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 もう起き上がれない。廉は遂に、己の限界を認めた。生まれてから29年間、絶対に認めたくなかったが、もう体が言うことを聞かない。  

 もうこれ以上、頑張れない。高校生の時にパニック障害、大学卒業後に鬱病を発症。それでも薬を飲みながら必死に頑張ってきたが。ぼんやりと、「ああ、死にたいなぁ」と思いながらも踏ん張ってきたが、もう無理だ。あの犯罪者の父親に負けた気がして、絶対に諦めたくなかった。でももう、そんな気持ちすら出てこない。 俺はいったい、何のために生きてきたんだろうか。何がしたくて、何を求めて、死ぬ気で生きてきたんだろうか。必死で生きてきた結果、手元にあるのは起業失敗でできた、借金だけ。 赤坂の自宅でベッドに横たわり、ボーッと天井を見つめる。15時に意識が戻ってから、もう3時間はおそらく経過しているだろう。秋の夕暮れ時は、室内にいても少し肌寒い。日が落ち、視界が暗くなる。余計に起き上がるのが辛い。壁も天井もコンクリート状のこの部屋は、鬱で沈んでいる時は特に冷たく感じられる。コンクリートの天井を見続けていると、その模様が醜悪な魔物の顔に見えてくる。対峙するモノは己を映すというが、俺はこんなに醜悪な男なのだろうか。どうでもいいことばかり頭に思い浮かぶ。

 俺は群馬県太田市の農家に生まれた。2023年の今でも田んぼや畑が広がり、空が広い地域だ。車を20分ぐらい走らせれば、大型ショッピングモールに辿り着く。最寄りのコンビニまで徒歩15分ほどかかる、車がないと生活できないエリアだ。  そんな田舎の、田んぼや畑をいくつも所有する、地元では偉そうにしている河合家の長男として相当甘やかされて育った。「廉」という字は、「清く正しい」「誠実さ」を表す字だ。どんな気持ちで名づけたのかは知らんが、生憎そんな誠実さは微塵も持ち合わせていない。

 相当甘やかされて育ったが、俺は全く幸せではなかった。父の宏行は典型的な男尊女卑、仕事第一人間。母の頼子はビジュアル良し、社交性あり、自分の軸がない人間。幼い頃から、なんでこの二人が結婚したのか謎でしかなかった。夫婦らしい、仲睦まじい瞬間を見たことがない。 案の定、二人は離婚する。俺が八歳の時。頼子は10歳年下の男を捕まえて、群馬の河合家を出て行った。その年下の男、野村道。この道を殺したいほど憎み続ける人生を送ってきた。

 「早く洗えよ!」道は九歳の俺に、風呂場で水を浴びせた。母親から「一緒にお風呂に入りなさい」と言われたことに、死ぬほど腹を立てていた。ふてくされながらチンタラ体を洗う俺に対して、道がキレたのだ。道はまだ20代後半。だいぶ年上だが綺麗な女を捕まえることができた代償として、血のつながりもない俺と姉の沙耶香の父親になる羽目になった。道は、人の親になれるレベルの人間ではなかった。

 いつもこの映像が脳裏をよぎる。軽く発狂する。いつまで俺はあんなゴミクズをひきずっているのか…。あのゴミが逮捕されてから10年以上経つってのに。いまだに殺意が収まらない。 殺意と空腹感とともに、夕方になってようやく起き上がることができた。 今日は20時に綾菜と表参道で待ち合わせだ。でも、今日はさすがに、会うのが辛い。

「ホントにごめん、めちゃくちゃ具合悪くて。今日会えない」

 LINEを送るとすぐに既読がつき、綾菜から電話が来る。

「もしもし、大丈夫?」

 普通ここは怒ってもいい場面だ。

「大丈夫。しかも直前で、本当にごめん。」

「ううん、大丈夫。お家いくよ、何か買ってきて欲しいものある?」

 最近、綾菜の優しさが辛い。最初に会った時から優しいのは知っていたが。昼職で受付をしている子。彼女には、俺の鬱症状と薬を飲んでいることは伝えていない。 綾菜のことは好きだが、どうしても、会うのが辛いのだ。今この申し出を断れば、彼女の気持ちを無視すること、不信感を抱かせることはわかっている。わかっているが、どうしても、会いたくない。

「いや、大丈夫だよ。ありがとね。すぐに埋め合わせさせて。」

「・・・。うん、わかった。お大事にね。何かあったらすぐ連絡してね。」

 優しさが胸に刺さる。綾菜の気持ちを、ミシミシと踏み躙っている音がする。付き合って一年経つが、一度も喧嘩をしたことがない。というより、今まで付き合った女性と喧嘩をしたことなど、本当に数えるぐらいしかない。しかも喧嘩というより、彼女が一方的に怒るパターンのみ。いつも付き合って1年ぐらい経過すると、別れてしまう。フル半分、フラれる半分。どちらにせよ、「もうすぐ別れるな」というのが事前に分かる。

 なんで鬱のこと、薬を飲んでいることが言えないのか。それだけじゃない。俺は自分の本当の気持ちを一度でも、伝えたことがあっただろうか。 綾菜との予定がなくなり少し気持ちが軽くなったため、ゆっくり体を起こし、コンビニにでかけた。

 1  一週間が経ち、少し落ち着いてきた。鬱の症状が酷く、落ちている時と気分が上がっている時の差が激しい。 今日は先輩のコウスケに呼び出され、彼の仲間たちと飲んでいた。彼の仲間が経営している六本木の会員制バー。外見は普通の4階建ての建物だが、入り口は全面ガラス張りのドアとなっており、いかにも、という雰囲気だ。もちろんクスリの流通はしていない。と聞いている。 医師から、本当は酒は飲まないようにと言われているが、今日はご愛嬌だ。  「廉、めっちゃ評判いいよ!この調子で頼むわ」  コウスケが嬉しそうに廉の肩を叩く。コウスケは身長182cmでガタイがよく、色黒で服装も半グレのそれだ。見た目だけなら、絶対に関わりたくない人種であるこの男は、女性からはもちろん、男からも慕われている。見た目に反して人の心の機微に聡く、愛情深い。  廉はコウスケから、ナンパ講師の仕事を引き受けている。女性に苦手意識のある男性に対して、「いかに女性を口説いていくか」というノウハウを教える、世の人々から白い目で見られる仕事だ。ただ、世の中には全くセフレや彼女ができずに困っている男性で溢れているらしく、このような商売が成り立つ。「ちょっと廉頼むよ」とコウスケから言われ、引き受けているのだ。 まさか自分が友人たちと遊びでやっていたことが仕事になるとは思わなかった。しかも、一人の生徒を担当するだけで、月に10万円稼げる。10人担当すれば月100万円。割りが良すぎる仕事のため、廉は快く引き受けていた。こんな界隈があることを世の女性が知ったら。ましてや自分の彼氏がそんな人間だと知ったら、死ぬほど吐き気がするだろう。もちろん綾菜には話していない。  「はい、頑張ります!」  自分で言うのもなんだが、そこそこ後輩力はある。今日もコウスケをはじめ、「何をやっているのかよくわからないが、めちゃくちゃ金を稼いでいる」兄さん方と、ワイワイ騒いでいた。 思えば、田舎からでてきて11年。当時の夢や希望に溢れていた将来設計とは真逆の、ずいぶんと異様な・胡散臭い世界の住人になってしまった。  県内の有名進学校を卒業し上京。偏差値の高い国立大学に入学。周りの友人たちのように、メガバンク・官公庁・外資金融・コンサルティング会社へ就職し、己もエリート街道を進むと思っていた。それが何をとち狂ったか、大学卒業直前に起業。紆余曲折を経て、現在に至る。

 今、自分の周りにいるのは、大手企業のエリートサラリーマンではない。  ・元ヤクザで今はイベント会社を経営しているもの ・月に80人の女性とセックスするためのノウハウを教えるナンパ講師 ・5億円の出資法違反で初犯にもかかわらず5年の実刑を受けた後、自身で更生施設を営んでいるもの ・スピリチュアルカウンセラーとして多くの芸能人をクライアントにもつもの ・港区で6軒の会員制バーを営んでいるもの

 という顔ぶれだ。そこで飛び交う会話は、まともな人間のそれではない。これがよかったのかどうかわからないが、親や地元の友達・大学時代の友人が聞けば、俺は「完全にドロップアウトした」人間なのだろう。席を立ちトイレにいくと、コウスケのような見た目の、己の姿が鏡に映る。  俺は今後、どう生きていけばいいのだろう。「世の中を変える起業家になる!」と決意してから7年。借金だけが残り、また再度起業する力も湧いてこない。 誰が呼んだのか、いつの間にか10名ほどの女性たちと一緒の卓で飲んでいた。正直俺はコウスケたちの足元にも及ばないステージの人間なのだが、女性たちはそうは見てないようだ。夜がふけていくにつれ、二人、また二人といなくなる。末端の後輩として最後まで兄さん方を見送る。コウスケから「もういいよ」というサインを受け取り、担当の子と店を出た。

 2

 「お疲れ、昨日の子可愛かったやん!」

 コウスケから電話が入った。最高でした笑、と返し、くだらない会話のやり取りが続く。何かやらかしてしまったか、と内心ビビりながら会話していた。

 「てかお前さ、大丈夫なん?」

 「え、何がですか?」

 「昨日。なんか上の空っていうか、いつもと違ったからな」  本当に恐ろしい男だ。完璧に振る舞えていたと思ったが、甘かった。

 「あ、マジすか,,, すみません!」

 「あー、そうじゃなくて。」

 コウスケはめちゃくちゃ怖いが、愛情深い男だ。責めるのではなく、シンプルに心配してくれているのだと気づき、嬉しさと居心地の悪さを感じる。全然大丈夫です、いつもありがとうございます、と返すが、コウスケは電話を切らない。

