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【一】神託から


 この世界では、十八歳になるまでは、師匠の下で人間はそれぞれ|職≪ジョブ≫を学ぶ。俺の場合は、魔術の勉強をし、知識だけは収めた。魔術師には、研究職が存在するので、俺は実技はからっきしだったけれど、マイペースに魔術理論を考えようと思っていた。

 さて十八歳になると、神殿で神託を受ける事になる。
 本日、俺も十八歳になった。
 神託の内容は、基本的には一つだ。その人間が持って生まれた『スキル』を教えてもらえるのである。十八歳になったその日から、一人につき一種類の特別なスキルが使えるようになる。ごくまれに、それ以外の神託もあるそうだが、俺のような平々凡々な者には無関係だろう。過去の例としては、勇者が選ばれる場合も、この日に運命を聞かされたらしい。確かに今、世界には魔王が存在するけれど、別に人間の国を襲ってきたりもしないし、俺にはよく分からない。

 俺は白亜の階段を登り、神殿の中へと入った。白装束の神官達に頭を下げつつ進み、神託をくれるという泉の前に立った。泉の中央には、巨大な鏡が浮かんでいる。俺の左右には、神託の内容を一緒に確認してくれる神官が二人いる。

「ではこれより、魔術師ジークへの神託を確認いたします!」

 神官の内の一人がそう述べ、もう一人が十字架型の杖を振った。
 すると鏡の中に文字が浮かび上がり、同時にそれは音声としても響いてきた。

『ジークのスキルは、【孤独耐性】です』

 ――?
 聞いた事がないから、有名なスキルではない。まったくピンとは来なかった。どうやって使うのかも不明だが、何に使うのかも分からない。

『第二の特別な神託があります。ジークは、勇者パーティのメンバーの一人です。魔王を討伐するには、絶対に必要な存在となります』

 続いて声が響いた。俺は唖然として、鏡を見る。こちらの方が衝撃的で、俺はまさか自分に二つ目の神託があるとは考えていなかったから、呆気にとられた。神官達もざわついている。

「勇者パーティの最後のメンバーが見つかった!」

 その後、大騒ぎとなった。
 俺は手を引かれて強引に、そのまま王宮へと連れていかれた。このザンガリル王国の王宮は、基本的に貴族かたぐいまれなる実力者しか入る事は出来ないから、俺は怯えていた。なにせ俺は平民であるし、神託がなければ生涯王宮に足を踏み入れる機会なんてないに等しい人生を送ってきたからだ。いいや、ないと断言してもいいだろう。この国は階級制度が根付いているのだし。例外は、それこそ冒険者として名を上げるなどして、身分を自分の手で確固たるものにするくらいだ。

「最後の一人が、貴方か」

 俺は謁見の間に連れていかれて、国王陛下の実物を初めて目にした。その場には、何名かの人がいた。おろおろしながら頭を下げた俺に、そばにいた宰相閣下が言う。

「もう数年前から勇者パーティは、最後の一名の出現を待っていたんだ。見つかり次第、魔王討伐の旅に出発する事になっていた。現在既に、剣士である勇者・回復魔術が使える聖女・弓使いに長けた第二王子殿下・魔術を極めた賢者は神託を受けていて、勇者パーティの人数は五名と決まっている。待っていた」

 こうして俺はその後、勇者パーティのメンバーを紹介された。
 勇者は二十二歳、名前はハロルド。金髪碧眼の剣士だ。
 聖女は俺と同じ歳の十八歳。ただし、『聖女』というのは希少な職の名前であり、性別は男性だ。優しそうな笑顔をしている銀髪の青年で、ヒルダというそうだ。第二王子のリュート殿下は二十三歳。最後の賢者は、一番年長で二十五歳。賢者はエリックという名だ。

「は、はじめまして、ジークです」

 おずおずと俺が挨拶をすると、勇者パーティのメンバーは、皆笑顔で頷いた。
 顔合わせはこのように終わり、以後、旅立ちの準備が始まった。俺は孤児で、孤児院から魔術の師匠のところに週に一回通っていただけで、もう勉強は完了していたし、孤児院には手紙を書いたものの、旅立ちを報告するような家族はいない。孤児院の牧師様や兄弟のように育った他の孤児達が俺の手紙を読む頃には、俺は既に旅立っているから、返事は受け取れないだろう。

 魔王討伐の理由は、魔王が絶大な力を持っているため、攻めてくる前に倒したいという事だった。魔王とは攻めてくるのだと、俺はこの時初めて知った。滔々と魔王がいかに恐ろしいか聞かされ、王国のいくつかの村は、魔王の配下の魔族に襲撃されたという話も聞いた。そんな怖い相手を俺は本当に相手に出来るのだろうかという不安しかない。

