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最終話『受験のウルトラC』

 俺がどうやって中学受験に合格したのか。
 それを説明するにはまず、昨今の教育方針から話さねばならない。

 近年、学習指導要領が変更されたのは『クイズ企画』のときに話したとおり。
 それによって小学校で英語やプログラミングの授業が必修化された。

 目的はおそらく、世界に通用する情報分野の人材を育成することだろう。
 事実それは”GIGAスクール構想”としても現れている。

 GIGAスクール構想とは”個別最適化”と”ICT教育環境の整備”を行うことだ。
 わかりやすくいうと『生徒にパソコンを用意して、ひとりひとりにあった教育を施せるようにしよう。グローバルにプログラミングなどを学べる環境を整えよう』というもの。

 そして、わたしはそんなふうに学習指導要領が変更された”境目”の年だった。
 つまりどういうことかというと……。

 今年の受験から、英語入試が一気に本格化したのだ。
 それこそ、今年が実質的な”英語入試の解禁元年”なんて呼ばれるほど。

 これまでも英語入試を受け入れている学校はあった。
 しかし、英語のみ(・・・・)での受験を受け入れている学校は少なかった。

 ……そう、これこそが俺のウルトラCだ。
 俺にだけ使えた裏技、いや今回の場合は裏口というべきだろう。


 ――俺は”英語1科目”で受験してきたのだ。


 最初から英語だけにすべてを賭けていた。
 これが、俺が”手段を選ばない”と言った理由。最小限の勉強で合格できる、と述べた理由。
 体調不良で2日目の点数が振るわなくても合格できた理由。

「こんなチートじみた能力持ってて、受からないほうが難しいわな」

 まぁ、さすがに体調不良でぶっ倒れたときは焦ったが。
 そもそも受験できない、なんてパターンは想定していなかったから。

 学校からもらってきたプリントを確認する。
 そこには5科目、3科目、1科目それぞれの点数と科目ごとの順位が記載されていた。

 今回、俺は科目の”組み合わせ受験”を行っていた。
 テストを受けた科目のうち、成績のよかった組み合わせで合否判定できる、というもの。

 ぶっちゃけ俺の場合は、英語の1科目受験以外はあってもなくても大差ない。
 それでも5科目すべて受けてきたのは、悪あがきだった。

「ま、こんなもんだよな」

 仮に俺がもう1学年上だったら、合格できていたかはあやしい。
 たまたま家から行ける距離にあった難関中学が、たまたま今年から英語受験の窓口を広げ、たまたま英語1科目でもOKになる……そんな幸運は訪れていなかっただろう。

 受験する学校を絞ったのもこれが理由だったりする。
 英語受験ができるめぼしい学校は、ここしかなかったのだ。

「ていうか、お母さんは知ってたでしょー! わたしが英語できるって。英語1科目なら落ちるはずないってー!」

「だってぇ~! それでも受かるかどうかなんてわかんないでしょ~!」

 声のボリュームを上げて台所にいる母親へ話しかけると、涙声が返ってきた。
 まーだ泣いてんのかい。

 台所からはなにかを煮る音や、なにかを刻む音が聞こえてくる。
 なんでも「今日はお祝いにごちそうを作る」らしく母親が張り切っていた。

「まぁでも、俺も案外捨てたもんじゃないな」

 俺は成績の書かれたプリントをテーブルへ放った。
 そして母親を手伝うべく台所へと足を向けた。

 プリントにはこう書かれていた。

 5科目受験(国・数・理・社・英)……不合格
 3科目受験(国・数・英)……”合格”
 英語受験(ライティング・リスニング・面接)……合格(A特)

 3科目受験は国語と算数の配分が多い。
 英語の点数は、大きくは加味されないはずの組み合わせだった。

   *  *  *

「というわけで、イロハちゃん――」

「「「合格おめでとぉ~!」」」

「ありがとー」

 あのあと、マイとあー姉ぇがケーキを持って家までやってきた。
 母親の手料理とともに、4人でパーティーをすることになった。

「イロハぢゃん……ほんどによがっだよぉ~、おめでどうねぇ~、おめでどうぅ~!」

「マイ、泣くのはいいけど鼻水をわたしの服につけないでね」

「へっへっへー、まぁイロハちゃんはあたしが育てたようなもんだし? 合格して当然、みたいな! どう、キットカッツ役に立ったでしょ?」

「あ。食べるの忘れてたわ」

「ガーン!?」

「ふふふ……抜け駆けしようとするから、そうなるんだよぉお姉ちゃん~! ……って、ぎゃぁ~~っ!? ごめんなさい調子に乗りましただから許してぇ~!?」

 マイがあー姉ぇにヘッドロックを喰らって悲鳴をあげた。
 ふたりがいるとあっという間に騒がしくなるなー。

 昔はこういうのを煩わしく感じていたはずなのだけれど。
 今は、嫌いじゃない。

 ――こんな日常が永遠に続けばいいのに。

 そんな風にさえ思ってしまう自分がいた。
 そして、心の声を見透かしたかのようにポツリとあー姉ぇが呟いた。

「けど、これでもうイロハちゃんも卒業かー。時の流れってのは早いねー」

「「……!」」

 ハッ、として俺はマイに視線を向けた。
 マイも同じようにこちらを見ていた。

 俺の合格が決まったということは、つまりマイとは中学で離れ離れになるということだ。
 受験を決めた当初はそんなこと気にも留めなかった。
 けれど、今は……。

「みんなー、そろそろケーキにしましょーか」

 母親が冷蔵庫からケーキを持ってくる。
 そのケーキはこれまで食べた中でもっとも苦かった。






受験問題の解答
→カクヨムに掲載。

   *  *  *

通常WEB版はここで完結となります。
ここまでたくさんの応援ありがとうございました!

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