 「・・・。ならいいけどな。慎二郎みてーな顔してたぞ」

 慎二郎とは、コウスケの後輩であり、俺の先輩だった男だ。仲間想いで情に熱く、皆から好かれていた。ただ、実の父親からずっと暴力を受けていたことから自己肯定感が低く、不器用で人一倍生きづらさを抱えた人間だった。 「だった」というのも。慎二郎は2年前に、首を吊って死んだ。何が彼を死に追いやったのか、結局周りの誰もわからなかった。慎二郎が死ぬ一週間ほど前に廉は会っていたが、己の未熟さもあり、慎二郎の様子に全く気づけなかった。

 「あ、、え、ホントですか」  一瞬で喉が渇く。なんと返せばいいのかわからない。脈が早くなるのがわかる。 体感5秒ほど、間が空いた。この男に誤魔化しはきかない。わかっているのに、それでも本当のことは言えなかった。でも大丈夫です、また別の事業やろうと思っているんで、また状況ご連絡しますね、というような返しをした。話せば話すほど喉がカラカラになった。

 「・・・。お前、今度紹介する方に会ってこい。」 

 わかりました、ありがとうございます。失礼します。といって、電話が切れた。コウスケの愛情深さを有難いと思うと同時に、己の限界を感じていた。悔しいという感情が全く出てこない事に、打ちのめされた。

 3

 家に帰りたくない。帰っても、地獄のように冷たい空気がそこにあるだけだ。

 今日も中学の悪ガキたちと原付でぶらぶらした後、いくあてもなくなったためしぶしぶ帰宅する。 ああ、まただ。また頼子と道が喧嘩をしている。家の外まで、叫び声が聞こえる。ただ、今日は違う。4歳になる若葉の泣き声が、尋常じゃない。呼吸が浅く、脈が早くなる。 リビングは、強盗が入った後のように荒れていた。頼子の顔が、見たこともないほど怒りと涙でぐしゃぐしゃになった顔になっていた。

 「もうお願いだから、死んでよ・・!!」  手には包丁をもっていた。 

 映像が途切れた。いつの間にか俺はベッドに横たわっていた。ものすごい汗だ。

 「またか・・・」

 最近見ていなかった夢を、久しぶりに見た。己の精神が相当疲弊していると思い知らされる。  母親を苦しめた父親たちのようにはならない。「母親を守れなかった弱い男」という惨めなトラウマを植えつけた父親たちを絶対に許さない。あのクズ共のような雑魚い男たちを完膚なきまでに叩き潰せる。ひれ伏せさすことができる。そんな経済的にも精神的にも、肉体的にも。完璧で強い男になる。その思いでここまでやってきた。父親たちへの怒りと殺意だけで、ここまで頑張ってきた。 その思いは今も変わらないが、体が動かない。PCの電源を入れることができない。全く何もする気が起きないが、スマホを見ることぐらいはできる。コウスケからLINEが入っていた。

 「うまく説明するのが難しいんだけど。とにかく、仙人のような方だから。整体師で1時間3万円かかる施術なんだけど、絶対にそれ以上の価値がある。価値を感じなかったら俺が金払うから、とにかく行ってこい。」

 普通だったら怪しすぎるが、他ならぬコウスケの紹介だ。たとえ10万円かかろうとも「行きます!」と即答するぐらいには、俺も体育会系だ。その仙人のような整体師と共通のLINEグループが作成され、日程調整をした。

  4  仙人は山奥ではなく、青山の高級住宅街に棲息していた。最寄駅から12分ほど歩き、案内された住所まで向かう。18時から施術の予定が入っていた。「18時ちょうどにチャイムを鳴らしてください」と指定されていた。別に偉そうにするつもりはないが、客の立場でそこまで指定されることがないため、余計緊張感がある。5分前に指定場所に着くと、俺はそこで待機した。特に看板などはなく、普通の高級マンションだ。これは紹介でなければ辿り着けない。 チャイムを鳴らすと、「はーい」と応答し、入り口が開く。優しい男性の声で、コウスケとは真逆の人物像が想起される。ひと安心だ。 仙人の待つ部屋に着き、再度チャイムを鳴らす。ドアが開く。 仙人は、身長170cm前後、黒髪、短髪、痩せ型の男性だった。仙人のような着物姿ではなかったが、黒のゆるっとしたニットを着ていて、威圧感が全くない。パッと見は普通で、俺が高校・大学と一緒に過ごしてきた同級生を思い出させる、一般の優しい男性だ。ここでも一安心した。

 「河合さんですよね。今日はよろしくお願いします。」  「こちらこそ、よろしくお願いします。」

 挨拶を済ませ、施術ルームに入る。室内は何の香りかわからないが、とにかく心を落ち着かせる匂いだ。白をベースにした、高級美容クリニック顔負けの清潔感だ。ただ、美容クリニックのように目が眩しくなる白さではなく、ほんのりブラウンも入った、暖かい日差しに包まれているような感覚を覚える。部屋の所々に木の枝のようなものがあったり、綺麗に三角形をたもった塩が盛られた皿が置いてあったりなど、とにかく普通の空間ではない。

 「今日ちょっと寒いですね〜」

 「いやホントに。寒いの嫌いなんですよね〜」

 世間話をしながら、席につく。

 「よかったらこれ、どうぞ」

 仙人が、抱き枕のようなクッションを渡してきた。落ち着きますからね、とのことだが、めちゃくちゃ可愛いクマさんの抱き枕で笑ってしまった。言われた通りクマさんを抱えて、案内された椅子に座る。目元がうっすら見えるグレーのカラーレンズグラスを掛けたチンピラ男が、クマさんを抱いて座っている。側からみたらどう映るんだろうと考えたら余計笑えてきた。 まだ会って数分しか経ってないが、俺は久しぶりに居心地の良さを感じていた。 しばらく雑談が続いた。普通の整体師なら、「どのあたりがお体具合悪いですか?」といった質問を最初にしてくると思うが、その類は一切飛んでこない。雑談が終わった後に、仙人が本題に入ってきた。

 「今日って、コウスケさんからどのようなお話を聞いて来られてますか?」

 「いや、特に何も聞いてないんです。とにかく行ってこい、と笑」

 「あ、そうなんですね笑 わかりました。」

 仙人の声は妙に落ち着く。無意識に、「自分の振る舞い、言動が相手からどう映っているか」というのを昔から気にしてしまう性格なのだが、その意識もどこかに行っていた。

 「今日なんですけど、初回はあんまり施術しません。河合さんの人生を聞かせてください」 

 え? あ、はい。という、アホみたいな返事をしてしまった。コウスケから紹介された意味がなんとなくわかってきた。 仙人は、なぜ最初に患者さんの人生を聞くのか。それが心の状態、体の状態にどのようにつながるのか、丁寧に説明してくれた。詳しい話は省くが、とにかく、今までの人生で嫌だったことや辛かったことが積み重なって、今の俺の状態を創り上げている、とのことだ。

 会って間もない人に、自分の人生を語るなんて初めての経験だ。普通は抵抗感しかないが、なぜかこの仙人には生い立ちをどんどん話してしまった。夢中で話をし、体感10分ぐらい、ずーっと自分の話をした。

群馬の比較的裕福な家庭で、死ぬほど甘やかされて育ったこと。 

欲しいものを我慢した記憶がないこと。

でも、全く幸せではなかったこと。

父親は全然家におらず、遊んでもらった記憶がほぼないこと。

母親は廉への愛情表現がものすごかったこと。今思い返せば、異常なほどに。

両親は常に喧嘩していて、仲睦まじい瞬間を見たことがないこと。

母親はいつも廉に、父親の悪口を言っていたこと。

その度に、廉は胸が締め付けられる気持ちがしていたこと

祖母は、コマネズミのように常に畑仕事や家事などをしていたこと

祖父は酒浸り、祖母を召使のように扱い、よく怒鳴ったりしていたこと

8歳の時に離婚。しばらくの間、母親に会えなくなったこと。

会えない期間が続いた後、いきなり母親がチンピラみたいな男を連れてきて、「新しいお父さんよ」と紹介してきたこと

そこから栃木県に引っ越し、河合廉ではなく、野村廉という名前に変えさせられたこと

自分の中で、眉間に皺を寄せる癖が小学生の頃から直らなくなったこと。

いつからか、「俺は大丈夫、俺は幸せなんだ」と言い聞かせるようになったこと。

大好きだったサッカーの試合中に、「俺が勝ったら相手チームは悲しいだろうな」と思って、わざとチームが負けるように動いたこと。

そこからサッカーにも集中できなくなり、やめてゲーセンに入り浸るようになったこと

中学生ぐらいになると、母親と道の喧嘩が本格的に激しくなり、家に帰りたくなくなったこと。よく友達の家に泊まっていたこと

道への殺意が止まらなくなり、常にイライラして過ごしていたこと

頼子と道の間に子供ができ、妹ができたこと。その妹が時々、虐待とまではいかないが。雑に扱われていてそのたびに殺意を覚えていたこと

大学受験時にパニック障害になり、試験会場で呼吸困難で倒れたこと

そこから、己の承認欲求や父親たちへの恨みだけを抱き、単位取得のためだけに大学に通い、それ以外の時間はすべて起業準備に充てたこと。

大学卒業前に起業したが、なにもかもうまくいかず、鬱病になったこと。

 止まらなかった。自分でも何かが壊れたことを感じながら、狂ったように喋っていた。 仙人は優しい顔で、うんうん、と静かに聞いてくれた。

 「・・・。本当に、よく頑張ってきましたね。ずっと一人で頑張ってきたんですね。」

 仙人はこう言ってくれた。自分の中で、何か熱いものが込み上げてきた。いつの間にか、カラーレンズもネックレスも、ブレスレットも外していた。 文字に起こせば、何でもない一言なのだが。29年間、親も友達も誰も理解してくれなかった気持ちを、会って間もないこの仙人だけが、理解してくれたような気持ちになっていた。  同時に、親たちへの怒りがさらに込み上げてきた。なぜ、あいつらは俺の話を聞いてくれなかったんだろう。そりゃあ、俺が何も話さなかったのはわるいが、「廉はなんでいつもイライラしているんだろう」と疑問に思わなかったのか。そんな子供に対して、親として何かできることはないのか。廉の気持ちを理解したい。そういう考えになんで、あいつらは至らなかったのだろう。29年間一緒に過ごしてきて、あいつらは俺のことを何も理解していない。こんな初対面で会った人は理解してくれるのに、お前らは何をやっているんだ。

