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解答・解説

「皆さん、屋上に来ていただき、ありがとうございます」
夕日が輝く中、僕は塾の同僚達をビルの屋上に呼び出した。それだけでなく、警部や白木さんにも立ち会ってもらっている。そう、これから僕はこの事件のすべてを暴き、決着をつけるのだ。
「実は…皆さんに話があって呼び出したんです。白木真奈美さん、桃坂萌々香さん、そして、灰野塾長が死んだ事件の真相が分かったんです。そして一連の事件を仕組んだ犯人は、この中にいます」
「ど、どういうこと?」
「何言ってんですか、いくらなんでも無茶苦茶だ」
緑沢さんと黄門君が反論する。
「ちょっと待ってください。桃坂さんという人が殺されたとき、アリバイがなかったのは、彼だけです」
そう言いながら、彼女は黄門君の方を見た。見られていることに気づいた彼は慌てながら言った。
「そ、そりゃ、自宅にいて休んでいたんだから、当たり前だろう」
「いや、実は彼は当日自宅にはいなかったことが判明しています。詳しいことは言えませんが、今回の事件に関与していないことは確かです」
警部の言葉に対し、周囲は動揺する。彼は事件当日、仮病でバイトを休んで試験監督のアルバイトをした後、高校時代の友人と夕食を摂っていたと考えられている。当塾では試験監督との兼業は禁止されているため、彼は黙っていたようだ。
「じゃあ、全員アリバイがあるっていうことですね。なら、やっぱり私達の中に犯人がいるなんておかしいですよ」
村崎さんは反論した。普段付き合いのあるバイト先に連続殺人犯がいるなど、彼女には到底信じられなかったのだろう。正直僕も疑いたくはない。しかし、僕はその気持ちを押し殺して更に反論した。
「いえ、それは違います。アリバイのない人ならもう一人います」
「誰ですか、それは」
「灰野塾長です」
村崎さんは僕の言葉によって押し黙ってしまった。彼女だけでない。あまりの衝撃に誰もが黙っていた。
「彼は不自然な発言を二つもしていました。まずは僕との電話です。彼はこう言いました。ゲームキャラのフィギュアを置くような連続殺人犯だと。あの時点では現場にフィギュアが置かれていることも、白木さんの母親の件と桃坂さんの件が繋がっていることも、警察の一部しか知るはずがないんです。知ることが出来るとしたら警部から情報を聞いていた僕か、犯人くらいでしょうね」
話していて思ったが、もしかしたら警部は電話を聞いている中、違和感を持ったのではないだろうか。その違和感の正体を突き止めるために、そこから桃坂さんの事件のときも塾に来て聞き込みを行ったのかもしれない。この警部はもしかしたらかなり優秀な警部なのではないかと思わされた。
「もう一つは僕と警部が塾に来た後です。彼は被害者について、独身で子供もいない若い女だと言っていた。しかしニュースでは彼女の詳しい人物像については報じられていなかったんです」
「そういえばおかしいわね。ニュースでは氏名くらいしか報じられていなかったわ」
「そうなんですよ、緑沢さん。つまり、塾長は彼女と繋がっていたのを隠していたんです。大方不倫か何かでしょう」
僕は一呼吸置いた。
「ではここで一旦流れを整理します。まずは白木さんの母親が殺害された事件についてです。塾長と桃坂さんは夜遅くに出歩いていたところ、遺体を発見したんです。不倫しているのを知られたくなかったので彼らはその場を離れましたが、本当は彼らが第一発見者だったのです。ネットで話題になっている連続殺人犯が悪魔大名のフィギュアを置いていることは、このとき知ったのでしょう。
そう考えると、生前桃坂さんが「好きな男の人と吊り橋効果を味わった」と同僚に話していたことにも合点がいきます。僕も桃坂さんの遺体を発見したときはかなり驚きましたからね」
周囲は困惑していたが、僕は続ける。
「次に桃坂さんの件ですが、これは塾長による犯行です。連続殺人犯の手口を知った彼は、その手口で以前から疎ましく思っていた桃坂さんを殺害することで、容疑から逃れようとした。といっても不慣れだったので、何度も刺してしまったようですがね」
