1話 最強の賢者
『死の翼』
王国全土を震え上がらせた凶悪な盗賊団だ。
彼らに襲われたら無事で済むことはない。
男は殺されて。
女は犯されて。
子供は奴隷として売られる。
被害者は100人を超えると言われていて……
恐怖のあまり、一時、街道に出る人が激減したという。
懸賞金がかけられて、多くの冒険者が彼らの討伐に向かう。
しかし、『死の翼』の大半が元冒険者で、しかも高ランクで占められていた。
それ故の蛮行であり凶行だ。
並の冒険者が敵うはずもなくて、全てが返り討ちに遭ってしまう。
もちろん、王国も黙ってはいない。
特例として、軍事行動にのみ適用される騎士団を派遣した。
血反吐を吐くような訓練を乗り越えた騎士達ならば、必ずや盗賊を討ち取ってくれるだろう。
そう期待されていたのだけど……
結果は全滅だ。
『死の翼』の力は予想以上だった。
冒険者では敵わない。
騎士団でも敵わない。
誰もが絶望する中……一人の少年が立ち上がった。
――――――――――
「いやぁあああああっ!!!」
林道に女性の悲鳴が響いた。
男に組み伏せられて、衣服が乱れている。
そんな反応が楽しいというかのように、男はニヤニヤと笑い……
そして、彼の周囲にいる仲間達もニヤニヤと笑っていた。
ちなみに、そんな男達の足元には兵士の死体が転がっている。
皆、彼らに殺されてしまったのだ。
「いやー、助かるよ嬢ちゃん。俺らが有名になりすぎたせいか、ここんところ、獲物がろくに見つからなくてなあ。のんびりと林道を馬車で走ってくれて、ホント助かるよ」
「や、やめて……お願い、助けてください……!」
「安心しろ。お前は極上品だから、殺しはしないさ。奴隷商に買い取ってもらわないといけないからな。まあ、変態のサド野郎に買われたらどうなるかわからないけど、そこは知らないな」
「助けて、助けてください……私は、病気の母のところへ行かないと……お願い、お願いします……」
「あー……ホント、たまらないな。こういう女を抱くのって、マジ最高。そそられすぎて、どうにかなりそうだよ」
男が下品に笑い、周囲の仲間も笑う。
「ボスってば、本当に良い趣味してますよねー」
「俺らにも味見させてくれません? お願いしますよー」
「ああ、いいぜ。ただ、味見程度にしておけよ? 壊したら価値が下がるからな」
「ういっす」
仲間は笑いながら頷いて、組み伏せられた少女に欲情の視線を送る。
そして……
ドンッ!
鈍い炸裂音と共に吹き飛んだ。
「……は?」
突然、仲間が吹き飛ばされた。
他の男はなにが起きたか理解できず、呆然とする。
ややあって我に返り、吹き飛ばされた仲間のところへ駆け寄る。
「……」
仲間は腹部を貫かれていて、絶命していた。
「なんだ、お前?」
『死の翼』の頭目が立ち上がり……
そして、そんな彼の前に一人の少年が姿を見せた。
陽の光を束ねたかのような金色の髪。
女性のように美しく、中性的な顔。
体が細いところも見ると、性別を勘違いしてしまいそうになるのだけど……
しかし、彼は男だ。
「てめえがドクをやったのか?」
「あー……殺す。全殺し確定だわ」
「……」
盗賊達が殺気立つのだけど、少年はまるで動じない。
彼らの前に立ち、逃げることはない。
少年は、ちらりと襲われている少女を見て……
それから、盗賊達に視線を戻して、彼らに手の平を向ける。
「ライトニングバレット」
紫電が走り抜けた。
雷撃は途中で二つに分かれて、それぞれ盗賊を打つ。
「「……」」
なにが起きたかわからない。
そんな顔をして、盗賊達は声をあげることもできず倒れて、その命が消えた。
残りの盗賊達は唖然として、
「てっ……」
「ストームバレット」
怒声を叩きつけようとするのだけど、それよりも先に少年が動いた。
今度は風の刃を生み出して、盗賊達を切り裂いて……
