バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

星と女子高生

シュシュっとお星さまがほほ笑んだ。
『お友達がシェアを要求しています』
そしてぷぅっと膨らんだ。
「これシェリー・メイ彗星。グレイスホロマン宇宙望遠鏡でわたしが初めて追跡したお星さま。今日、初観測(ファーストライト)だったんだよ。澪も来ればよかったのに。メタバース式典。この感動、今度はリアシェアしようね 恵那」

澪は夢見るような表情で窓の外に視線を上げた。
(ほんと、一緒に見られるといいよね)
…と、一度両手で顔を拭った後、一転して夢から覚めたように、「って一体どういうつもり?こっちから返事のメール出しても梨のつぶてだしさ」と急にひとりで毒づきはじめた。
発信元のトップレベルドメインはDSN。ディープスペース(深宇宙)ネットワークだ。NASAが星の海に築いた通信網。送信ボタンを押したら到達予定日時がリマインダー登録される。二人にはそういう隔たりがある。

「ファーストライト、行きたかったなぁ~」

ステラワースは夢見る表情で、
窓の外を見つめた。

■サクラ女子航空宇宙通信学園 デリゲートサーバー舎セキュリティ対策室

「……………………」
二人の乙女の独白を聞いていた俺は思わず絶句してしまった
……まさか二人がそういう仲とはな……。しかもステラワースが澪のことを好きになってるなんて想像もしなかったことだからだ……。確かに言われてみれば思い当たることはあるような気がするが。それにしても……二人とも自分の恋心には鈍感なんだな……。
しかしこれは
何かあるに違いないっ。
二人の想念的な関係を俺は想像してしまった。
女学生同士の「恋愛」はままごと遊びのごとき他愛もないもので学園側は関知していない。社会に出ればきっぱり忘れて然るべき異性と入籍する。それが通例た。だが、関係をこじらせると勉学に支障をきたす。だから監視役が要る。
俺はピピッと来た。学長に報告すべきか対応マニュアルに照らして考える。
心電図モニターが異常興奮を検出した。
何か二人の間に何か秘密を抱え込んだのだ。
二人は俺の想念的な関係であるとか何とか関係してる感じになってる。
生活指導ウィザードはそのように分析した。
…………。そう言われたら自分まで恥ずかしくなってきた……。
(ふんと、困りますわね。ヤマザキ先生の方から何か言ってやってください)
…………。そう言われたら自分まで恥ずかしくなってきた……。
ウィザードの助言とあらば仕方ない。幸い二人の船はまだエッジワース・カイパーベルトの内側にいる。とにかく今やるべきことは受講生の精神衛生だ。それぞれ太陽系最辺境空域で一人前の調査飛行士になるべく勉学に励んでいる。俺の仕事はワークライフバランスを保ち立派に彼らを巣立ちさせることだ。
遠野恵那と新星澪とステラワース・カタリナは三角関係にある。できればそっとしてやりたい。だが現実はコミックじゃない。

■サクラ女子航空宇宙通信学園 仮想キャンパス

俺は観念した、澪の想いをこの場で二人に伝えた方がいいと思いDSNーVRに足を踏み入れた。ゴーグルが視野と一体化し仮想校舎が現実のものとなる。
俺はネクタイを締めロッカールームを出た。体育館の裏にセーラー服姿の二人がたたずんでいた。実際には数億キロを隔てた肉体をネットワーク遅延と先読み行動キャッシュがつないでいる。