 「でも、別にすごい虐待されていた、とかでもないんですよね。裕福ではなかったですけど、飯に困ったことはないし、塾だって行かしてもらったし。二人目の父親はギャンブル狂いで家に金入れてなかったのであれですけど。一人目の父親は大学に通うための下宿代は出してくれましたしね。奨学金はめちゃくちゃ借りさせられましたけど。特に、何不自由なく育てて貰ったと思うんですけど。なんなんですかね。」

 「目に見える暴力だけが暴力ではないですからね。」  「まぁ・・・。そうですね。」  「河合さんの怒りを、ご両親は理解してくれてますか?」  「いや、1mmも理解してないと思います笑」  「おそらく、そこですね。1番理解すべき親が、理解してくれていない。それが、河合さんを苦しめている根本の部分ですね。」

 なるほど。確かにその通りだ。俺の今までの行動は、すべて親への怒りが源泉になっている。薄々気づいてはいたが、ずっとそこに蓋をしてきた。 だが、今更どうしろというのだ。29年間、それで生きてきたのだ。

 「親御さんたちに、河合さんの怒りを理解させましょう!」

 「・・・・。え?」

 「親御さんたちに、河合さんの怒りを理解させるんです。死ぬほど、罵りましょう!」

 「・・・・。」 

 状況の理解に苦しんだ。優しい仙人から、真逆の発言が出てきたので、どういうことなのかわからなかった。

 「なんでそんなことするんだって感じですよね笑」

 はい、その通り。なんでそんなこと、って感じだし。そんなことをして何の意味があるのかわからなかった。でも、仙人がいうことなのだ。何か意味があるのだろう。その意味をぐるぐる考えていたら、仙人が口を開いた。

 「河合さん、誰かに本音を伝えたこと、ありますか?」

 「え、、いや、まぁ。なくはないと思いますけど。」

  嘘だ。「本人に、奥底の本音を叩きつけること」は、もう8歳のあのときから、した記憶がない。

 「いや、やっぱりないですね笑」  「笑」

 やはり、この仙人は全てお見通しなのだろう。  「本音、、、。なんか、本音を言ったところで、だからなんだ、って思っちゃうんですよね。」  仙人は何も言わず、ただ微笑んでくれていた。

 「本音を言ったからなんだ。言ったところで、意味がない」と言いながら、もう自分でも気づいていた。だからお前は、人と深い関係が築けないんだろ、と。だから付き合った女性から、「廉って何考えてるかわからないんだよね」と言われてしまうんだろ。本音をいったところで意味はない、と決めつけているだけ。「本音を言った時に、それを理解してもらえなかったら」と考えると。自分が拒絶された子供時代を思い出して、それが怖くて本音を出せないんだろう。ただ、人と本気で向き合うことが怖いだけなんだろう。  しばらく、沈黙が流れる。気づいてはいるが、それでも。親に己の怒りを理解させること、自分の本音をぶつけることで、この生きているしんどさが解消されるイメージが湧かない。

 「自分の本音を出さずにいると、それはどんどん体の中に溜まっていきます。それが溜まりすぎると、体がどんどん固くなって不調を起こしますし、精神的にもどんどん壊れていきます。」

 俺の心を見透かしているかのように、仙人は言葉を紡いでくる。なるほどな、と思わざるを得ない。だが・・・。

 「いや、でも。本当に共感性のかけらもない人間たちなんですよね。俺が思っていることを伝えたところで、理解できるとは到底思えないんです。」

 仙人はまた何も言わずに、優しく微笑んでいる。

 まがりなりにも俺は経営者だ。それこそ、普通の人間では解決できない事態も解決してきた。だから、己がいかにナンセンスなことを言っているのか、自分でいいながら思い知らされる。   「相手が理解してくれるかどうか、やってみなきゃわからないだろ。やる前から決めつけるなよ。まずは行動してみて、それから考えればいい。」  「相手が理解するかどうかは相手次第。自分が四の五の考えることではない」

 このようなこと、巷のビジネス本でよく書かれている内容だ。俺自身、社員たちに似たようなことを多々伝えてきた。それがどうだ。いざ自分のことになると、同じような弱音を吐いている。あぁ、情けない。

 「でも、いきなりこんなこと言われるとびっくりしますよね。親というのは、自分が生まれた時に最初に対峙する絶対的な存在なので、人間が1番無意識に恐れてしまう存在なんです。だから、その存在に奥底の本音をぶつけること。ましてや怒りや恨みをぶつけるというのは、本当に怖いことなんです。その親が理解してくれなさそうな親なら、なおさら。だから、いきなりやれ、なんて言いません。ゆっくり、自分のペースで親御さんと向き合っていきましょう。」

 若干の悔しさを感じつつも、仙人の優しさが身にしみる。ここまで己が臆病な人間だとは思わなかった。

 あっという間に1時間が経過した。仙人は時間が超えても一切嫌な顔をせず、ゆっくり丁寧に、体のケアもしてくれた。 身体中の筋肉がカチカチだった。仙人は通常の整体師と違い、体の筋肉をもみほぐすこと、肩叩きのように叩くことは一切しなかった。かわりに、身体中の筋肉を優しくさすって、擦ってくれた。すべてが普通の整体と違った。筋肉を揉みほぐされたり叩かれたりするよりも何倍も、体が痛かった。

 「これはヤバいですね・・・。こんなに硬い人は久しぶりです。」

 よっぽど体に悪いものが溜まっているのだろう。痛すぎて涙が出た。 仙人曰く、体の右側の痛みは、父親などの男性に対する怒り・恐れ。左側は、母親など女性に対する怒り、恐れ、らしい。なぜか体の左側が、右側の何倍も痛かった。  帰る際に、仙人から宿題が出された。

 「親御さんへの怒りを、次回までに紙に書き出してください。それか、僕のLINEに送って貰っても大丈夫です。両方してもらっても大丈夫です笑」

 わかりました、ありがとうございます!と伝え、帰宅した。

 自分の親への恨みが、自分を苦しめている根本だということは薄々気づいていたが。それを解消する方法が、ここまでキツイものだとは思わなかった。 自分が親に怒りを叩きつけるイメージなど全く湧かなかったが、少しだけ気持ちは楽になった。何より、体がめちゃくちゃ軽い。今までの憑き物が一気に落ちた気分だ。その日はどっと疲れたため、22時過ぎに床につき、泥のように眠った。

 5

 大人なんて、本当にくだらない。大して仕事もせずに競馬ばかりしているろくでなしの父親。常に父親の文句ばかり言って、「もうホントにムカつくから、あの男のお茶に雑巾の搾り汁入れてやったわ!」と言っているだけで、一向に離婚しようとしない母親。「ちゃんと練習にでろ!」しか言わないサッカー部の顧問。「野村は成績はいいんだけどな〜」としか言わない担任教師。お前らなんか、1mmも尊敬に値しない。 元から大人など好きではなかったが、中学生になったころから、大人が大嫌いになった。父親も母親も、言動が幼すぎて吐き気がする。学歴もないお前らと比べて遥かに俺は優秀だ。勉強しろなんて死んでも言わせない。両親から学ぶことなどもはやないと思っていた。教師にしてもそうだ。あいつらなどただの地方公務員で、生き方から学ぶことなど何もない。教える知識にしたって教科書読んだりググったりすればもうわかることだ。何が部活の練習に来い、だ。お前が手塩にかけて育てている生徒の誰よりも俺は上手いのに?何を練習する必要があるんだよ。   高校受験を控えた中学三年時。公立中学にも関わらず、謹慎処分を喰らった。学校に行けず、教師には「自宅にいろ」と言われたが、ゲーセンで屯していた。23時頃帰宅すると、母親が泣いていた。

 「ごめんね、ダメな母親で・・・。もっと色々ちゃんとできたらよかったんだけど・・・。離婚したりとか、辛い思いさせて本当にごめんね。」

 強烈に怒りが込み上げてきた。母親が手を握ってきたが、振り払った。母親の顔も見ずに家を出て、友達の家に向かった。 本当に、何も分かってない。俺が何で怒っているのか、何も分かってないよ、あんた。離婚したりとか、だから辛いんじゃないんだよ。色々ちゃんとできたらよかったんだけど?じゃあちゃんとやれよ。てか、そんな毎日あのバカと暮らすのが辛いならさっさと別れろよ。家にろくに金も入れてねーんだろ?じゃあ住まわせとく価値なんかないじゃねーか。なんで離婚しないんだよ。何が辛いのか、何に怒っているのか。わからないなら謝るんじゃねーよ。 

