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第一話

 分かれ道だ。
 全速力で走る俺の目の前には二手に分かれた道がある。
 右はひび割れて所々雑草が生えているあぜ道。クマ出没注意の看板が立っている。
 左は舗装された綺麗な道だが遠回り。さらにその先は人通りが多くて最短で走れる確証がない。

「はっ、はぁ……右か、 左。 どっちか……あーくそ。 脇腹いてぇ」

 物事に正解はない。 必ず正しい答えは存在しない。 正解があるとしたらすでに終わった結果に後から被せたものだけだろう。そう、それが普通。それが常識。それが当たり前の真実だ。 ……だけど、今は違うんだなあ、これが。

「DOOMシステム、コネクト」

 俺の荒い吐息交じりのつぶやきに反応し、視界に“運命”が映し出される。

『右。1.2km先で転倒。クマを遠目に視認し、 迂回』
『左。人通りが激しく、走ることを断念。徒歩で移動』

 手早く自分の「これからの未来」を確認した俺は軽くうなずき、三つ目の選択肢に目を向ける。

『上。アバター起動後、気絶。最短で運命都市フォルトゥナに到着。5秒後覚醒』

 にやりと口元に笑みが浮かぶ。汗をぬぐい、起動コードを叫んだ直後。並走していた影が大きく膨らみ、その影に包まれた俺は予想通りあっさりと意識を手放した。

 ………
 ……
 …

「──で、 他人の家の屋根を壊して派手に登校した気分はどうだ?」

 対面に座るごつい教師は俺にそう問いかけた。禿頭には血管が浮き上がり、指導室が少し冷えているからか蒸気が出ているように見える。

「いや、あの違うんです。起動した瞬間気絶したから俺じゃなくてですね。あの、アバターが勝手に」
「勝手に15棟の屋根を踏み壊しながらお前を運んだと」

 言葉を引き継がれ、俺はぶんぶんと首を縦に振る。その様子を見て教師が盛大に息を吐きだした。

「波切《なきり》レン。お前は史上二人目のアバターを完全に顕現させた兵士だ」

 先ほどまでと打って変わって静かな声に思わず背筋が伸びる。「はい」と答えると教師は少しだけ目元を緩めて言った。

「もう少し自分の力に自覚を持て、 波切《なきり》。何をそんなに焦っているんだ?」

 教師の言葉が腹の中にずんと沈む。思わず漏れそうになった言葉を飲み込み、俺はあくまで普段通りの調子で言った。

「ただ 『運命に忠実であるべし』 という我々保守派の主義に則り、 遅刻を全力で回避しようとしただけです。ただそれだけですよ」

 教師はしばらく俺を見つめていたが、これ以上何も言わずにいると諦めたように軽く手を振った。

「……そうか、わかった。もう行っていいぞ。あぁ、反省文は今日中に出せよ」

 俺はゴム玉を飲み込んだような胃の不快感をこらえながら、「失礼します」と一礼して指導室を後にした。
 足早に教室へ戻り、やっと体から力を抜く。 あーやっぱ寝坊なんかするもんじゃねえわ。

「やあやあ才能マン。朝から話題に事欠かないね。 調子はどう?」

 俺が机に突っ伏していると楽しそうな少女の声が聞こえた。少し顔を上げるとそこにあるのは、にししと笑う幼馴染「高瀬《たかせ》ひなの」の顔だ。

「ねむい」
「端的だなあ。 レモネード飲む?」

 その言葉に体を起こし、感謝を告げて黄色のペットボトルを受け取る。遠巻きにこちらをうかがう生徒たちの視線を無視して俺は中身に口をつけた。ンギュッと喉が変な音を立てて鼻の中が強烈なレモンの香りで満たされる。

「は!? すっっっぱ!」
「おー運悪いねぇ。ミラクルレモネードの大凶を引くとは。ま、知ってたけど」

 そう言って笑うひなのの右眼が淡い青の光を放つ。このやろう、わざわざ選んできやがったな。
 俺たちの眼にはある機能が備わっている。未来予測システム DOOM。悪い運命を回避するという目的のもと生み出されたその最新技術は文字通り人々の生活を一変させた。
 失敗という概念はなくなり、不安という単語は辞書から消えた。誰もが未来を確定させて生きることができる、安心して暮らせる理想郷。そんな夢物語が現実になったのだ。
 まぁ、その壮大な機能が現在、しょうもないことに使われているわけだが。くそ、酸味に頭を殴られた気分だ。一瞬で目が覚めたわ。

「お前、 あふぉで覚えとへよ」
「あはは。 舌痺れてやんの」

 こいつマジで許さん。と、そんなことをしているとチャイムが鳴って社会の教師が入ってきた。俺たちは渋々自分の席に戻る。
 窓から外を見れば屋根を修理する作業用ドローンの姿。そんな光景をぼんやりと眺めながら俺は思うのだ。あぁ、今日もいつもと変わらない 一日が始まるのか、と。


『緊急警報。3分後、都市内5カ所でテロ事件の発生を予測。近隣のアバター所有者へ出動要請』


 突如、教室のあちこちからけたたましいサイレンが鳴り響き、視界いっぱいに警報が映し出された。教室内が騒然となる。

「どゆこと?」「テロ!?」「ヤバい、近くね」「サイレンうるさ。通知切ろうかな」
「はい、静かに。皆さん落ち着いて」

 パンパンと手を叩く教師に視線が集中する。

「どうやら革命派が動くようです。えーこれは訓練ではありません。ですが、皆さんの力ならいつも通りやれば対処できる問題です。訓練で学んだことを活かし、落ち着いて行動するよう心がけてください」