「じゃあ三件目は、自殺?」
「それは状況からして考えられません。そもそも彼は模倣しただけですからね。恐らく犯人も彼の失言を聞いていて、そこから彼が模倣犯であることが分かったんです。犯人にとっても想定外の出来事だったのでしょうが、運よくアリバイがあったのもあり、それを上手く利用しようと考えた。彼は殺人に関しては素人だったうえに、恐怖から自首する可能性もゼロではなかった。そこで彼に捜査の手が届く前に殺害し、彼を「完全なる被害者」に見立てようとしたのです」
「そうそう、ガイシャの傷についてだが、これも二件目だけ違う人が犯人となる根拠になるぞ。一件目と三件目は左利きの人による刺し傷だったが、二件目は右利きの人によるものだった。二件目は刺し傷が多かったから分かりにくかったけどな」
「なら、二件目はやっぱり」
黄門君の発言に対し、僕は黙って頷いた。犯人が仕組んだトリックは暴いた。ここからは真犯人の正体を暴く番だ。

「ちょっと待ってくださいよ。犯人は失言を聞いていた、って言いましたよね?やっぱり俺らの中に犯人がいるんですか?」
黄門君が尋ねた。
「ええ。それに塾長はダイイングメッセージを遺しています。見ず知らずの人物が犯人ならそのようなことをする必要はない。加えて犠牲者は全員当塾に何らかの形で関わっていたうえに、家の場所もそこまで遠くはありませんでした。これらの点からも真犯人は塾内にいると考えられます」
皆が互いの顔を見た。困惑した表情で村崎さんが質問した。
「一体犯人は誰なんですか?」
「ここで問題になるのが白木さんの母親が殺害された事件。彼女は殺された日付け爪をしていました。にもかかわらず、遺体にはそれがなかったんです。更に彼女の爪は乱暴に削られていた。」
「それが…?」
「被害者は抵抗時に犯人をひっかいた、つまり犯人の腕に傷跡が残っている可能性があります」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
黄門君が反論する。
「爪を切ったのは被害者かもしれないじゃないですか。そもそも引っかいた痕跡を消したければ、指、あるいは手首を切ればいい。何もわざわざ爪を切るなんて面倒な真似をする必要はないですよね?違いますか?」
「被害者の荷物の中に爪切りは入っていなかったし、白木さんによると自宅に帰って来なかったみたいだから、あの爪は十中八九犯人が切ったものだ。
犯人が起こしたのは連続殺人だ。にもかかわらず一つだけ手首のない死体があったら、何かあると思われて現場を徹底的にチェックされ、自分の証拠が出てくるんじゃないかという心理が働いたんだろうね。あの現場は暗かっただろうから、どこに自分の証拠が飛び散ったのか分かりにくかっただろうし」
「つ、つまり?」
「その反面爪を削るだけなら被害者が行ったものだと錯覚させやすい、だから犯人はそうしたんだ。実際僕らもついさっきまで、特に疑いの目を向けることはなかったからね。けどあの後現場を調べたら、被害者の血痕に紛れて、僅かですが違う人物の血痕、そして皮膚片が検出されました。血で汚れているものの、なんとかDNAの照合は出来るようです」
「ということはやっぱり…傷跡がある人が犯人ということですか?」
村崎さんの質問に、僕は頷いた。
「そのことを踏まえて犯人が誰なのかを考えたとき、怪しい人物が一人思い浮かびました。その人は暑がりで、普段はワイシャツ一枚で仕事をしているんです。比較的気温が低い時期にもね。にもかかわらず、気温が高いここ最近は上着を着用している。最初は保護者への対応のためかと思っていましたが、そうでない日も着用していた。そう、包帯が透けて見えるのを防ぐために着用していたんです。それにその人だけ左利きなんです」
僕はそういうと、「真犯人」の方を静かに向いた。
「そうですよね、緑沢さん」
緑沢さんはいつものように毅然として立っている。しかし、どこか心ここにあらずという印象を受けた。
「み、緑沢さんが…し、証拠はあるんですか?」
村崎さんが言った。周囲もざわめいている。僕は真剣なまなざしで彼女を見ながら続けた。
「ええ。ですがその前に、犯行の流れを振り返ってみましょうか」

