バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

細やかな抵抗

 ブリジッタの時も自分の婚約のことなのに、決定権は彼女にはなかった。
 祖父同士の約束で決められた婚約。そして一方的に破棄された婚約。彼女の意見は何一つ聞かれなかった。
 そしてまた今も、アリッサ自身のことなのに、自分で決められない。
 カスティリーニ侯爵とベルトラン卿がどのような話をしたのか。そして夫妻がどのような決断を下すのかアリッサはただ待つしかなかった。
 夫妻が話し合いを終え、彼女は夫妻に呼ばれた。
 彼らの決断は侯爵の提案を受け入れるというものだった。

「理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「理由はいくつかあるが、ひとつはドロシー嬢のためだ」
「ドロシー嬢の?」
「そうだ。叔父である侯爵が後見人とは言え、ご両親を亡くされたばかり、赤ん坊の頃に会っただけの侯爵に心を開くのは難しい。側に誰か彼女のことを気にかける女性がいるべきだ」
「ですからそれは私をでなくても…それに侯爵がさっさと誰かと結婚でもすれば…」
「侯爵も仰ったが、侯爵の妻になりたいと思う人はいても、ドロシー嬢を尊重してくれる人物となるとなかなかいない。侯爵夫人の座に興味はあっても、いきなり八歳の子の母親になりたいと思う女性は少ない。君にもそう仰っただろう?」
「それは…でも、私は」
「教育係にしても、雑貨屋で、いかにも貴族令嬢だとわかる身なりのドロシー嬢の行動を、普通なら見てみぬふりをする人が多い中、諌めた君の対応を買っていらっしゃるようだ。何しろ他の教育係は、ドロシー嬢に注意もできないか、彼女を放って侯爵に擦り寄ってくるような者ばかりらしい」
「あの侯爵様なら、女性にもてって喜んでいそうですが」

  まるっきり硬派でもなさそうだし、女性には不自由したことがないように見える。
 むしろ好都合なのではないだろうか。

「今の発言は聞かなかったことにするよ」

 ロドニーが苦笑する。確かに女好きのように言ったのがばれたら不敬ととられかねない。

「二つ目は、マージョリーのことだ」
「マージョリーさ…マージョリーの?」

 癖で「様」と呼びそうになり、すんでのところで止めた。
 アリッサが呼び捨てにしたので、ロドニーがマージョリーを見ると、マージョリーは自分がそうしろと言ったのだと言いたげに頷いた。
 それを見て「わかった」と彼も頷く。

「本当は君だけに任せ切りはよくないし、私も手伝うが、それでも二人では限界がある。侯爵邸にいれば人も多い」
「私のことはお気にならさず。ちゃんとお世話します。マージョリーだって少しずつ良くなって来ていますし」
「私達は君には末永くいてもらいたい。いくら君が優秀でも、人である限り体力の限界はある。本当は私がもう少し人を雇えればいいのだが、そうすると金銭面で困ったことになる」

 ジェントリで知識階級にいるベルトラン卿だが、領地ももたないし、仕事を辞めて収入も途絶えた。
 今は現役時代からの蓄えと、国からの手当で生活している。
 清貧という言葉があるが、卿たちはそれに当てはまる。決して贅沢はしないが、質の良い生活を送っている。ただ、それも健康であればこそ。病気になったりすればまた話は変わってくる。

「ごめん…なさい。私が病気になったばかりに…」
「君が気にすることはない。私達には子供がいない。その分互いを大事にしようと決めたたろう? 私は君の命が助かって本当に喜んでいるんだ」
「ロドニー」

 互いを思い合っている二人に、アリッサはそこに理想の夫婦像を見た。

(こんな風に思いあえる相手が見つかったら私も結婚したいと思うかな。今のところは失敗続きだけど)

「侯爵は、離れにいる間、ここは人に貸せばいいとおっしゃった。別荘として使いたい人もいるだろうと」
「そこまで考えているのですか」
「ただ、最終は君の判断だと仰っていた。だから、明日、君から直接侯爵に返事を持ってくるようにと言われている」

 そこまで言われて、彼女に断る理由があるだろうか。
 
「わかりました。ただ、私にもいくつか条件を提示させていただきたいことがあります。それを侯爵が受けていただけるなら、この件を受けてもいいと思います」
「条件…」

 戸惑うベルトラン夫妻の気持ちもわかる。侯爵に対し雇用条件を突きつけるなど、普通は有り得ないことだ。
 しかし、彼女にも意志はある。
 勝手に何でも決められては何のためにブリジッタを死なせてまで、新しい人生を切り拓こうとしているのかわからない。
 それは彼女の細やかな抵抗だ。

「条件というのは?」
「それは侯爵にお話をしてから、後で申し上げます」

 それを先に言えば、きっと彼らはこの話をなかったことにしようと思うだろう。
 その日のうちに次の日の朝に伺うと言う手紙を送った。
 するとすぐに侯爵から明日の朝、迎えの馬車を手配したという連絡が入った。

しおり