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第2話

 面白くない、と忌々しそうに舌打ちをする源次郎に、アヤネが猫撫で声をあげる。


「ねぇねぇ源次郎ぉ。早くさぁ、ちゃちゃっと終わらせて帰ろぉ? 私ぃ、また源次郎の霊刀がほしいなぁ」

「おい言葉をつつしめアヤネ。源次郎と先に子を作るのはこの私だぞ」

「まぁまぁ二人とも落ち着けってぇ。後でたっぷりかわいがってやるからよぉ」


 およそ英傑らしからぬ下賤な笑い声と共に、意気揚々と死の森に足を踏み入れた彼らに容赦なく禍鬼(まがつき)の群れが襲い掛かる。

 対峙した禍鬼(まがつき)餓龍鬼(がりゅうき)、龍の名を冠してこそいるが従来のそれとはまるで系統が異なる。

 人間と同じように二足歩行で行動し、そして彼らは一様に武器の扱いに長けた種族である。

 自らの炎で鍛え上げた武具は、蝦夷人(えみしびと)と同等かあるいはそれ以上とも比較されるほど優れた名作が多い。

 闘級はAと、かなり手ごわい相手だが源次郎達から余裕の色は損なわれない。

 真逆により一層色濃くなったと言ってもよかろう。


「なんだよ、たかが餓龍鬼(がりゅうき)ごときが俺らを倒せると思ってるのかよ! あの雑魚の雷志でさえも簡単にやっつけられるぐらいの雑魚がよぉ――やれ、アヤネ!」

「オッケー! “燃え盛る我が魂は烈火のごとく”――灼華瞭乱(しゃっかりょうらん)!」


 アヤネが得意とする炎の呪術が唸りをあげて餓龍鬼(がりゅうき)へと襲い掛かる。

 触れれば骨さえも残らないこの呪術は下級にして中級呪術と同程度の威力を発揮する。

 それはすべてアヤネが呪術使いとしての才能があることが大きかった。

 ともあれ、数多くの禍鬼(まがつき)を屠った炎が餓龍鬼(がりゅうき)の身体を一瞬にして飲み込む。

 ごうごうと燃え盛る牙にその身を裂かれる激痛に耐えられた者はなし。

 そして悲痛な断末魔と共に狂ったように死の舞踏を見やるのが彼らにとっての愉悦でもあった。

 しかし、その顔にいつもの歪んだ笑みはない。


「はっ?」

「う、嘘でしょ!?」

「ア、アヤメの呪術を受けて無傷だと!?」


 炎が消えた時、そこには未だ健在な餓龍鬼(がりゅうき)の姿があった。

 ここでダメージの一つでもあればまだ、彼らにとっても納得できる範疇内だったかもしれないが、火傷一つさえないとなると源次郎達が驚愕するのも無理もない。

 餓龍鬼(がりゅうき)との戦いは今回がはじめてではない。

 だからこそ、その経験外の出来事に皆一様にして驚愕を禁じ得なかった。


「ど、どうなってやがんだよクソが!」

「ここは私がいく!!」


 驚愕の中、カエデが先に我へと返った。

 武者である彼女の得物は、なんといっても身の丈はあろう巨大な薙刀である。

 岩をもバターのように軽々と両断してしまうおそろしい斬撃力に加え、彼女の超人的な膂力(りょりょく)が合わされば敵手にとって、これほどおそろしいこともまぁ早々にあるまい。


「おぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!!」


 気合のこもった雄たけびと共に地を蹴るカエデの薙刀が、一気に打ち落された。


 さながら稲妻のごとき太刀筋は、あらゆる防御をも紙切れ同然と化す。

 その一撃が餓龍鬼(がりゅうき)のシールドバッシュと相殺した。

 けたたましい金属音が周囲に反響して、火花が激しくわっと四散する。


「そんな……どうして!?」


 カエデだけに留まらず、彼らの顔が見る見るうちに焦燥感で歪んでいく。

 これまで数多くの禍鬼(まがつき)を討伐してきた。その己の技や力がまるで通用しない。

 目を背けたくなるような現実だが、事実はどう足掻いても覆しようがない。

 この事態に耐えられなくなったのだろう、源次郎が獣よろしく吼えながら餓龍鬼(がりゅうき)へと肉薄する。

 手には彼が英傑たる証――霊刀アラハバキがしかと握られている。


「こんな……こんなバカなことがあってたまるかよぉぉぉぉぉ!!」


 悲痛なその叫びは、しかし餓龍鬼(がりゅうき)には通じず。

 霊刀アラハバキははるか遠くへと、赤々とした液体と共にきれいな弧を描きながら消えていった。

 柄には源次郎の右腕が残されたままである。


「ぎ……ぎやぁぁぁぁぁぁあああああ!」


 耳をつんざく断末魔が死の森に反響するも、その声に応じる者はここには誰一人としていない。

 さっきまであれほど源次郎を慕っていたはずの二人の仲間も、自分達が圧倒的劣勢に置かれていると判断するや否や踵を返して一目散に走り出した。

 あろうことか英傑である源次郎を、彼女らは見殺しにしたのである。

 当然、これに納得できないのは源次郎本人で遠ざかっていく二つの背中に向けて放つ言霊はなんとも痛ましい。


「お、おいお前ら逃げるな! 俺を置いて逃げるなよなあってば!」


 もはや英傑として不相応極まりない、無様な醜態であるが源次郎は必死に生にしがみついた。

 死にたくないという一心が、源次郎の言動からはひしひしと伝わる。

 しかし餓龍鬼(がりゅうき)がそれを許すわけもなく。


「あ……」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃした顔で、源次郎が最期に目にしたものは眼前まで迫った白刃だった。

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