 懐かしい夢を見た。顔が涙で濡れていた。 いい年して。いつまで俺は、こんなガキの頃のことを根に持ってんだ。弱い自分が本当に、嫌になる。

 夕方、綾菜と青山で待ち合わせをしてお店に入った。青山学院大学前の大通りから路地に入った、看板も出ていない店。隠れ家的な、雰囲気のいい和食店だ。8人ほど座れるカウンターと、個室があるこじんまりとした空間。お店の人に、個室に通された。 最近憂鬱な気分になることが多かったが、綾菜の笑顔に癒される。

 「ここのお店めっちゃいいね。こんなところあるんだ」  「そうなの! 落ち着くし、ご飯もすっごい美味しいの」  綾菜は先日六本木で遊んだ女性とは見た目もキャラも正反対の女性だ。見た目は洗練されているが華やかすぎない、「昼職の美女」という感じの女性だ。 綾菜とは本当に気が合う。会話の波長もめちゃくちゃ居心地が良い。気取らない笑顔が本当に好きだ。 ただ、今日は表情が硬い。緊張しているのだろう。しかも付き合って1年経過するが、今日は初めて綾菜が予約した店にきた。

   そう 今日は、別れ話をされる日なのだ。

 何か言われたわけではないが、もう十分にサインはでている。 振られる理由については何だろうか。綾菜はスマホを見たりしないし、俺も疑われるような素材は一切見せない。今まで浮気がバレて揉めたことは上京してから10年以上、ただの一度もない。 おそらく、

 ・将来ずっと一緒にいるイメージが湧かない ・何を考えているのかわからない ・他に好きな人ができた。

 あたりの文言で来るのだろう。 では、綾菜の本音は?それはシンプルで、俺が寂しい思いをさせたから。「本当に私のこと好きなのかな?」と不安にさせてしまったから。こういうことではないか。だから、不安にさせない、お互いに「気持ちが通じ合っている」と実感できる男のところに行くのだろう。 このようなことをグルグル考えながら1時間ほど話をしていたら、綾菜が本題を切り出してきた。

 「あのね・・・今日はちょっと話があって・・・」

 「うん。好きな人でもできた?」

 「・・・」  少しだけ驚いた表情を見せた後、困ったように、綾菜の口元が弛む。もうお互い、言いたいことはわかっている。  「驚かないんだね」

 「うん」    綾菜は何とも言えない表情をしている。この男は何を考えているんだろう、という表情か。俺は一体、どんな顔をしているのだろうか。 普通ここは、「え、なんで!?」とか、「俺は別れたくない。不安にさせてしまってたならホントにごめん、悪いところあったら直すから教えて」とでも言うべきなんだろうか。まわりの人間からよく別れ話を聞くが、どれもまったく共感できなかった。 綾菜の目から涙が溢れた。これはどういう涙なのか。それ自体には少し驚いた。 涙をハンカチで拭いながら、綾菜が怒気を帯びた表情に変わる。

 「廉ってずっとそうだよね。ホント、何考えてるかわからない。」

 穏やかな綾菜が、こんな顔をするのか。初めてみた女性が目の前にいた。

 「うん、ごめんね。」

 言いながら、完全にミスったと思った。まぁ別に、ここから巻き返しを狙っているわけではないから、ミスもクソもないんだが。これは完全に、「もうあなたと向き合うつもりはないですよ」と伝えているようなものだ。案の定、綾菜の表情がみるみる失くなっていく。  「・・・。ずっとカッコつけて、バカみたい。」

 「・・・」

 「今までありがと。じゃあね。」

 綾菜が席を立つ。一度もこちらを見ずに、スッと、姿勢良く。フリーで着いて指名されなかったキャバ嬢のように、微塵も後腐れなく、部屋から消えていった。 俺も数分経った後、店を出た。いつの間にか、会計は済まされていた。

 まぁ、いつも通りだ。

「何を考えているのかわからない」

 別れ際にこう言われることにも、もう慣れた。何も驚きはない。強いて言えば、女性からあのように怒気を帯びた表情を向けられたことは本当に久しぶりだ。綾菜のあの顔が、強く頭に残っている。

 タクシーを使わずに、無性に歩いて帰りたくなった。肌寒さが今は心地よい。せめてもの救いだ。 なぜだろう。別れることには慣れているのに。ものすごい空虚感だ。ものすごく、死にたい気分だ。 なんだ、これは。綾菜のことは好きだったが、全く引き止めたいという気持ちにならなかった。今から追いかけたいなんて気持ちも微塵もない。 でも、綾菜の怒った顔が、頭から離れない。

 「あんたいつまで、そんな生き方してんの?」   こう言われている気がした。 綾菜は穏やかな性格だ。人に怒るのは苦手だ。 その綾菜が、あそこまで俺に感情を出してくれたのに。踏み込んできてくれたのに。

 俺は臆病者だ。自分が傷つきたくないから、その手を払い除けて。 今日まで、おそらく何度も彼女は俺に歩み寄ってくれていたのだろう。それからも全部逃げて。カッコつけて、距離を置いて。

 だから、人と深い関係を築けないのだ。

 だから、誰のことも愛せないし、誰からも愛されないんだ。

 そうやって人と向き合うことから逃げて。 誰とも心を通わせないまま、俺は死んで行くのだろうか。  青学のキャンパスを通りすぎ、ブルーノート東京を通りすぎ。青山霊園を通過し、ミッドタウンの裏を通る。30分ほど、ただただ、歩いた。あっという間だ。少しだけ手が冷たい。今目の前にクスリを出されたら間違いなくやってしまう。 檜町公園を突っ切りながら、帰路につかず、そのまま歩き続けた。  

 6  眠れない。群馬県の700平米はある広い敷地。その中に二軒あるうちの、父の宏行側の一軒家。ピンクの広い立派な家の、立派な寝室。今日も、ママが帰って来ない。姉の沙耶香は、隣で静かに寝息を立てている。 夜中の25時頃。眠れないから、1Fのリビングに降りた。電気が付いていて、珍しく、酒臭いパパがいた。

 「おー、廉。 久しぶりだなぁ。眠れないか?」 

 仕事人間の宏行は、普段全く家にいなかった。   俺は宏行に対して、嫌悪感しかなかった。毎日頼子から洗脳を受けていたため、宏行は極悪人で、憎むべき対象でしかなかった。 何が久しぶりだなぁ、だ。ふざけるな。お前のせいでママが家を出て行ったんだ。父親面するんじゃねぇ。 宏行を無視して、冷蔵庫を開けて水を飲んだ。宏行は寂しそうな顔をしている。  「廉、本当にごめんな。ママとパパがちゃんとしてなくて。」

 2Fに戻ろうとする廉をひょいと抱き抱えて、酒臭い息を吐きながら、廉に謝ってきた。 宏行に抱っこされたのは初めてだ。いや、初めてではないんだろうが、記憶になかった。

 「廉はやっぱり、ママに着いていきたいよなぁ」

 当たり前だろ。なんで大して関わりもないお前のところに残らなきゃいけねーんだ。  お前のせいで、ママは出て行ったんだ お前のせいで、ママは毎日、泣いていたんだ お前のせいで、ママはヒステリックになってるんだ お前のせいで、沙耶香はママに風呂に沈められたのに お前のせいで、俺はいつも ビクビクと怯えているのに 俺がいい子にしてなかったら 俺も沙耶香みたいに ママやじいさんからいじめられるんじゃないかって お前がちゃんとしてないから 妻をちゃんと幸せにしてないから   知ってんだぞ。お前んとこのじいさんとばあさんが、ママに詰め寄っているの

 「沙耶香はくれてやるから、廉は置いていけ!廉は河合家の跡取りなんだ!」

 なんだそれ。じゃあ俺が跡取りじゃなかったら。俺が女だったら。お前らは俺なんかいらないんだな。 結局、長男だったから。だから甘やかされていただけだったんだ。 お前もどうせ同じ気持ちなんだろ。本当は俺のことなんかどうでもいいんだろ。 お前は「きっちり長男を据えることができた」っていう父親業を果たしたいだけなんだろ! お前達の自己満足で、俺に河合に残れって言ってるだけなんだろ! ホントに俺が大事なら なんで全然遊んでくれないんだ。運動会だって、一回も来てくれたことないくせに お前なんか最低だ。父親面するな。  なんで そんな泣きそうな顔をしてるんだ

 「・・・。ごめんなぁ。おやすみ。」 

 それが、宏行とピンクの家で過ごした最後だった。

 7

 本当に、何もする気になれなかった。全く仕事をする気にならない。ただただ、自宅で横たわる日々が続いた。相変わらず、天井の模様は醜悪な魔物のままだ。 でも、このままではいけない。親からは逃げられないというのも直感的にわかっていた。

 3日ほど何もせず過ごしたら、ようやく気分が落ち着いてきた。  誰とも心を通わせないまま、死にたくない。  この気持ちがあるから、俺は逃げたくないと思えている。

 「辛いと思いますが、まずは親御さんへの怒りを書き出しましょう。ここはもう、一切の同情は不要です。皆さん、『親だから』『とはいえ育ててもらったし』『悪い人じゃないんだよな』といった理由で、なかなか怒りの書き出しができないんです。でも、河合さんが気持ちを踏み躙られて生きてきたのは事実です。それをそのままにしてはいけません。全部、怒りの感情がゼロになるまで、すべて書き出してください。死ぬほど、罵ってくださいね!」