仲間の後を追わせる。
さらに魔法が連打されて、炎や氷が荒れ狂う。
気がつけば盗賊達は次々と殺されて、その数を半分に減らしていた。
数十人の精鋭があっという間に半数に減る。
それは悪夢以外の何者でもなくて、盗賊達は顔を青くする。
「な、なんだよ、おい……なにが起きているんだよ!?」
「俺達は、最強の『死の翼』だ。誰も歯向かうことはできない、できないはずなのに……!」
「なんなんだよ、あのガキは!?」
「落ち着け」
恐慌状態に陥りそうになった盗賊達を鎮めたのは、頭目の静かな声だった。
彼だけは慌てていない。
恐怖も抱いていない。
それどころか、楽しそうな顔をして少年を見る。
「お前……もしかして、王国の切り札か?」
「……」
少年は応えない。
「切り札? ボス、なんのことです……?」
「噂に聞いたことがある。どんな事件も解決して、どんな強敵も打ち破る、最強の魔法使いが王国にいる、ってな。噂だと、単独でドラゴンを討伐したそうだ。ま、それはさすがに誇張された噂だろうが……それくらいの強敵ってことだな」
「そ、そんなやばいヤツがこのガキだって言うんですかい!?」
「実際のところはわからねえけどな。応えてくれる雰囲気でもねえし」
頭目は笑う。
「ただ、それに匹敵するくらい、って考えるのが適当だろうな」
「……」
少年はなにも応えない。
無表情のまま、盗賊達を殲滅するために魔法を……
「ちょっと待った。提案があるんだが」
「……提案?」
頭目の言葉が予想外のものだったらしく、魔法の詠唱以外で、初めて少年は言葉を発した。
「お前のせいで、部下が半分に減ったんだよな」
「すぐに全員死ぬ」
「ははっ、大した自信だ。だが……無用な争いは避けるべきじゃないか? なあ、そうだろう?」
「おとなしく捕まると?」
「いいや……お前さん、俺達の仲間にならないか?」
さすがにその提案は予想外だったらしく、少年は目を大きくして驚いた。
ついでに盗賊達も驚いた。
「ボス!? そんな馬鹿なことを……」
「言っておくが、俺は正気だぜ? 俺の部下は、一人で騎士十人分の働きをする優秀な連中だったんだが……このガキは、それを一瞬で半分にしてみせた。その力、ここで失うのは惜しいからな」
「……」
「俺の仲間になれ。お前の力、俺がうまく使ってやる。そうすれば良い思いをさせてやるし、なにより、殺さないでやるよ」
少年はじっと頭目を見て……
ややあって、ため息をこぼす。
「それは俺の台詞だ。警告をするつもりはなかったんだが……おとなしく投降しろ。そして、裁きを受けろ。どうせ死刑だろうが、少しは長く生きられるぞ」
「やれやれ、慈悲をかけてやったんだが、自らはねのけるとは」
「俺の台詞だ」
「生意気なガキだ。やっぱりガキは好かねえな……死ね」
頭目は一瞬で魔法の詠唱を完了して、力を解き放つ。
「ダークネスクロウ!」
頭目の影が盛り上がり、獣の形を取る。
それは風のように駆けて、少年に鋭い牙を突き立てた。
肉を断ち、骨を砕く。
「はははっ! 見たか、これが俺の力だ。一瞬で詠唱を完了することができる。これが一流の魔法使いの力だよ」
頭目は勝ち誇り、
「それはデコイだ」
「なっ!?」
いつの間にか少年に背後に回られていたことに気がついて、笑みを消した。
まったく気配を察知することができなかった。
それだけじゃない。
少年は背後を取るついでに魔法を放ったらしく、さらに複数の部下が倒れていた。
頭目はニヤリと笑う。
「なるほどな……お前さんが王国の切り札だとしたら、さすがに、高速詠唱だけで倒すことはできないか」
「高速詠唱なんて、初心者レベルだろう? あまり侮るな」
「バカ言うな。一流の魔法使いが汗水垂らして、ようやく習得できる技術だぞ。だからこそ、俺はこの高速詠唱で成り上がってきたんだ」
「そうか。でも、それも終わりだな」
