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そして、それから

 盛大に地雷を踏んで、激しく爆死した俺。この状況に終止符を打つどころか、永遠に終わらない状況に持っていってしまった。
 どこまでツイてないんだ俺は……。
 頭を抱える俺と、それを見守る二人。そして走り回るサバ……本当に生臭いんですけど。

「ど、どうにかならないんですか?」
「う~む……」

 腕を組んで考え込むガキンチョ。
 今までの展開からすると、どうにもならないとか平気で言いそうだ。もし今回もそう言われたら、今後もこの部屋には奇怪な生物が増え続けることになる……そうなったら、俺も就活どころの騒ぎじゃない。

「ならないこともない!」
「やっぱりか……」

 ほら、無理だって……あれ?

「今なんて言った?」
「手立てがないわけではないと言ったが?」
「マジか! マジなのか!!、マジなんだな!!!」
「お、落ち、落ち着け!」

 向かい合うガキンチョを、無造作に持ち上げて振り回す。
 手立てがあるって聞いて、俺はもう冷静でいれるわけがなかった。エリーナが止めに入っていたが、もう関係ないくらいに振り回し続けた。
 縦振り、横振り、八の字に斜めと、ありとあらゆる方向にぶん回す。悲鳴と奇声が入り乱れる、本当の意味で阿鼻叫喚の地獄絵図のようになってる気がする。
 そんな中、ゆで卵から歓声が上がっていたような気もするが、まぁ、きっと気のせいだろう。そう言うことにしておこう。
 
 しばらく振り回していた俺は、我に返ると同時にガキンチョを元の位置に下ろし、何事もなかったかのように同じ位置に座り直した。

「で、どういうことだ?」
「……簡単に言うと献上すると言うことじゃ」
「献上?」
「そう、儂に捧げものとして献上する事なんじゃが……」
「なにかあんのかよ?」

 万事解決すると言うのに、ガキンチョの顔は冴えなかった。こういう時ってあれだよな、いろいろとめんどくさい条件があったりするんだよな……。
 重苦しい空気の中、ガキンチョが浮かない表情を見せる。

「代償として、奇跡を起こしてやらねばならんのだ……」

 はぁっと大きくため息を吐く。
 何を渋っているのか知らないが、こんな迷惑をかけられた慰謝料としては何かしらの奇跡でも起こしてもらわなけりゃ、割に合わない。つーか、お前も目的の物が返ってきて、万事解決の大団円じゃないか。

「奇跡を起こすとな、奇跡を起こすとな……」
「奇跡を起こすとなんだよ?」

 俯きながらぶるぶると震え、呪文のように呟くガキンチョ。なんだ、もしかして俺によくない事が起きるのか? ガキンチョが人間になって、俺が面倒見るとか……。
 
「儂が減給されるんじゃぁぁぁぁ!!」
「いっそ解雇されてしまえ」

 ため息交じりにツッコみを入れるが、ガキンチョには届いていない感じだった。
 そんなおかしな状況はしばらく続き、その日の太陽はゆっくりと沈んでいった……。

 それから数年後――

 結局ガキンチョは、ハマグリを献上させる道を選んだ。そのお返しの奇跡として、なぜかエリーナを置いていった。
 お詫びも含めての三倍返しで、エリーナを日本人にして、なぜか俺の知り合いと旧知の仲にしたうえに、戸籍その他もろもろ全部がオールクリアになっていると言う状態。なんていうか、これって外堀埋めてるよな?
 
 まぁ、その思惑通りになったわけなんだけど……。
 
 残された怪生物たちも、献上と言う形で引き取っていくと言うことになった。
 当然そのお返しも奇跡という形での支払いになっている。
 ゆで卵は俺の就職が決まると同時に消え、鳥は宝くじが当たると同時に消え、牛は家を建てる土地の抽選に当たった時に消え、サバは車が当たった時に消えた。
 少しずつ間が空いていたのは、あのガキンチョの懐事情なのかなぁっと、ついついおかしくなってしまう。
 そんなわけで今現在、我が家にはドラゴンだけが残っている。

「てで~まぁ~」

 小さいながらも、アットホームで働き甲斐のある職場から我が家に帰る。奇跡だらけの家だが、あったかい雰囲気に満たされてるマイホームは、何よりも落ち着ける場所だった。

「おかえりなさ~い」

 エリーナ、もとい絵里名の声がキッチンから聞こえてくる。いつも通り、晩飯を作ってくれている……こういう時、結婚って良いなぁっと実感する。
 例え、それが仕組まれたものであっても。
 
 声のするキッチンに向かい、中を覗き込む。

「あれ?」

 まな板の上には、いつも寝ているはずのドラゴンの姿がなかった。
 今まで我が物顔でぐーすか寝ていたと言うのに、今日に限って散歩にでも行ったのかな……いや、そんなはずはないと思うんだが。
 きょろきょろと周りを見回す俺に気付いた絵里名は、小さく笑ってからゆっくりと近づいてきた。少し紅潮した頬に、はにかみ笑顔でまっすぐに俺を見つめる。

「どうした?」

 そう聞いた俺に、絵里名は一瞬だけ戸惑うようなしぐさを見せた後、意を決したようにその口を開いた。

「最後の奇跡が、起きたみたい」

 そう言いながら、自分のお腹を優しく撫でる。
 そう言うことなら、名前には龍の一文字を入れないといけないなっと、ついつい笑みが漏れてしまう。

 台所から始まる夢物語……そんな言葉が、俺の頭をよぎった……。

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