 仙人はLINEでこのように仰った。

 「なるほど・・・。分かりました、頑張ってみます。」

 「はい!どうしても辛すぎたら、また教えてくださいね。」

 「ちなみに、どれぐらい書くもんなんですか?」

 「僕はドキュメント200枚以上書きました!笑」

 「まじすか笑」

 たまに観る夢ですら辛いのに。そんなにやったら精神崩壊するんじゃないか。 俺は高所恐怖症だ。にも関わらず、昨年茨城の竜神バンジーをコウスケに飛ばさせられた。でも、それの100倍、怖い。

 仙人曰く、

 「河合さんは、ずっとお父さん達を恨んでいる。殺したい。そう仰ってましたが、1番恨んでいるのはお母さんですね。体の右側の何倍も、左側の方がカチカチです。体は嘘をつきません。」

 とのことだ。 最初に聞いた時は、本当に驚いた。ずっと俺は母親の味方をしてきて、 「母親を傷つける父親達は絶対に許せない」 そう思って、少年時代を過ごしてきたからだ。

 「え、、そうなんですか。でも、母親から酷いことされたこと、特に思いつかないですけど。」

 「そうですね。ただ、河合さんが本来好きだったはずの宏行さんを、なぜ死ぬほど恨まなくてはいけなかったんでしょうか。なぜ、道さんのような男のもとで、屈辱の日々を過ごさなくてはいけなかったんでしょうか。その状況を作り出した犯人は、一体誰でしょうか。ちょっと考えてみてください。」

 仙人のこの言葉が、頭から離れない。 かつてない恐れと気怠さとともに、PCを立ち上げた。

  

 |||||||

頼子に対して

俺のことを、何も理解してくれなかったよな父親とは違って、理解したい姿勢はいくらかは見えたけど、それでもすぐに思考放棄して、わかんないからいいや、っていつもなるよな

年中家の中で父親、父側のばあさんじいさんとケンカしてたよなそれで、ずっとその愚痴を俺に吐き続けていたな

めちゃくちゃ苦しかったなんでかわからないけど、本当に苦しい。もう呪いだよ。あの男はろくでもない、あの婆さん爺さんはろくでもない、ろくでもない家だやめてくれなんでこんなに苦しいのか

で、お前はどっちの味方につくんだよって。でも、廉くんは絶対にママを裏切らないよねってもうやめてくれよ ほんとに

そんなのいわれたって、選べねーよ選べない でも選ぶしかない選ばないと生きていけないから母親と離れるのが一番嫌だったから。

で?俺は宏行を捨てて、お前のところに行くと伝えたのにあんな顔をした宏行を踏み躙って お前のところにいくって決めたのに

お前 俺を捨てやがったな

全然迎えに来ねーじゃんか

連絡も一切なし  クソみたいな婆さんと爺さんに俺を投げつけて 宏行も全然顔出さねーし

お前ら、俺達を捨てやがったな

で、なんだ 急にまた母親業でもしたくなったのかわけわかんねー男つれてきやがってなにが なにが新しいお父さんよ だよ死んでしまえなにが裏切らないよね だ裏切った分際で よくもノコノコと

ヘラヘラした気持ち悪いコミュ障つれてきやがってくそつまんねー男選んでんじゃねーよ

しかもなんだ お父さんと呼びなさいだとふざけんな 呼びたくない呼びたくないよ でも呼ばないと 生きていけないから本当に辛い みじめだ 自分が何もできないきもちわりー男を なんで俺が そんなふうに呼ばなきゃいけねーんだよしかも、ママじゃなくてお母さんと呼びなさい だとふざけんな もう死んでしまえよ お前はいいかげんに

男とイチャイチャして 本当に気持ち悪い 本当に死んでくれみじめ 悔しい 辛い 殺したいもう会いたくない 顔もみたくない

なんでもかんでもきもちわりー男のいいなりになってんじゃねぇよ箸の使い方だの、左手使うなだの 知らねーよ お前らの都合なんて死ねよバカみたいに何日も何日も練習させやがって何が勉強しなさいだよ 何がゲームは1時間まで、だよ何が 何が バカみてーにおまえなんか学歴もないし何もできないバカ女のくせに、顔しか取り柄のないバカ女のくせにえらそーに俺に指示してんじゃねーよ 殺すぞまぁ俺は全部できるからいいけど 勉強だって運動だって誰よりもできるから、別にいいんだけど常に一番だからな で、一番とったら、すごいね廉くんは 本当に廉くんはいい子ね 大好きだよ 死ね 死ねよ もう本当に死んでくれ

酔っ払って帰ってきてごめんね 苦労かけて ダメなママでごめんねって泣いてんじゃねーよ何に俺が怒ってんのか 何に俺がイライラしてんのか何が辛くてどう思っているのかお前にわかるのか苦労かけられているから嫌だ、じゃねーんだよ苦労じゃない そうじゃないんだよ

お前は結局、そんなことないよ 母さんは頑張っているよって俺に慰められたいから、そうやって言ってるだけなんだよな別に俺がどう思っているのか、辛そうなのはなんでなのかなとか考えたこともねーんだろ興味ねーんだろいい子で、ママを好きでいてくれる廉くんが都合がよかった新しい男は味方してくれないけど、廉くんはいつもママの味方だもんね。ママのことは絶対に裏切らないもんね 大好きだよ

ダメなのは、ずっと男だとおもってたずっと父親がダメなんだ、だから母さんがこんなにつらい思いをするんだ男を殺したい 殺したいとおもってたけど そうじゃなかったんだな

お前がバカだからだから俺達は、こんなに辛いんだ

本当に殺すべきは、

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 8

 結局、初めて親への恨みを書き出したあの日。気持ち悪すぎて吐いてしまった。左手の痺れが強くなり、途中で止めてしまった。 父親達ならまだしも、母親に対してこんなに黒い感情が溜まっていた事に本当に驚いた。なんなら、父親達よりも、強い恨みがあったなんて。  また、PCに向かう事ができなくなった。息苦しくてたまらない。今日はもう、考えるのはやめよう。

 久しぶりに、海が見たい。  あの潮くさい感じ。海面が陽に照らされて、反射で光が眼球に突き刺さる、あの感じ。海に触れれば、気持ちが紛れそうだ。  赤坂から地下鉄千代田線に乗り、代々木上原駅へ。ここは小田急線直通で、改札を経由することなく、乗り換えができる。今は、とにかく楽な工程が有難い。人とすれ違うのも怠い。今日は平日で、日中は電車もホームもガラガラだ。ありがたい。小田急線に乗り換え、あとは電車に乗るだけ。1時間ほど電車に乗っているだけで、片瀬江ノ島駅に着く。 今は鬱が強くなり、とにかく眠い。何時間寝ようが関係なく、いつでも寝れてしまう。案の定寝てしまった。 あっという間に片瀬江ノ島駅に着く。平日の江ノ島はあまり人がおらず、最高だ。この景色をゆっくりと堪能できる。時刻は17時03分。若干の肌寒さはあるが、夕陽に照らされたこの海は絶景なのだ。 片瀬江ノ島駅を出て、向かいのハンバーガー屋を通過し、川を渡る。そこから右に曲がり、長い橋を3分ほどかけて歩いて渡り、江ノ島に行く。のが普通だが、江ノ島には行かない。そこから海沿いを、江ノ電長谷駅まで向かって1.5時間ほど ゆっくり歩くのが好きだ。 ここは、時間がゆっくり流れている。波の音、潮の香り。サーフィンを楽しむ人々や、海辺を歩いて自撮りをしてはしゃいでいる若者達。その上をカモメがキューキューと鳴いてフワフワ飛んでいる。 あぁ、この時間が本当に好きだ。夕陽に照らされながら、ゆっくりと呼吸しながら、海沿いを歩いた。

 海辺をボーッと見ながら歩いていると、若い夫婦と手を繋いだ5歳ぐらいの男の子が、巨大なゴールデンレトリーバーを散歩させている光景が目に留まった。  キャハハと男の子は笑い、俺と同い年ぐらいの両親から、手を離して走り出した。お母さんと犬は男の子のあとをつけて走り、お父さんはガハハと笑い見守っている。 犬が男の子に追いつき、かまってかまって、という顔で二の足立ちになり、男の子に覆い被さった。男の子は倒れ、ウワーンと泣きだす。すぐにお母さんが抱え上げ、笑いながらよしよしと、頭をなでる。お父さんもすぐに追いつき、怖かったなー、ハハハ、と言いながら男の子の頭を撫でる。

 歩く足が止まっていた。目頭が熱くなっていた。

 親への怒りを書き出してから。今までずっと蓋を強固に閉めていたが。それが外れた今。自分の中でガラガラと、何かが音を立てて崩れ始めている。

 あぁ、いいなぁ。本当にうらやましい。 俺も、こんな風に生きたいなぁ。

 でも、無理だな

 なぜか、このような思いに囚われた。

 だって 人を愛せる自信が無いんだ

 宏行は そもそもあの場にいないしな。  運動会も来なかったし、というかそもそも家にいなかったし なんでかしらんけど 俺が中学生になったら、3ヶ月に1回会わされるようになったけど そもそも会話にならんしな  自分の話をしているだけで 俺に質問振っても それへのリアクションもゴミだし 全然 会話も噛み合わないし  俺が栃木の家で どんな思いで毎日生きていたか 全く興味もないんだろ だって 愛情がないんだからな そりゃあ 俺の状況なんか 何も聞いてこないよな  「廉は足利高校にいって 横浜国立大学にいって そんで群馬に帰って来て群馬銀行に入るんだ! そこで40歳ぐらいになって支店長になれたらいいな! そこから頭取まで行けたら最高だな!」

