勇者、決着の時
とうとう我が家に勇者がやってきた。
いや、自称だし妙にテンション高いし、なんというか頼りなさそうだし……。むしろ女の子で派遣社員と言う、どこからツッコんでいいかわからない人物なんだけど。
この際、女の子の勇者でもいいんだけど……。
その自称派遣社員の勇者こと、エリーナは台所のドラゴンを見ると急に戦闘態勢をとった。説明しようとする俺の話も聞かずに、勝手に盛り上がっていく。
俺はもう、説明するのを諦めて観戦することに決めた。
そんな俺をよそに、エリーナの緊張感だけがどんどん高まる。ある意味、彼女の周りだけは異世界だなぁっと思いながら、近くにあった椅子に腰をおろす。
「さぁ……邪悪なるドラゴンめ、覚悟しなさい!」
そう叫ぶと同時に、ドラゴンに向かっていく。へっぴり腰でおずおずと。
というか、怖いんだったら無理しなきゃいいのに。
へっぴり腰のすり足でドラゴンとの距離を詰める。ドラゴンとの距離が三十センチくらいまでに縮まる。そこで大きく深呼吸をしたと同時に、エリーナがポケットから何かを取り出した。それは、木の持ち手がついた細長い針のようなもの……。
「このサウザンドスティンガーで……」
「いや、千枚通しだよね、それ」
俺のツッコみも彼女には届いていないようで、大事そうに取り出した千枚通しを、右手に移し、逆手に持ち変える。そそしてゆっくりとそれを振り上げ、再び深呼吸。
そして、決意の表情と共に、エリーナが床を蹴る。
「正義の鉄槌ぃぃぃぃ!!」
「ぴぎゃーーー」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
騒々しい声にドラゴンの奴が鬱陶しそうに鳴き声を上げ、エリーナが大声で悲鳴を上げながら逃げ出し、俺の背後に隠れる。投げ出された千枚通しが、勢いよく床に突き刺さっていた。
なんだこれ、ギャグか?
俺の影から窺うエリーナに対し、ドラゴンは一瞬だけ視線を向けた後、興味なさそうに欠伸をして再び丸まって眠りに落ちた。
「やるわね……ささうが、伝説の魔獣」
「いや、かみ過ぎだし、なんもしてないし……」
「だけど、だけど……あ、あれは!!」
もう、俺の声は完全に届いていないようだ。
半べそのエリーナが何かを見つけ、一点を見つめていた。俺も同じ方に視線を向けてみると、そこにあったのはペン立てに差さっているカッター。ちなみに百均。
何と言うか、すごく嫌な予感がする。
俺の嫌な予感を、そのまま映像化したような光景が展開される。
何かに吸い寄せられるように、ふらふらとした足取りでエリーナはペン立てに向かって行き、手を伸ばしゆっくりとカッターを引き抜く。そのまま、大事そうに両手で持ちカチカチと音を立てながら刃を出していく。その時の笑顔が、妙に恐ろしかった。
「これさえ……この聖剣さえあれば!」
「いや、百均のカッターですけど」
「成敗ぃぃぃぃぃぃ!!」
勢いよく走りだし、ドラゴンにカッターを振り下ろす。
銀色の刃が、銀の光を放ちながら美しい軌跡を描き、ドラゴンへと向かって行く。そんな危険な状態にあるにもかかわらず、ドラゴンは未だ眠りの中にいる。
昼寝がそのまま永遠の眠りになる、そう思った瞬間――
パキィィィィン……
ドラゴンに触れた瞬間、カッターの刃が情けない音を立てて折れて、回転しながら空へと飛び出した。日の光を反射しながら飛んでいくそれは、まるで流れ星のようにキラキラと光を放つ。
その流れ星は綺麗な放物線を描き、ちょうど走ってきたサバの頭に刺さったが、魚類には痛点がないらしく、まったく気にもせずにそのまま走り続けていた。
あまりの結末に、周囲には沈黙が広がっている。俺も何を言ったらいいか、正直わからない。
「うぅぅ……うわぁぁぁぁぁぁん!!」
「ちょ、ちょっと?」
「またダメだったぁぁぁぁぁ!!」
おいおい、今『また』って言ったよな……。
どうして良いかわからずに立ち尽くす俺と、膝から崩れて床に座り込み、わんわん泣く女の子。
これはこれで、魔窟だよなぁ……。