「犯人は以前から連続殺人を行っており、二人も殺していました。そして先日遂に僕の身近なところ、白木さんのお母様をターゲットにしました。
金曜日、犯人はここで白木さんを手にかけることに成功します。しかしここで二つのトラブルが生じました。一つ目は被害者が抵抗したことです。そのせいで彼女の爪に付け爪を剥がし、地爪も削った。指や手首を切断しなかったのは、怪我をしたことを悟られたくなかったからでしょう。そのせいであなたは怪我を隠しながら生活することとなった。そして二つ目はこの事件には本当の第一発見者、すなわち不倫中の桃坂さんと灰野塾長がいたことです。彼ら、というよりも灰野塾長のせいで、事件はややこしくなりました。
しばらくして桃坂さんの一件が起きます。この件においては真犯人のアリバイがないのは当然のことです。その事件の犯人はあなたではなく、灰野塾長でしたからね。彼は恐らくネット上で有名な連続殺人犯について知っていたのでしょう。詳細が公になっていないことをいいことに、連続殺人犯に罪を被ってもらおうと考えたのです。
しかし彼が塾内で放った失言により、あなたは桃坂さんを殺害した真犯人が灰野塾長であることを悟ってしまいます。事件が起こったときは内心冷や汗をかいたであろうあなたでしたが、これはチャンスではないかと考えました。万一塾に捜査の目が及んだ際、捜査を攪乱するために容疑者として怪しい彼を殺害し、同時に桃坂さんのときにアリバイのある自分は容疑から逃れようとしたのです。
そこで真犯人は塾長を殺害します。しかし彼は抵抗し、殺害に苦戦しました。もしかしたら自殺に見せかけようとしれませんが、目撃者が現れそうだと思ったのか、逃げざるを得なかったのでしょう。
この事件の真犯人、それは白木さんの一件以降、上着を着ることで傷を隠していた人物…信じたくありませんが、あなたですよね?緑沢菜摘さん!」
緑沢さんは未だに黙ったままである。僕はここで一呼吸置いた。
「先程言いましたよね、現場に犯人の皮膚片が残っていたと。もしあなたが無実だとおっしゃるなら、あなたのDNAを提出してください」
推理に間違いはないはずだ。そう思っているものの、信じられなかった。というより、信じたくなかった。毎日優しく接してくれた緑沢さんが連続殺人犯だなんて。どうか否定してくれと願った。それは僕だけでなく、他の人も同じだろう。
「ええ…私が犯人よ。よくわかったわね、青倉君」
彼女は淡々と答えた。僕の頭脳通りで、かつ期待に反した答えだった。罪を認めた彼女の顔に、どこか清々しいものを感じた。

「どうして…どうして先生が…あんなに優しかったのに」
自分で暴いたにもかかわらず、信じられなかった。どこかで間違っていてほしいと思っていたのだろう。
「優しい?私は人殺しなのよ?それも、大人になる前からね」
「え?」
「私の家は母子家庭だったのだけど、すごく貧しかった。母は貧しいのを自分の学歴のせいだと考えていたから、幼少期から医者か弁護士になれってプレッシャーをかけられたわ。酷いと手を挙げられたこともあったわ。理系科目が得意だったから医学部志望として勉強していたけど、全然だった。私なりに真面目に勉強したんだけど、現役、一浪時共に不合格だった。私もそうだけど、母のストレスもかなりのものとなっていたわ。だから私につかみかかったのよ、そのはずみで母は階段から落ちて亡くなったわ。事故として処理されたけど、本当は私が殺したの」
あまりにも衝撃的な告白に、周囲はただ黙ることしか出来なかった。
「その後行く当てもなかった私は、アルバイトで生計を立てながら受験勉強をしたの。幼い頃亡くなった父親が農業を営んでいたから、今まで目指していた医学部ではなく、農学部を目指そうって思ったわ。仕事と勉強の両立は大変だったけど、自然と今までよりリラックスして取り組めた。そうして私は二浪したけど、国公立の農学部に合格した」
以前から凄いと思っていたが、ここまで凄惨な境遇から合格を掴んでいたとは。改めて彼女の凄さを痛感すると同時に、どうしてこんなことを、という気持ちがより強まった。