 バカじゃねーの 誰がいつ そんなこと望んだんだよ  やっぱり俺は お前の父親ごっこの玩具なんだな お前が大学受験失敗して エリートサラリーマンになれなくて そのリベンジをしたくて 俺を使っているだけなんだな そりゃあ 田舎だけで有名な家で その長男が群馬銀行の支店長になったら そりゃあもう 鼻が高いもんな  そう “長男が” そうじゃなきゃ意味が無いもんな だからお前 俺に再会した時に

 「野村の苗字から、河合に戻せ。じゃなきゃ、高校・大学の費用なんか、出してやらねーぞ」    「野村なんて苗字の子は、河合の人間じゃねーんだよ!」   なんてセリフを吐いたんだよな  途中でまたいきなり苗字が変わったら 周りにどう思われるか 俺がどんな思いをするか お前は何も分からないんだな。そりゃそうだよ。ただのおもちゃなんだから。興味ないもんな。

   頼子 お前もお前だよ お前だったらあのお母さんみたいに 優しく見守って 拾い上げて 優しく抱き抱えたりしねーもんな。お前は絶対に手を離さないもんな。「離れないで!」って怒鳴って終わりだもんな。で、俺が転んだら、「なんでそんなことしたの!」って怒って終わりだもんな。

 お前があんだけ俺に呪いをかけて 憎悪の対象に仕立て上げておいて それで 道が働かねーで ギャンブルで借金まみれになって首が回らねーから  「お父さんに会ってあげて」

 よくもそんなこと いけしゃあしゃあと ぬかしやがるな なんで俺が 会いたくもない宏行に会ってやって くだらない話し相手になってやって 宏行から金を出させてやって  俺はパパ活女子じゃねーんだよ

 お前もお前で 道に冷たくされた時の保険で 俺を手元に置いておきたかっただけなんだろ お前にとっても所詮 俺はただの玩具だったんだろ

 俺がプロを目指して死ぬ気でサッカーに取り組んでいた時も 俺がいつも眉間に皺寄せて 使えねー雑魚どもを鍛えてチームレベル上げて 試合中ミスった奴を激詰して泣かせて チームメイトとその親達から総スカン喰らって 監督からも「そんなんじゃ県選抜の推薦白紙にするぞ」と脅された時も お前は、

 「なんで廉はそんななの。本当に恥ずかしい。もう母さん、クラブに顔出せないじゃない」

 って言いやがったな  なーんだ。お前も結局、俺の味方じゃなかったんだな。 なんで廉はそんななの。じゃねえよ。お前がそう仕込んだんだろ。 お前だけは 俺の味方じゃなきゃダメだろ。お前が味方しなかったら お前が俺の気持ちを理解しなかったら 誰が俺の味方になるんだよ。

 道 お前は論外だ。 人間のクズだ。もはや人間じゃねぇ。

 俺はまだいい。でも、若葉はお前の実の娘だろう。 お前、若葉を階段から引き摺り下ろしやがったな。 若葉はまだ4歳だぞ。あんな目にあって。死ぬほど泣いて。

 何もできなかった。怖くて、脚が震えた。 玄関に置いていた金属バットも。手が震えて、振り下ろせなかった。寝ているお前の顔面に。

 情けない。本当に、情けない。

  なんで俺が、まだ高校生なのに、パニック障害にならなきゃいけなかったんだ。  なんで実の母親に、「なんで廉はこうなっちゃったのかな」なんて言われなきゃいけないんだ。 なんで実の父親に、「廉、大丈夫か?? なんかお母さんから、廉が頭おかしくなっちゃったって聞いたぞ!」なんて言われなきゃいけないんだ。

 仙人は俺に言ってくれた。  「恨みを書き出したら、親御さんに会いに行きましょう。その恨みをぶつけるんです。そして、なんでそんなことをしたのか。一つ一つ、確認しましょう。」  「俺は本当に愛されていたのか。愛されてなかったのか。それが分からない状態が一番辛いんです。親御さんは本当に河合さんを愛してくれていたのか、しっかり言葉にして確認しましょう。親御さんの愛という金塊がみつかったら最高ですが、仮に見つからなかった場合。どうか、人生に絶望しないで。金塊が今ゼロでも、必ず見つかります。見つかるまで、見つかった後も。僕が河合さんの親として、しっかり支えますから。」

 ここまで言ってくれた。有難い。本当に有難いけど。  もう、いいんです。

 俺はあいつらに。愛の確認をしにいく。  でも、その愛がなかったら?

 

 

 今度こそ本当に 殺してやる

 陽は完全に落ち、辺りは真っ暗になっていた。 

 9

 センター試験が終わった後、パニック障害と診断された。日赤病院精神科の受付が友達のお母さんだったのが本当に嫌だった。田舎だからすぐに広まる。  でも別に、もういいや。どうせ栃木から出ていくし。参考書開くと発作が出るから。呼吸困難で意識が堕ちるから。勉強できないけど、あとの私立大学はどうせ受かっても授業料が高いから行けないし 別に落ちてもいいや  2Fのベランダでタバコを吸っていたら、1F玄関に刑事達が来ていた。ぞろぞろと家の中に入ってきたが、すぐに道とともに出てきた。

 会社の金に手を出したらしい。横領で逮捕 何も驚きはない。

 視線を感じたのか、道が2Fのベランダを見る。目が合う。 すぐに道は視線を逸らし、パトカーで連れて行かれた。

 あんなに筋骨隆々だったのに。頬がこけ、げっそりした弱い、汚らしい男に成り下がっていた。 それが道を見た最後だった。

  ||||||

  赤坂駅から地下鉄千代田線で北千住駅まで。そこから群馬県の太田駅まで行く特急両毛号に乗り、廉は太田駅に向かっていた。宏行に会うためだ。 途中で軽く意識が堕ち、またつまらない夢をみた。

 焦って出てくるんじゃねぇ。お前は生きてたら、きっちり殺してやる

 宏行に会うのは12年振りだ。上京する前に会って以来、一度も会っていない。 それからはもう、電話がきても無視していた。やがて電話もかかってこなくなった。

 両毛号の昭和感漂う、若干埃かぶった匂いのする車内で、俺はぼーっとしていた。北千住駅から出発し、10分ほどすると東武動物公園駅を通過する。その辺りになると段々と景色が家やマンションだらけの無愛想な景色から、畑や田んぼなどの緑に溢れた、愛想の良い風景へと変わる。久しぶりに感じるこの故郷の景色を見て、落ち着く気持ちは1割ぐらい。どんどん、ざわつく、落ち着かない気持ちになってくる。 1時間21分。特急電車に乗り続け、太田駅に着いた。ホームから、南口方面に昔からあるドンキホーテ。北口方面には市立図書館。これぞ田舎、という殺風景な感じ。ここに降り立つのは、本当に久しぶりだ。当時と何も変わっていない。変わってしまったのは、己の風貌と懐のフォールディングナイフだけ。  本当に、怖い。  愛情がなかったなんて、思いたくない。 でも宏行は、本当に何を考えているか分からない。 無知無能で、無神経。息をするように人を傷つける。 それが俺が最後に知っている、12年前。52歳の、メタボ体型の宏行。   「廉、30にもなって何言ってんだ?笑」

 そう言った時が、お前の最後だ。刺し殺してやる

 なぜ、頼子ではなく先に宏行を選んだのか。 万が一宏行が死んだ場合。

 「自分のせいで息子が人殺しになった」   と思わされる、頼子の顔を最期に見てみたかったから、なのか。罪悪感を感じるのか。それとも何も感じないのか。 それとも。一番恨んでいる母親と最初に対峙するのが、怖かったから、か。

 改札内のトイレに入って、鏡で己の顔をみる。ゆっくり、鼻呼吸を繰り返す。 ここからは、ノープランだ。ただ、「俺のことをどう思って生きてきたのか」を確認するんだ。 顔の強張りを感じながら、改札をでる。北口に向かう。  身長168cmぐらいの、還暦を過ぎた、白髪まみれで痩せ細った男が目に入る。  間違いない。随分やつれているが。宏行だ。

 宏行も、俺に気付いたようだ。一瞬ギョッとした表情になったが、すぐに、最後にピンクの家で過ごしていた頃に見た、宏行の笑顔に変わった。

 「廉・・・。大人になったなぁ。」

 完全に面喰らった。誰だ、この弱々しい男は。 俺が知っている宏行は、

 「なんだ廉、ヤクザみてーだがな! おっかねーな!笑」  という、イラっとする発言しかしない男のはずだ。 どんな顔をしていいのか分からない。気まずい空気が流れる。

 太田駅から、宏行のグレーのプリウスに乗り、実家に向かう。

 「廉、ありがとなぁ。」   雰囲気も何もかも、変わり果てた宏行が隣にいた。江ノ島で感じた強烈な殺意は薄れ、老いた親を見て「悲しい」という感情が湧き上がってくる。  ただ、廉が何も話さないのもあるが。まだ不動産の営業マンとして働いていること、甥っ子がこの前成人式を迎えたこと。姪っ子に子供が産まれて、もうすっかりお爺さんの年になってしまったよー、ガハハ、と。聞いても無いのに取り留めもなく話す様子は相変わらずだ。車の法定速度40kmを律儀に守り、トロトロ運転して後ろに車が溜まっているにも関わらず、何も気にしない宏行も健在で、ガッカリした。

