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第二十六話 ポーション


 準備が出来たので、前田教諭に連絡をした。
 留守電になってしまったので、一言だけ残してから、吉田教諭に連絡をして、状況を聞くことにした。

 どうやら、前田教諭は、妹さんだけではなく、両親が事故で入院をしているらしい。それも、普通の事故ではないようだ。

 吉田教諭から話せる範囲で、前田教諭が追い詰められている状況の説明を求めた。

 やはりというか、クズが関係している可能性が高い。
 証拠がないと言っているが、証拠が有っても関係がないのだろう。

 吉田教諭と話をしていると、前田教諭から折り返しの連絡が入った。

「はい」

『前田です』

「新城です。こちらの準備が整いました。ご両親のことを聞きました。後ほど、ご相談させてください」

『わかった。いえ、わかりました』

「大丈夫ですよ。普段の通りで構わないですよ」

『そうか?』

「はい。どこに行けばいいですか?」

『安倍川駅まで来られるか?』

「大丈夫です。30分後くらいでいいですか?」

『あぁ』

「ロータリーに行きます」

『わかった』

 しまった。
 フェンリルとフォレストキャットだけではなく、空を飛べる眷属も作るべきだったな。
 今度、レナートに行ったときに、マイに相談するか・・・。

 それとも、こっちで・・・。
 悩ましい所だな。

 猛禽類は、さすがに・・・。

 バイクに跨って、イチゴ(150号)ロードを用宗方面に向って、途中で右折すれば安倍川駅だ。

 30分も掛からないが、150号は渋滞したら動かない。

 渋滞はなかったが、道は混んでいた。しかし、予定よりも早く、20分で到着した。

「新城!」

 前田教諭が既に来て待っていた。

「前田先生。早いですね」

「バイクで来ると思っていたからな。家の場所は知っていたから、早めれば15分くらいだろう?」

「そうですね。バイクを置いてきます」

 安倍川駅の駐輪場にバイクを預ける。
 この時の為に、鳥の眷属が居たらよかったと思える。今回は、しょうがない。防犯装置を作動させる。
 ライダースーツは必要ないけど、目立つので着ている。

「こっちだ」

「わかりました」

 背負う感じのカバンを持ってきている。必要ないのだが、余計な詮索を避けるためにも必要な処置だ。

 前田教諭の案内で、教諭の家に向かう。

 駅から5分くらいの場所にある。
 一軒家が前田教諭の家の様だ。

「すまん。先に謝っておく」

「え?」

「両親が入院して、妹が寝た状態で、俺が掃除はしているが・・・」

「気にしませんよ」

「そうか・・・」

 ドアを開けると、独特の匂いがする。
 家族の匂いなのだろう。俺には無かったものだ。少しだけ羨ましい。

 靴を脱いで、スリッパに履き替える。

 お世辞にも綺麗だとは言わないけど、しっかりと掃除が行われているのが解る。

 妹さんが寝ている場所は、奥だと言っていた。離れの部屋で寝ているようだ。

 怪我は治ったと言われている。怪我の治療は終わって退院した。それでも目覚めないのは、心が死を受け入れている可能性が高い。

 フィファーナでもよく目にした現象だ。
 目の前で、両親を殺されて、自らも剣で突かれた。死の淵まで行って、俺たちが助けた。
 しかし、両親が死んだことや、死の淵を覗いた事で、自分は死んだと考えてしまって、身体はポーションで治しても、起きてこない現象だ。他にも、類似の現象を見てきた。俺たちは、”心が死んでいる”と表現している。

 本人の望みとしては、そのまま死を受け入れて、眠りたいのかもしれない。残された者が居ないのなら、俺たちもそのまま眠らせる方法を選んだかもしれない。しかし、他に待っている家族が居る場合が多い。その時には、心が死んだ状態の人を介護し続けなければならない。
 現代日本なら、可能かもしれないが、フィファーナでは困難を極める。その為に、俺たちは、心が死んだ人間を呼び起す方法を模索した。

 多少でも反応があれば、記憶を封印する。

 困るのが、反応がない場合だ。
 偽の記憶を植え付けると、どこかで記憶に齟齬が発生する。齟齬が小さくても、そこから封印した記憶が呼び起されてしまう。

 俺たちがとった方法は、軽い封印と堅牢な封印を併用する方法だ。
 今回は、軽い封印だけでは意味がなさそうだ。事情を聞いた限りでは、堅牢な封印が必要になる。

 問題は、他人から記憶の鍵を刺激される事だが、それは前田教諭に頑張ってもらおう。
 その為に、両親にも復活してもらう必要があるのだろう。相談しなければならない事が増えてしまうがしょうがない。