「何かを学ぶって楽しい、心からそう思えた。だから私は子供に勉強を教える仕事をしようと思った。学校の教員や集団指導塾も考えたけど、一人一人に向き合いたいから、個別指導塾で教えたいって思ったわ。そして、私は無事講師になれた」
「なんで…なんでそこから、ここまで大それたことをやる羽目になったんですか?」
「この仕事を通じて、私のような子供が想像以上に多いことを知ったわ。そして彼らを救いたい、その思いがより一層強まったの。同時に彼らの親の醜さにも気づいたわ。ううん、何より一番の理由は、悪夢から解放されたかったのよ。以前から母を殺したことを夢見ることはあったけど、最近は毎日のように見ていたわ」
今まで淡々と話していた彼女だが、深呼吸すると一転して感情的になり、こう言った。
「だから殺すことにしたの!私のトラウマを想起させるあいつらをね!見栄や欲のために自分の子供を使うクズどもをね!」
そういうと彼女はすぐさま、鞄からナイフを取り出し、首に突き刺そうとした。
「やめろ!」
警部が彼女をすぐさま取り押さえた。僕らは彼女が死なずに済んだことに胸を撫で下ろしたが、涙を流す彼女を見て、しばらく沈黙が流れた。こうして、恐ろしくも哀しい一連の事件は、彼女の流す大粒の涙と共に、その幕を閉じた。

翌日からは事件が解決したということで落ち着けるかと思ったが、むしろ大変なのはここからだった。連続殺人犯が出たということで、僕らの勤めていた塾はマスコミの注目の的となった。特に僕らがいた校舎はまともに授業を行うことすら厳しかった。幸い僕ら三人はクビにならず、自主的に辞める人も出なかった。村崎さんは短期留学に向かったが、帰国してからは再びここで働かせてほしいと上に頼み込んだらしい。彼女は優秀だから、問題なく戻ってこられるだろう。
一方で生徒側には少なからず影響は出た。生徒というよりも、例の事件で心配になったご両親が退塾の手続きを取る、というケースの方が多かった。しかし白木君は辞めなかった。引き続き僕から教わり続けたい、そう言ってくれたのだ。
ある程度騒ぎが落ち着いた後、僕は海外出張から帰ってきた赤田とカフェでランチを食べていた。一人でいるときはまず立ち寄らないようなお洒落なカフェだったが、彼といると不思議と中に入れた。
「海外出張お疲れさん。そしてありがとな、事件解決に協力してくれて」
僕は赤田に礼を言った。
「何言っているんだ。君が頑張ったからだろう。僕は海外出張に行っていただけだし。あの警部さんも感謝していたみたいだぞ」
「それにしても、彼女はなんであんなことを言ったんだろう」
「え?」
「緑沢さんだよ。彼女は犯人だったにもかかわらず、僕に白木さんの母親を殺害した犯人を突き止めるように言ったんだ。これっておかしくないか?」
「そうだなあ。自分のように苦しんでいる子供達を救う方法として、彼女は連続殺人という方法に走ったが、本当はどこかそれ以外の方法があったんじゃないかと思っていたはずだ。君なら犯罪以外の方法で子供達の力になれる、そう思ったからこそ、突き止めろと言ったのかもしれない。何なら自分の凶行を止めてほしかったのかもな」
考えてみると、彼女は冷酷な殺人のプロとはかけ離れていた。白木さんの母の件や塾長の件で抵抗されたことで手がかりを残してしまったし、何より今まで僕らや生徒に接しているときの彼女の人柄は、残忍な殺人鬼のものだとは到底思えなかった。演技だったのかもしれないが、それでも彼女は正真正銘の塾講師だったと思っている。
「なるほどな」
「そうだ、お前さん、まだ塾講を続けるのか?」
「ああ、もちろんさ」
ここにはやる気のない以前の僕はもういなかった。僕は生徒のために、今日も彼らに向き合う。そう決心した。
「そうそう、話変わるけど、例の事件が報道されたことであのゲームのことも話題になったんだ」
事件解決後、当然と言えば当然だが、現場に置かれていたフィギュアについてもニュースで報じられた。後で分かったことだが、単に現場に置かれていただけでなく、緑沢さんの母は例のゲームの開発、そしてキャラクターのデザインに携わっていたらしい。フィギュアをナイフで「殺し」、現場に置くことで、母親への憎しみを晴らそうとしたのだろうか。