 人間、たかだか10年ちょっとで変わるもんじゃないよな。

 あぁ、これは期待できないな、と思った。 家に着いて、10分ぐらい話してダメなら、もうタクシーで帰ろう。そして、もう二度と会わない。 墓参りぐらいは、1回ぐらい行ってやるか。  そんなことを考えていたらあっという間に。本当に懐かしい 広い広い敷地と。畑と。大きな木と。手入れが今は全くされてない雑草だらけの裏庭と。二軒の家から構成される、河合家に到着した。  あの忌々しい、河合家。人としての体温のかけらもない、河合家。皆が上部だけで、本音を出さない。いや、弱くて出せない、が正しいか。そして、心で繋がってない。互いを信頼し、慕っていない。お互いの思惑で、思考停止した固定観念の中だけで生きている奴しかいない、河合家。

 幼少期の記憶が一気に蘇ってきた。  幼稚園バスで家の前まで送られ、笑顔で迎えにくる頼子。廉ちゃんおかえりー、と畑から笑いかける婆さん。少し歩いて敷地内に入ると、真ん中にある大きな木に出迎えられる。その木の日陰で、日中から酒で顔を真っ赤にした爺さんが、「おー、大将!ガハハ」と犬を撫でながら下品に笑う。 皆笑ってはいるが、それは俺の前だけだったんだろう。裏側では、皆がそれぞれ 生きるのがしんどかったのだろう

 くだらない幼少期を思い出しながら グレーのプリウスを降りた。 宏行はなぜかピンクの家ではなく、オレンジの爺さん方の家に俺を案内した。

 昭和20年代に建てられた家。その畳の、掘り炬燵の部屋に通された。 よく爺さんが酒飲みながら、怒鳴っていた部屋だ。あの狂った、アル中のジジイ。この部屋も、22年前と何も変わってない。古臭い匂いのする部屋。壁の上側には意味の分からない河合家の家紋と、白黒の先代の爺さん婆さん達の写真が並ぶ。

 「さぁ!何でも話してくれ。父ちゃん、何でも受け止めるからな」

 「ふざけてんの?」  煙草に火をつけながら宏行と目を合わせる。空気が冷たくなる。 あぁ、本当にイライラする このバカ 無神経で空気が読めない。何も変わってない。

 「・・・。」  「今、鬱病の薬飲んでる。今日はカウンセラーさんから、「久しぶりに親御さんに会ってみては?」って言われたから来た。そんだけ。」

 「・・・。そうか・・・。」 

 何から話せばいいのか。この男から気の利いた振りは来ないだろう。 たまには質問してやるか。

 「ずっと一人暮らし?」

 「うん。去年婆さんが亡くなったからな。」

 再婚はしてないのだろう。まぁ、そりゃそうだわな。これじゃ誰も結婚したいと思わない。 ただ、不意に。胸が痛んだ。じゃあ、この男はこの一年 本当にひとりで この広い敷地にずっと暮らしていたのか。 去年、一度だけ、宏行から着信があったことを思い出した。あれは、それを知らせるための電話だったのか。 その電話すらも息子に無視される宏行の姿が浮かび、居心地が悪くなる。

 「婆ちゃんは、本当に廉のことが好きだったからなぁ。婆ちゃん、死ぬ前な。「廉ちゃんは元気なの?大丈夫なの?」ってずっと言っててな。それが最後の言葉だったんだ。」

 「・・・。」

 どう受け止めればいいんだ。 というか、そこは 最後の言葉は、息子の「宏行」に掛ける言葉じゃなきゃダメだろ。 婆さんも、最期までズレたまんまだったんだなぁと思った。

 居心地も悪いし、話に出てくる奴らがとことん無神経で、どんどんイライラしてきた。

 「廉は、爺ちゃんにも婆ちゃんにも、本当に愛されてたんだ。もちろん父ちゃんもお母さ 

 「高校の時にパニック障害。大学出てから鬱病。カウンセラーさんからは、「アダルトチルドレンですね」って言われたよ。機能不全家庭で育って、親からの愛を受け取れて無いですねって。」 

 「・・・。」

 「愛されてた?笑っちゃうな」

 「廉・・・」

 情けない。怖い。いざ、父親を目の前にして。叩きつけたいことは山程あるのに

 それなら、なんで俺と全然遊んでくれなかったんだよ なんでどこにも出掛けたり、しなかったんだよ なんで、離婚してからしばらく 会いにこなかったんだよ なんで会いに来ても クソみたいな自分の話しかしねーんだよ なんで俺が辛くないか 心配にならないんだよ なんで何も聞いてこねーんだよ なんで俺の気持ちも考えずに 「金出してやるから野村の苗字を捨てろ!」って脅したんだよ

 聞いたら、すべてが終わってしまいそうで 怖い。

 「もういいや。ピンクの家、見せて」

 最後に、8歳まで過ごしたピンクの家を見ておきたかった。 それを見て、なんとか叩きつけて 終わりにしよう。そう思った。  

 「あ、ピンクの家か? ・・・。 掃除してないから汚いぞ? 」

 「いいから」

 なぜか宏行は渋っていたが。 掘り炬燵から腰を上げて、オレンジの家を出る。敷地に聳える真ん中の木を横切り、ピンクの家に向かう。  幼稚園のバスから降りて、頼子と手を繋ぎながら玄関に入っていた頃。 小学生になり頼子が働きに出て、鍵っ子となり。一人で玄関に入っていた頃。

 両方思い出しながら、ドアを開けた。ピンクの家の、白いドアを。  玄関に入り、まっすぐ続く廊下を進むのではなく、すぐ右手のドアを開ける。すると、広いリビングに入れる。そこには当時、沙耶香のために宏行が買った、立派なピアノがある。ピンクの家には住んでいないと言っていたのに、床もピアノも、ソファも、テーブルも。そこそこ綺麗にしてある。

 当時のまんまだ。広いキッチンも、ベランダも。 

 だが。ピアノ、テーブル、窓際。辺り一体に、家を出ていく前の沙耶香と俺の写真が、びっしりと並べられている。

 衝撃だった。なんだ、この写真は。 見たこともない写真。見たこともない表情の沙耶香と俺、頼子と宏行の写真が、何十枚も。呪いの館のように、辺り一面に並べられている。

 「廉は見たことなかったな。さやちゃんが5歳、廉が2歳ぐらいの時までは まだお母さんと仲良かったからな。色々旅行行ってたんだよ。」  聞いたことない、そんな話。

 「ほら、これなんか本当に いい表情してるよなぁ。沖縄行った時の写真だな。」

 宏行が沙耶香を 頼子が俺を抱き抱えて 海を背に 4人皆笑っている写真だ。 宏行も頼子も、若い。沙耶香と俺が、顔をクシャクシャにして笑っている。 が、視界が滲み、4人の笑顔がボヤけて見えなくなった。   なんだ、これは

 涙が止まらない 

 「もうこんな爺さんの歳になってるのに。笑っちゃうよな、こんな写真並べてさ。でもここに来れば、廉とさやちゃんに会える気がしてなぁ。」

 やめてくれ。もう、それ以上 喋るな。 

 あんた そんな人間じゃないだろう 俺を 沙耶香を 玩具としか見てなかったんじゃないのか

 「廉とさやちゃんが出て行ってから、もう父ちゃんの人生は終わったと思ったよ。しんどくて、もう仕事もする気にならなかった。でも、お母さんの様子を見てたら、これは絶対に失敗するだろうなって思った。絶対にお金が必要になるなって分かってたから。だから仕事も辞めずに頑張ってこれた。それで、お母さんが5年ぐらい経ったら、父ちゃんのところに頭下げに来てさ。「沙耶香と廉を大学に行かせるお金がありません。助けてください。」ってな。 もう父ちゃんは準備ができてたから。分かったよって言ってな。」 

 「で、俺とさーちゃんに、「苗字を河合に戻せ!野村なんてのは、河合の子じゃねーんだよ、金出さねーぞ」って?」

 嫌な言い方をしていると、分かっている。  「・・・。本当に、ごめんなぁ。父ちゃんもあの頃は、余裕がなかった。早く野村から廉とさやちゃんを取り戻したくてな。」

 こんな風に、宏行の気持ちを聞くのは初めてだ。

 「父ちゃんはずっと 廉とさやちゃんのために、もうとにかく仕事を頑張るんだ。お金を家に入れるんだってやってきた。さやちゃんにはバレエ習わせて、ピアノ習わせて。廉が大きくなったら何でもやらせてあげようって思って。ママにも好きなものはなるべく我慢させないようにって。月に1回は旅行にも行けるようにって。 まだ昭和も終わったばかりで、男はとにかく働く。皆、朝8時から夜中の24時まで働く。そんな時代だった。家のことは全部お母さんに任せておけば大丈夫って思っていたけど。それが間違ってたのかもな。」

  「・・・。」

 「一回、ママのところに廉とさやちゃんが行っちゃった後、ママに頼んで、4人で会ったんだよ。覚えてるか?」 

 どんどん知らない話が出てくる。全く覚えていなかった。

 「久しぶりに会った廉とさやちゃんは、こう。顔をキッとさせてな。何しに来たんだ!って顔をしててな。お小遣いを二人に渡したんだけど。二人とも、ママの顔を見た後、バッと取って。すぐにサッとママに渡してなぁ。」

 また、視界が滲んできた。宏行の顔がボヤけて見える。 その頃はもう 完全に 頼子の洗脳が完了していた時期だ。

 「・・・。ホントに 申し訳なかったね・・・。 」

 まさか、そんな言葉が自分の口から出てくるなんて。

 「いや、全部父ちゃんが悪いんだ。ママにも本当に、辛い思いをさせた。」

 「なんで?妻にボロカスに悪口を陰で言われて。悔しくないのかよ。子供を洗脳されて目の敵にされて。なんで父ちゃんはこう思って こんな気持ちでいるんだよって なんで言わなかったんだよ」

