敬礼をすると颯爽とブリッジを出て行った。
「アステロイドベルトでは『遼帝国』宇宙軍と地球遼州派遣軍指揮下のアメリカ海兵隊がにらみ合いっています。特に衝突が有ったという報告は今のところありません」
手前に立っていた首脳の一人が中央の画面に目をやる。そこには一つの大きめの小惑星を巡りにらみ合う遼帝国軍の艦隊とそれに呼応するように動き出しているアメリカ海兵隊の艦隊の画像があった。
「遼帝国の山猿とヤンキーは『茶番』に夢中で我々には関心は無しか……これから起こる出来事には我々にもそれを見学する資格があるらしいね」
静かに老提督ジャン・カルビンはそう口にしていた。手前の白髪の士官はそのままレーザーポインターで画面の端に映っている艦に目をやる。
イギリスの外惑星活動艦の姿がそこにはあった。
「しかしわざわざユニオンジャックが来ていると言う事は、今回の『イベント』は連中にも関心がある出来事のようだ……アメリカの『魔法研究』の情報についてはアングロサクソンの間でもまったく水漏れが無いというところですか?」
艦隊付参謀長がゆったりとした調子でそう切り出した。
「そうだろうな。国家に真の友人などいない。友好国であってもその情報が紛争の帰趨を変えかねないほど重大なものであるとしたら知らせる義理なんて無いという所なんだろうな、ヤンキーにとっては」
アメリカ嫌いのカルビンは苦々しげにそう言って笑った。