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脱税疑惑

「アメリアの何が気に入らないの。夫に従順で、愛人がいても構わないと言っているじゃない。そうよね?」

 などと強く伯爵夫人に確認され、アメリアはコクリと頷く。

「は、はい。私は、正妻として旦那様の言いつけには従います」
「それが気に入らないと言っているのです。従順が美徳だなどと、私は思いません。それを売りになさるなら、どうぞ他を当たってください。それをいいと思う殿方は大勢いるでしょう。ですが、私は御免被ります」
「じゃああなたは、夫にいちいち逆らったり口答えするような女性がいいと?」
「それが正しいことなら。私も人間です。時には過ちも犯す。それをきちんと正してくれる人、そして苦労も経験し人の痛みを知っている。そんな人を望みます」

 そしてまたもや伯爵夫人からアリッサに視線を移し、微笑む。
 
(いくら諦めさせるためとは言え、ここまでしなくていいんじゃない? アカデミー賞なら完全に主演男優賞ものだわ)

 まるで本当に愛しく思っているかのように、熱い眼差しを向けられて、アリッサは幻惑に惑わされまいと、自分の拳をぎゅっと握る。

「ば、馬鹿にして…」

 伯爵夫人が怒りに震えながら声を絞り出す。

「馬鹿にしているのはどちらですか」

 エルネストはアリッサから視線を外すと、途端に突き刺すような鋭い視線を伯爵夫人に向ける。

(すごい変わりよう。オスカーは間違いなく彼が獲得だわ)

「これが何かわかりますか?」

 エルネストが簿冊を彼女たちの前に広げる。

「義姉のつけたこの帳簿にある数字について、説明していただきましょうか。なぜ義姉の品格保持費がこんなに少ないのか。そして毎月そこから使途のわからない出費があります。これはどういうことですか」

 品格保持費とは、貴族の夫人や令嬢が自分の衣装や装飾品など、貴族の婦女子として身なりを整えるために必要な経費を言う。
 それは家や領地を管理する維持費とは別に毎月定額が支払われる。

「そ、そんなの、一緒に住んでいなかった私が知るわけがないでしょ。娘の行動をいちいち見張っているわけではないのよ。ドレスや宝石を買ったのではなくて?」
「それなら店の領収書がある。それがないし、第一毎月ほぼ決まった額を支払っているのはおかしい」

 それはアリッサとエルネストが帳簿の収支確認を始めて、すぐ気がついたことだった。
 固定費。所謂使用人への給料や食料費などはちゃんと別会計がある。カスティリーニ侯爵家としての交際費なども、もちろん別に予算が組まれている。
 ドロシーはまだ幼いため、自分のお金を管理できないため、今は家計の中で一部分が割り当てられていて、それは執事が管理している。
 それは純粋に公爵夫人だったビエラが管理していたお金だった。
 支払いった記録はあるのに、どこに支払い何を買ったのかわからないその支出について、エルネストはディレニー伯爵夫人が関係していると踏んだ。

「それがそんなに問題? 娘が自分の割り当てられたお金をどうしようと、娘の勝手じゃない」
「彼女が本当に自分のために使ったのなら、そうなりますね」
「私がどうかしたとでも言いたいの?」
「よくわかっているではありませんか」
「濡れ衣だわ。私がなぜ娘からそんなお金をもらわなければならないの」
「それはわかりません。でも、そのお金は貴女個人のお金なのか、それともディレニー伯爵家に入ったものなのか。どちらにしても、それはディレニー伯爵家の収入になり、そちらの収支と照らし合わせなければなりません」
「何ですって!」
「おや、ご存じないですか。借金でもない金品の受け渡しは、たとえ親子間であっても贈与になります。そしてそれはあなたの品格保持費かディレニー伯爵家の収入かによって、支払うべき税の額も変わってきます。彼女がカスティリーニ侯爵家に来てから約十年。領収書もない支払いが毎月。かなりの額がカスティリーニ侯爵家からディレニー伯爵家へ流れたことになります」

 たとえ貴族でも税の納付は義務として課せられる。貴族としての体裁を保つ費用と、領地や邸を維持するための費用、大きく分けて二つの収支がある。領地や邸を維持するための費用には、さらに使用人に支払う給与や食費、邸の修繕や庭木の手入れ費用、薪や石炭、蝋燭などの光熱費などが主なものだ。
 体裁を保つ費用には被服費や宝飾品類、夜会などの開催費、家庭教師代などだ。
 品格維持費は貴族なので家格や家の規模によって上限が決められている。その範囲内なら細かい内容は申告しなくていい。
 侯爵家と伯爵家では、当然上限額も違う。
 もし伯爵夫人が自分の品格維持費を、娘から支援されていて伯爵家の予算から割り振られた分と合わせ、上限を超えていれば、超えた分は申告対象となる。
 また、伯爵家の収入に充てられていたなら、それは伯爵家の収入として支出からの差引額が変わってくる。
 それをきちんと伯爵夫人が報告していたなら問題はないが、もし怠っていたのなら、それは申告漏れとなり、故意であれば脱税となる。

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