 自分が1mmも出来てないくせに。棚に上げて、宏行を詰める。

 「・・・。そうだなぁ・・・。」

 宏行にはピンと来てないようだ。 宏行は、共感性のかけらもない婆さんと、モンスターのような爺さんに育てられた。廉以上に抑圧された環境だったはずだ。そんな環境で、「自分の本音を伝えて、受け止めてもらえる」なんて成功体験が少年時代に積めたはずもない。もう64歳になった宏行には、この感覚は厳しいようだ。

 「まぁでも。ママには感謝しかないんだ。色々あったけど。ずっと廉とさやちゃんを育ててくれたのはママだからな。だからあんまりママの悪口は、言いたくないんだ。」

 「・・・。」

 「だからもう。廉とさやちゃんは、ママの子なんだなぁって。栃木の子なんだなぁって思ったから。会いたいって頼むのは辞めたんだ。でも、今だから話せるけど。 本当にあの時は 父ちゃん あぁ、死にてぇな って思ってた。 栃木の家。向かいにバッティングセンターがあるだろ。たまにあそこの駐車場に車停めて、見てたんだ。二階の電気が付いたな。あれは廉かさやちゃん、どっちの部屋なんだろうなぁって。帰ってきて勉強するのかなぁって。」

 完全に怪しいやつじゃねーか。何やってんだ。  もう、顔がグシャグシャだ。  「だったら、なんで。なんでまた頼子から会わされるようになった時。俺の話をきかなかったんだ。俺の顔見ればわかるだろ! 俺があの家で どれだけ惨めだったか。新しい父親とうまくやってるか?酷いことされてないか? 普通聞くだろ! 何が足利高校いって横浜国大いって、群銀だ! だよ。んな話してる場合じゃねーだろ!誰がそんな人生生きたいなんていったんだよ!」

 「・・・。」

 「子供なのに眉間にシワのラインができて。パニック障害にもなって。しかもそんとき 廉、頭おかしくなったんだってな!大丈夫かー?って。ふざけてんのかてめーは!! 」  こんなに怒鳴ったのはいつ振りだろうか

 「・・・。本当にごめん。本当に・・・申し訳なかった。 もうママの子だと思ったから。あんまり父ちゃんが首突っ込んじゃ悪いかなと思って、聞けなかったんだよな。群銀とかの話もごめん。廉は父ちゃんと違って 本当に頭が良くて優秀だったから。だから、群銀に入れたら安泰だし、父ちゃんみたいに働き詰めの生活しなくても裕福で、家族ともすごせるだろうなって思ったから。つい、な。」

 「・・・。」    「パニック障害も。実は、父ちゃんも浪人生の時になったんだよな。」  「・・・ は?」

 「東京に下宿して、予備校通ってたんだけど。参考書開くと、手に汗びっしょり書いて。呼吸できなくなって。結局、受験できなくてな。その時に爺さんに、「宏、頭おかしくなったんなら、無理すんな!太田帰ってこい!」って。」

 「・・・。え、何。「無理するな!」って言いたかったってこと? 」

 「そう。」

 何だそれ。もう、本当に呆れるよ 下手くそ。言葉足らなすぎんだろ

 不器用で。無神経で。悪気はないのに、人を傷つける。

 「だから・・・。だから、「父ちゃんはこう思ってるんだよ」っていうのを普段から言えっていってんだよ」

 「・・・・ うーん。」 

 だめだ、全然刺さってない。 なんかもう、呆れる通り越して 笑えてきた。  たぶんこの人は 死ぬまでこうなんだろう  ほんとうに、バカみたいだ 勇気出して 俺が確認してなかったから  こんなにアホみたいに 死にたくなるぐらい 今までずっと 辛い思いして生きてきて

 でも本当に 太田に来てよかった。 こんなに泣いて 怒鳴って 笑って  こんなに心が穏やかなのは、生まれて初めてだ。

 俺が笑ったら 宏行はきょとんとしていたが つられてガハハ、と笑い始めた。

 「でもな。「俺は親から愛されてなかった」って言ってたけどな。 もう父ちゃんは。沙耶香と廉だけが。産まれてから、ずっと生き甲斐なんだ。それだけは忘れないでくれ。」

 もう 涙が止まらなかった。

 10

 また夢を見た。 何度も金属バットで殺そうとして 殺せなかった あいつ

 9歳の時。3ヶ月後に、転校先では初の、マラソン大会がある。 勉強はここでもトップ。運動も、誰にも負けたくない。 転校先で友達になった琢磨。こいつが去年の一位で、強者だ。   絶対に負けるもんか

 今日から、朝の走り込みだ。 玄関から出ると、運動着姿の道がいた。まだトラックの運転手を始めたてで、筋骨隆々の頃だ。

 「今日からだろ。母さんから聞いた。琢磨、ぶち抜いてやろーぜ。」

 「・・・。」 

 なんだコイツ。昨日俺に風呂場で、あんな真似しやがったくせに。

 俺が走り出すと、道も横に並走してきた。 走りながら横でゴチャゴチャ 偉そうに指導してきた

 

 マラソン大会当日。 琢磨の体力・スピードは、サッカークラブでも一緒だし。ずっと見てきた。3ヶ月仕込んできたんだ、今の俺なら勝てる。

 そう確信してスタートを切った。  作戦通り、最初から一位にならない。ずっと、琢磨のすぐ後ろに着き、プレッシャーを与えつづける。そこで、琢磨はいつも以上に消耗するはず。消耗したところを、最後の直線500mにはいった瞬間にぶち抜いて、そのまま差を開かせてゴールする、という作戦だ。 案の定、琢磨は最初からその他諸々の集団を引き離し、序盤からトップに躍り出る。すぐ後ろに俺がつく。 琢磨は短気で、すぐ手が出るやつだ。ずっと後ろに着かれたら必ずイライラしてペースを乱し、消耗する。そして頭脳明晰でも無い。特に何も考えてないのだろう。自分のペースで最初からすっ飛ばして走っている。 作戦通りだ。琢磨の顔は見えないが、いつも遊んでいる仲だ。イライラしているのが分かる。序盤から、アホみたいに早いペースで走っている。こんなペースが長く続くはずがない。  ただ。アホなのは俺の方だった。コースの終盤に入っても、ほとんど琢磨のペースが落ちない。大誤算だ。「全力出すのはカッコ悪い」というタイプの琢磨は、練習中もずっと手を抜いていたのか。予想以上の体力を持っていた。 もう息をするのも辛い。足が重くなってきた。離されそうになる。もう着いていけない。

 道の作戦の、最終コーナーが近づいてきた。でも、これ以上スピードアップする余力なんてない。

 「廉!いけるぞ!!抜け!!!!」

 応援の保護者集団の中に、チンピラの大男がいた。 何でいるんだ。今日も仕事だから母さんも父さんも行けないって、頼子が言ってたのに。

 「父親に学校行事で応援される」なんて、初めてだ。 胸が熱い。何かが込み上げてくる。

 視界が狭窄する中、夢中で走った。前を走る琢磨と、肩がぶつかった。  そこからの記憶は、ない。 

 「廉、やったな!!!さすが、俺の息子だ!!!」

 意識が朦朧とする中、道が風貌に似合わず、はしゃいでいる。 こんな風に笑うんだな。

 少し離れたところで琢磨が泣いていた。 ああ、俺 琢磨に勝ったんだ

 本当に嬉しかった。  「何泣いてんだよ!一位ならいつも取ってきたんだろ?」

 そうじゃねーよ。バカ 一位が嬉しいんじゃねぇ。

 チンピラが いけるぞ! とか さすが俺の息子だ! ってはしゃいでるから  だから、

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 父親の愛を確認できてから またさらに色んなことを思い出してきた。  そうだ。出会ったばかりの頃は 道もまだ人間だったんだ 血の繋がらないガキの 父親になろう! と頑張ってくれていた時期があったんだ  一度 埼玉にいる道側のじいさんばあさんが 栃木の家に来たことがある。 頼子が道の借金について、じいさんばあさんに詰め寄っていたのだ。そのとき

 「頼子さんには迷惑かけるわねぇ。ホントに 死んでくれればいいのにねぇ あの子」  まるで他人事のように。茶を飲みながら、明後日の方向を見ながら。バカみたいな顔をして言い放った。

 ぶん殴りたかった。この糞婆。  世の中には 死ぬべきゴミがたくさんいる。 こんなゴミに育てられたら そりゃあ道も ああなるわな むしろ こんなゴミに育てられたのに 父親になろうと頑張ってくれてたんだな

 誰からも愛されてないと思っていたところに 宏行という金塊が見つかった。 空っぽな器が少しだけ 満たされてきた

 もっと親の事を知りたい そんな気持ちが湧き上がってきたのだ。  道は生きていれば、50歳前後のはずだ。 手掛かりはほぼ無いが 実家の所在地は大体わかる。

 次は道。その後に 本丸にいくんだ。

 電車内が暖かい分、降りたらものすごく寒い。吐く息が白い。 俺は大宮駅に降り立ち、改札を出て、西口に出る。太田駅とは違い、人混みがすごい。埼玉県を舐めていた。 でも、今は。人混みが辛くない。ベッドに3時間横たわることもない。いつの間にか、自宅の天井の魔物は消えていた。 身体が軽い。ゆっくりと、人の流れの中、駅から5分ほど歩きとある建物に辿り着いた。2Fにある探偵事務所に行くため、階段を上った。

絵劃狡聖
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