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第一話 二人の青年

 素早い踏み込みと同時に、一振りの刀が空を切る。即座に中段へと構えを戻す()り足の音。日差しを遮るシンジュの大木の下、剣を振るうのは十八歳前後の黒髪の青年であった。
 額から流れ落ちる汗が、乾いた土に吸い込まれていく。振り下ろされた刀は寸分違わぬ軌跡をなぞって振り上げられ、直後にぶれのない鋭い突きが放たれた。
 ふと気配を感じた青年は構えを解き、宿舎の方を振り返る。そこには、にこやかな笑みを浮かべながら歩いてくる小柄な青年がいた。陽の光を浴びて、少し癖のある銀色の髪が一層輝きを増す。髪の色が悩みだというが、こうして見ると嫌がることもないのではと刀を持つ青年は思った。

「相変わらず見事な太刀筋だね、アキツ」

 そう声を掛ける銀髪の青年の腕には、一冊の分厚い本が抱えられていた。

「よう、カミユ。また読書か?」

 アキツと呼ばれた黒髪の青年は、そう質問を返す。

「うん。今日はいい天気だし、外の方が気持ち良いと思ってさ」

 カミユは軽く返事をしながら、シンジュの木陰に腰を下ろした。それを待っていたかのように、耳障りな風切り音を響かせる小型の物体が上空から飛来した。カミユは枝葉の隙間からそれを見上げ、迷惑そうに顔をしかめる。

「あーあ、うるさいのが来ちゃったなぁ」

 かつてドローンと呼ばれたその機体は、今では〝神の全能の目〟を意味するプロビデンスの目という名で親しまれていた。

「気に入られているんじゃないか? カミユの後ばかりついて来るもんな」

「僕の後っていうより、人が集まる所に寄ってくるんだよ」

「ふーん、そういうもんか」

「環境データの収集をしてるらしいけど、人の多い場所で検出するよう設計されているんじゃないかな?」

「そうかもな」

 アキツは遠くにそびえる建造物に目をやった。カミユの言葉通り、プロビデンスの目の役目は気温や湿度といった環境データの収集。集められたデータは街の中央に位置する塔のような建物――方舟(はこぶね)に送られ、この広大な地下空間の環境制御に利用される。
 そう、ここは地上ではない。第三次大戦前に繁栄した高度な科学文明、その技術の粋を集めて地下に建造された巨大都市。その名をメギドという。都市機能は全て方舟内部の人工知能によって管理されており、それが生存に不可欠な様々なものを提供してくれる。例えば生活に必要な電気を生み出し、浄化した水や空気を都市全域に送り込む。さらには疑似的な空や太陽を空間上部に映し出し、自然光に近い光や雨雲、風などを生み出す人工気象機能まで備えている。いずれも今となっては仕組みのわからないロストテクノロジーであった。

「もし神がいて、天から見下ろされたとしたらこんな気分かもな」

 街の至る所から目にすることができる方舟をじっと見つめながら、アキツは呟くように言った。

「ん? プロビデンスの目のことを言ってるの?」

 カミユは開きかけていた本から目を離すと、興味深そうにそう尋ねてくる。

「いや、方舟の話だ。あの建物が持つ奇跡のような技術は、この地下にかつての地上世界を再現した。そういう意味では神のような存在にすら思えないか?」

「はは、確かにそうだね。神であると同時に、母なる存在でもある。なにせ僕らは、方舟から生まれたのだから」

 そう言って視線を落とすカミユを、アキツはどこか寂しそうだと感じた。アキツは何も言わずに再び剣を構える。どうして自分たちはこんな運命の下に生まれねばならなかったのか? そんな思いが頭をよぎった。

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