「……そうでもねえさ」
頭目は生き残った部下に向けて叫ぶ。
「おいっ、アレを解き放て!」
「あ、アレを!?」
「でも、ボス。アレは完全にコントロールできたわけじゃあ……」
「いいからやれ! このままだと死ぬぞっ!!!」
「わ、わかりました!」
頭目の指示に従い、一人の盗賊が水晶球を取り出した。
黒く濁り、輝きとは程遠いものだ。
それは、魔晶石と呼ばれている特殊な道具。
特定の生物を封印できるという代物で、破壊することで解放できる。
そのため、一種の召喚装置として利用されている。
「い、いけっ!」
盗賊が魔晶石を叩き割る。
黒い霧がブワッとあふれて、光を遮り、周囲を夜のように黒に染めた。
そこから現れたのは、鋭い牙と強靭な鱗。
大空を飛ぶ巨大な翼を持つドラゴンだった。
城のように高く大きく、常人ならばそこにいるだけで気絶してしまいそうなプレッシャーを放つ。
まさに生きる災厄だ。
「いざって時のために取っておいた切り札だが……なあに、お前に使うならもったいなくはない。こいつの餌になりな!」
「ガァアアアッ!!!」
飼いならされているらしく、頭目の合図でドラゴンが吠えた。
天を突くような咆哮を放つと同時に、体内で魔力を収束させる。
それを一点に集めて……
ドラゴンブレスを放つ。
超々高熱の炎。
鉄を溶かすことができて、人が浴びれば骨も残らない。
それは絶対的な死を与えるだろう。
ゴッ……ガアアアアアッ!!!!!
ブレスが少年を直撃した。
一歩も動くことがなかったのは、足がすくんでいたのか?
あるいは、諦めていたのか?
どちらにしても、普通の人間にドラゴンブレスを防ぐことはできない。
どうすることもできず、死神に迎えられるしかない。
死……あるのみだ。
そのはずなのに、
「……バカな……」
少年は健在だった。
肉が焼けることはなくて、骨が溶けることもなくて。
服が焦げることすらなくて、五体満足で悠然とその場に立っていた。
「終わりか?」
「なっ、あぁ……や、やれぇっ! そいつをぶっ殺せ!!!」
頭目に応えるように、ドラゴンは前足を振り上げた。
それは神の一撃に等しい。
空が落ちてくるかのような打撃に耐えられる者はいない。
どのような方法を使ったとしても、止めることはできないだろう。
できないはずなのに……
「プロテクトウォール」
少年は魔法を使い、ドラゴンの一撃を受け止めてみせた。
ありえない光景だ。
防御魔法を使ったとしても限界がある。
人間の魔力がドラゴンの力を上回ることはない。
魔法の盾は一瞬で消し飛ばされて潰されるのがオチのはず。
ただ、少年はその常識を覆してみせた。
ドラゴンの一撃? それがどうした。
そんな感じで平然としている。
「終わりか?」
「バカなバカなバカなあああああ!? ドラゴンだぞ!? ドラゴンの攻撃を、どうやって防ぐことができるんだ! 抗うことなんてできるわけないだろ!!! ありえない、こんなことは絶対にありえないぞっ!!!?」
「現実を見ろ。それと……」
少年はドラゴンに手の平を向けた。
「そろそろ終わりにしよう」
大気が震えるほどの膨大な魔力が収束されていく。
「アブソリュートインパクト」
肌を刺すような冷気が周囲を漂い……
それらは氷となり、ドラゴンを包み込んだ。
巨大なが氷の山ができあがる。
それは、少年が指をパチンと鳴らすと、ドラゴンと共に粉々に砕け散る。
最強の生物の一角であるドラゴン。
あまりにもあっけない最後だった。
「そんな……バカな……」
もう叫ぶ気力もないらしく、頭目はその場に膝をついた。
「ドラゴンさえも倒す……あれは噂じゃなくて、本当のことだったのか……」
「さて」
呆然とする頭目の前に少年が移動した。
手の平を向けつつ、静かに問いかける。
「ここで死ぬか、おとなしく投降するか。好きな方を選べ」