「変な目で見られないといいと最初は思っていたけど、むしろある実況者のおかげでそんなのとは無縁だそうだ」
「え、そうなのか?」
彼は手に持っていたスマホでその実況動画を見せてくれた。正直ゲーム自体は微妙らしいが、面白おかしく実況している様子から人気を集めているようだった。さらに僕を驚かせたのは投稿主の名前だった。
「ぱ、パットだって?」
どうやら彼はゲーム実況においても名を馳せているらしい。不思議なことに、彼が扱うゲームのほとんどがいわゆる「クソゲー」であるようだ。
仕事を終えた後、僕は興味本位で色々な動画を見ていた。食レポや旅行など、色々なテーマを扱っているらしい。どれも人気かつ王道のテーマらしいが、普段学歴関係の動画しか見ない僕にはかえって新鮮だった。
「あれ、これって…」
ある一つの動画のワンシーンが目に留まった。

翌日の昼、僕は大学から帰ろうとしている黄門君に声をかけた。誰かと一緒にいたらどうしようかと思ったが、幸い彼は一人でいた。彼はこちらに気づくと、すぐにこちらに声をかけてくれた。
「あれ、青倉先生じゃないですか、どうしたんですかこんなところで」
「ああ、実は君に聞きたいことがあってね」
「え?」
黄門君が驚いた表情でこちらを見る。
「桃坂さんが殺されたとき、君は自宅にいたと嘘をついたよね?」
「す、すみません。あの日は嘘をついて休んでしまって」
「いや、そのことについて特に責めるつもりはないよ。ただ、そこまでして隠していることは何かを考えてみたんだ。最初僕は模擬試験の監督をやっていたことを隠すために嘘をついていたのだと思ったんだ。でもこの動画を見てくれ」
僕は一つの動画を見せた。パットが都内のレストランで他の有名人たちと集まっている動画である。その動画内に一瞬だけ、黄門君とその友人が写っていた。
「見てくれ。ここにいる君はスーツを着ておらず、私服で友達と会っている。バイト後に着替えた可能性も考えたけど、それにしては荷物がほとんどない。他の用事という可能性もあったけど、君の友人は大学から出てくる君に声をかけたみたいなんだ。
君はあの日、確かに模擬試験の会場に向かったんだ。でもそれは試験監督のアルバイトとしてではない、受験生として、だ。私服姿でいたことも、アリバイについて嘘をついたこともこれで説明がつく。大学生になったのに受験を継続していたことがバレたくなくて、君は嘘をついたんじゃないのか?」
正直、この可能性に見当はついていた。なぜなら僕も大学一年生の頃、第一志望に再挑戦しようと思っていた時期があったからだ。
「なるほど…おっしゃる通りですよ。僕は自分がFランク大学に通っていることにコンプレックスを持っています。しかもそのコンプレックスは日々大きくなっていって。だから本腰入れて勉強したいと思うようになりました。けれどなかなかうまくいかなくて」
彼は自信なさげにうつむきながら言った。
「あ、あの、もしよろしければ、勉強教えてくれませんか?今まで自分の力だけで勉強してきましたが、どうしても分からないことが多いんです。よろしくお願いします!」
引き続き彼は自信なさげにうつむいていた。しかし次第に堂々とするようになり、僕に頭を下げた。
「ああ、もちろんだ。むしろそのために今日来たんだからね」
僕がそういったとき、背後から声が聞こえた。
「あれ、青倉先生じゃないですか?黄門先生も。二人でどうしたんですか?」
白木さんだ。彼女も学校帰りだったようだ。彼女が父親に連れられて引っ越す際、僕の次の勤め先が決まってから引っ越し先を決めたらしい。それが何を意味するかは言うまでもない。
「いや、なんでもないんだ。ちょっと大人の話をね」
「そうなんですか。今日の授業もよろしくお願いしますね!」
そう言うと彼女は頭を下げた。確かに事件は解決した。しかし、これから先乗り越えないといけないハードルはたくさんある。ここからが「本番」なんだ。それぞれの目標に向かい、僕らは羽ばたいていく。未来へと向かって。僕はふと夕日を見た。輝きを放つ夕日が、僕らに希望溢れる未来へと導いてくれるような気がした。

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