 教師はしんと静まる生徒たちを満足げに見まわし、次々と指示を飛ばす。

「火力役は1、2班。3、4班は防御に専念して、5班はセーフゾーンの作成・後方支援を行ってください。6班は状況を見て足りない部分の補助を。それでは、行動開始」

 全員が一斉に動き出す。俺は6班だ。ひなのが所属する5班とともにみんなの後を追う。
 校舎を抜け広場に出た。口々に起動コードを叫び、アバターを身に着けた生徒たちが猛烈な速度で目的地へ走り去る。

「レン。先に行ってるね」
「あぁ、すぐ追いつく」

 ひなのの言葉にうなずくと彼女も「換装」とつぶやいた。一瞬、少女の手足が黒くなったかと思うとグローブとローラースケートのような装備に変わり、風のような速度であっという間に見えなくなった。
 俺は誰もいなくなった広場を一人走る。班の仲間? そんなものはいない。6班は俺だけだ。ため息を噛み殺しながら校門へ向かう途中にある倉庫を開け、でかいカバンを取り出して肩にかける。

「さて、雑用頑張るか」

 俺は一度呼吸を整えてから本日2度目の全速力を出した。



 到着したとき、すでにショッピングモールはだいぶ荒れ果てていた。
 小型のドローンが機関銃を乱射し、中型四足ロボットのガトリング砲とミサイルが乱れ飛ぶ。
 対するは火力役の班だ。こちらも負けず劣らず撃ちまくる。彼らは防御役とツーマンセルを組み、距離を詰めながら敵の装甲を削っていく。敵の連携に穴が空いた瞬間、近接持ちが突貫することで戦局を有利にする算段だ。

「うわ、弾幕えぐ」
「レン! こっち手伝って!」

 攻撃の密度に思わず引いていると、少女の声が聞こえた。見れば瓦礫をどかす5班の姿が。すぐさま「わかった!」と声を張り上げ、セーフゾーン作成のために瓦礫撤去を手伝う。くそっ結構重いな……!
 俺がぜえぜえと必死に作業をしている横でひなのが大きく手を広げる。少女の手が光を放ち、手のひらから光のロープが飛び出した。ロープは意志を持っているかのようにぐるりとセーフゾーンの外周を囲む。

「シールド展開」

 ひなのの言葉に合わせ、光のロープがまるで両端を引っ張られたガムのように縦に伸びる。それは3メートルほどの高さまで達すると緩やかなカーブを描いて屋根となった。セーフゾーンの完成だ。

「よし。大丈夫そうだな。俺は外行ってケガ人運んでくる」
「え、ちょっと待って! 少し休みなよ」

 外に飛び出そうとすると、ものすごい速さで肩をつかまれた。反動で少しよろける。

「ほら、ふらふらじゃん」
「今のは勢いの問題だわ」
「なんでもいいから一回休んで。救急箱その他の確認もしたいから」

 有無を言わさぬ口調に渋々座る。すると、どっと疲れが出た。足先からどろりと力が抜けていくような感じがする。
 テキパキとケガ人を運び、治療する5班を視界に入れつつ、俺は外の戦いを観戦することにした。
 あいかわらず激しい銃撃戦が繰り広げられるも、敵の前衛は先ほどよりもかなり減っている。地面には撃ち落された数多の小型ドローンと中型の装甲が散乱していた。

「そろそろ突っ込むぞ! 狙いはカニ。羽虫は後ろに任せろ!」

 近接係が合図とともに雄叫びを上げて突撃した。彼らは大剣やらハンマーやらを軽々と振り回し中型を容赦なくスクラップへ変えていく。みるみるうちに敵の数は減り、残りはダンゴムシみたいなやつが一体のみだ。勝利は目前。きっと誰もがそう思っていた。

「そろそろ終わりそうだね。レン、このあと一緒に……」
「まずい」

 ボソリとつぶやく俺に5班全員が首をかしげる。だが、そんなのは俺の目に入っていなかった。俺の視線の先にはカタカタと揺れる無数の残骸だけが映っていた。カバンから拡声器をひっつかみ、叫ぶ。

「全員しゃがめ!」

 次の瞬間、残骸が吸い寄せられるようにダンゴムシのもとへ飛んで行った。それはもはや死角からの散弾攻撃だ。反応が遅れた火力役の何人かが衝撃で倒れこむ。すぐさま防御役が駆け付け、肩を貸す。迅速な対応だ、このままセーフゾーンまで連れてくれば助かるだろう。だが。

「うそ……」

 無数のトゲを纏ったダンゴムシがその全てをこちらに向ける。明らかにこれまでとは比べ物にならない殺傷力を秘めた長大な槍が、何十本も、向けられている。
 近接役が立ち上がる。火力役が槍に照準を合わせる。防御役が盾を構える。──その全てよりも先に、槍が放たれる。
 ひなののシールドでもアレは防げない。まさしく絶体絶命というやつだ。

「はぁ……やるか」

 次に目を開けたら串刺しかもな、と小さく笑いながら俺は意識を黒に沈めた。

 ─=< full Dive >=─

 再び目を開けると、ダンゴムシが真っ二つに裂けていた。

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