 なお、討伐が成功したら、国から褒賞が出るそうで、望みを一つ叶えてもらえるそうだった。こうして、俺は勇者パーティの魔術師となった。

 旅立ち前夜、俺は神殿に出かけて、神官に尋ねた。

「あ、あの……【孤独耐性】の使い方や効果が分からないんですが……」

 すると神官がスキルについて調べてくれた。

「……過去に三人ほど記録がありますが、残念ながら『ハズレスキル』ですね」
「そ、そうですか……」

 神官がしょんぼりしてしまったので、俺もしょんぼりした。

「過去の三名は死ぬまで使い方が分からず、そのため神殿にもスキルの効果については伝わっておりません。そういったスキルは多いですが、中でもハズレですね。何の役にも立たないと思ってください」

 つまり、俺はスキルがなかったこれまでの人生と、ほぼ同じようだと理解した。今までの十八年間、それで困る事は無かったのだから、生きる上では不要かもしれないが、魔王討伐にあたっては、不安しかない。

 だが、翌日には旅立つ事となった。五人で開始した旅路……最初、皆は俺に優しかった。そして俺以外の全員がこの日までずっと鍛錬していたというのもあるだろうが、強くて、すぐに魔物を倒してレべルも上がっていった。

 この世界では、冒険者として旅をする際、登録証が発行される。そのカードには魔力がこもっていて、レベルとランクを自動測定する。レベルは敵を倒すと上がり、ランクは依頼を達成したりすると上がるそうだ。勇者パーティも冒険者という位置づけである。

 王都を出発し、隣の村に到着する頃には、俺以外の全員のレベルが5になっていた。
 ただ俺だけ、これまで実戦経験もなく、魔物が出てきても怯えるだけだった。なお知能がある存在を魔族、ない存在を魔物と呼ぶらしい。俺だけレベル1のままで、その夜は宿に泊まった。五人パーティなので、二人部屋は一人だけ一人の部屋となる。今回は、俺が一人部屋だった。俺以外の四人は、もうそれぞれが親しい状態なので、軽く疎外感もある。

 そのようにして旅をしていき、一か月、二ヶ月と経過した。
 そして三か月目になる頃には、俺以外の全員は優れたスキルを使いながら、レベルも42になっていた。俺だけレベル1のままだ……。この頃になると、皆俺に冷たくなっていた。

「食料は貴重なんだ。お前は戦わないんだし、このくらいでいいだろ」

 勇者ハロルドの言葉に、俺以外の三人が頷く。俺はこの日、飴玉一個しか食べられなかった。俺は勇者パーティにおいて、完全にお荷物になっている。俺だって本当は何かしたいし、役に立ちたい。だが、出来る事は何もなかった。

 そんなある日、近くに『永久ダンジョン』という有名な難攻不落なタワーがある都市に俺達は到着した。永久ダンジョンは、『永久に攻略される日が来ない』と言われているダンジョンで、そのためこう呼ばれるようになったのだという。天まで伸びている|塔≪タワー≫は雲の向こうまで突き抜けていて、攻略にはかなりの年月がかかるらしい。しかもそこには、パーティでは入れず、必ず一人でしか攻略が出来ないのだという。一階から上に上がっていくらしいのだが、最長で一年も一人で進むと、みんな飽きたり、寂しくて孤独に耐えられなくなって、地上に戻ってくるため、『永久に攻略されないだろう』と言われているそうだった。中にいるモンスターも、一階から順に少しずつ強くなっていくそうで、罠なども多いのだという。ただ、ダンジョン内では、空腹と睡眠欲と尿意や便意は感じなくなるらしい。だから飽きずに孤独でも頑張る事が出来れば、本来であれば攻略は可能らしい。

 タワー型のダンジョンを眺めながら、俺はそんな一般的な知識を思い出していた。
 すると勇者に肩を叩かれた。慌てて顔を上げると、珍しく勇者が満面の笑みだった。

「ここでお別れにしよう」
「――え?」
「はっきりいってジークはただの足手まといでしかない。俺達で相談したんだが、この都市から先は、お前の事は連れて行かない。お前だって無力なのに危険な旅を続けたいとは思わないだろう? 食料も貴重だし、正直ジークには俺達は困っていたんだ。スキルもハズレだしな。だからパーティから出て行ってもらう。ジークは今日限りで、勇者パーティから追放する」

 笑顔で告げられたが、その内容は俺にとっては厳しいものだった。




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