 家族が居れば、支えてくれる人が居れば、辛い記憶を乗り越えられる可能性がある。ダメな時には、改めて、記憶を封印して、違う生活を送らせる方法を考えればいい。その時には、前田教諭やご両親には悪いけど、接触はしないようにしてもらう。

「ここだ」

「前田先生。学校でも説明した通り、ポーションで身体は治せます。今日、持ってきたのは内臓の損傷も治します。でも、心は治せません」

「解っている。目覚めてくれれば・・・。それだけで・・・」

「先生。それは、先生のエゴなのでは?」

「何?」

「妹さんは、目覚めるのを拒否する可能性があるのです」

「そんなことは・・・」

「”ない”と言えますか?妹さんではない先生が?」

「新城。果歩は、俺の妹で家族だ」

「そうです。家族という他人です。間違えないでください。このまま起きるのを待つのも、家族の愛情なのでは?」

「・・・。ちがう。ちがわない。違う。新城。俺は・・・」

 前田教諭が頭を抱えて考え始める。
 考えるきっかけがあれば、そのあとは、家族の問題だと割り切ることができる。俺たちが出来るのは、きっかけを与えることだ。

「先生。まずは、ポーションを使ってみてください。俺たちの実験では、点滴に混ぜると効果がでます。点滴の輸液と変えても大丈夫です」

「わかった」

 カバンから出したポーションを受け取った前田教諭は、妹さんが受けている点滴の輸液にポーションを混ぜた。
 法律的にダメなのかもしれないけど・・・。まぁポーションは、日本の法律の埒外だと・・・。思いたい。

 5分ほど経過すると、変化が見られる。
 肌の張りが戻ってきて、髪の毛に艶が戻る。

 他にも、俺には解らないが、前田教諭が興奮するくらいに、劇的な変化が見られるようだ。

 やはり・・・。
 反応があるから、心は完全には死んでいない。

 でも、起きてこない。
 苦しい現実を受け入れられないのか?他の理由か?

 やはり、必要になった・・・。

「先生。俺の仲間を呼んでいいですか?」

「何?」

「妹さんは、今、心が”何か”と戦っています」

「・・・」

「少しだけ手助けができると思います。しかし、そのあとは、前田先生やご家族のサポートが必要です」

「わかった。頼む。俺は・・・。果歩を守ってやれなかった。今度は、何が有っても守る」

「わかりました。10分くらい外に出ます」

「わかった。玄関は開けておく、勝手に入ってくれ、俺は果歩を見ている」

「はい」

 外にでて、ニコレッタとフェリアとロレッタに連絡を入れる。

「買い物中に悪いな」

『大丈夫だよ。必要?』

 電話に出たのは、フェリアのようだ。

「あぁレベルとしては、最悪ではない」

『それなら、ニコレッタとロレッタだけ?』

「そうだな。フェリアの用事がなければ、一緒に来てくれ、待機してくれると助かる」

『わかった』

 買い物をしている場所を聞いて、パルコの横にある駐車場の屋上に移動する様に指示を出す。
 3人をピックアップして、前田教諭の家に戻る。

 買った物は、荷物になるので拠点に置いてきた。

「それでユウキ。どんな状況」

 ハイ・ポーションを投入した事と、ポーションが効いて身体の損傷は修復された。
 心は完全には死んでいない。今は、葛藤しているようだと伝えた。

「それなら、確かにまだ可能性がある」

「あぁ。ただ、時期が不明だから、ターゲットの兄の記憶から探っていく必要がある」

「わかった」

 部屋に戻ると、前田教諭が妹さんの手を取って、名前を呼んでいた。

 反応がある。
 まだ、完全に心が死んでいない。

 頑張っている人間に、頑張れと無責任にいうつもりはない。
 助けて欲しいと言っているのは、妹さんではない。今、助けて欲しいと叫んでいるのは、前田教諭だ。

 俺は、前田教諭を助けて、目的のために利用する。その為に、妹さんがさらに苦しむ可能性には目を瞑る。

「先生。今から、妹さんを起こす方法を説明します」

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