澪とカタリナはメールの件で言い争っていた。俺は声をかけた。
「お取り込み中のところすみませんがちょっとよろしいですか?」
「はい、なんでしょう?あ、先生!」
澪が俺を見て、パッと笑顔になった。
その隣にいた恵那は、ちらっと一べつした後、ぷいと横を向いた。
そんな態度の違いがまた気まずい空気を作った。
さてどうしたもんかな……。俺は少し考えてこう告げた。
「……実はですね、このたび、私宛に直接、電子メールで相談があったんですよ」
澪はびっくりして聞き返した。
「え、直接、私宛てに相談ですって? 誰から、ですか!?」
「それは個人情報保護のため言えないんですがね。それで、私の方から二人に伝えたほうがいいだろうと思いまして……。つまり、あの、まぁいわゆるガールズトークって奴で……。」
(ガールズトークだなんて)という表情を二人同時に作ったのを見逃さなかったぞ。……うーん、こういう場合、どこまで伝えてよいものやら……、迷ったがもう仕方ないな、と思ったその時、俺の隣からウィザードが介入してきた。ナイスアシストだ!生活指導ウィザードは言った。
(いえいえ先生は心配なさらずとも結構ですよ)……え?そういう問題じゃ……。
そう思う間もなくウィザードが口火を切った。
(はい。では、これから私が二人の心の内を語って聞かせます。それをきけば澪さんも恵那さんにも事態がはっきり分かるはずですよ)
え、何だって、……って……待てっ。……それって一体どういうこと?
(澪さんの、この想い。それから恵那さんの心の動きは、……実は全部お見通しでしたよ?)
(……嘘……でしょ……)……と一瞬青ざめる澪と 呆然としている恵那の横で俺は 冷や汗が吹き出すのを感じた。
「……」
ウィザードが続けた。(澪さんが、……そう。恵那先生に恋心を抱いていて、でも先生には別の好きな人がいることを知っている。
一方、恵那さんは澪さんの気持ちには気がついていないけれども先生と仲良しな澪さんのことが気になって仕方がない……と。……これは乙女ならではの純情な感情というものでしょうかねぇ……。
ふふふ。なかなか面白いと思いますが……、皆さん、何か意見はありますか?)
「……」
「……」
二人はぽかんとして黙っている。
俺があわてて聞いた。「ツー化、お前は何様なんだよ」
ウィザードが答える前に恵那がつぶやいた。
「先生の言ってたことの意味が分かったような……」「あー!もぅっ。」
と澪が両手を上げて叫んで 俺たち三人を見回すと、にこにこしながら言った。
「みんなありがとうございます!」「いやまぁ。俺は何もしてないんだけど。……ただ……。その件に関しては先生からも話があるそうだから……。後で俺の部屋に来なさいね。」とだけ伝えた。
ウィザードの言葉を聞いて、俺は二人に伝えるべきことをすべて理解していた。……なるほどな……。……そして 俺はDSNサーバーに接続を切った……。……。……さて。これでよし。……あとは二人に任せるのみだ……。
しかし……。
こんなふうになるんだったらやっぱり自分で言うべきかも知れんかった。
と反省した。
*
「……先生」「はい」俺は返事をした。
ここは俺の自室である。部屋の広さは十畳ぐらいあるだろうか。奥の壁一面がディスプレイやコントロールボックスの棚になっていてその向こうは壁になっている。俺は机に向かい座っていた。机の上にDSN-VR端末が置いてあった。今そこから俺は自分の思念を送って、DSNのネット越しに生徒達と話している。
(あの……先生)と澪が切り出した。
俺は少し緊張気味になりつつ聞いた。
「……どうしました?」
「……あ、はい。私、この度、DSNで授業を受けたいと思いまして。それで……申請を出そうと思うんですけど……」……あぁそれは俺も考えてたんだよな……。だが。俺はまだ迷いもあった。……うーん。と腕組みをするポーズをとった時。恵那が割り込んできて言った。
(あら澪さん、ずいぶん積極的になったわねぇ)……澪が赤くなって、
「ちょっとっ!」と言い返す。すると今度は遠野。(私もこの機会に習いたいですぅ)と便乗する。恵那がさらに割って入って来た。
(だめっ! 私が先に申し込んだんだから)と……。また言い争いが始まる……。俺は苦笑して、まあまあ二人とも、と間に入った。
「とりあえず今日のところは、お二方とも私の部屋を見学しませんか? そうした方がお互いにいいでしょう?」と提案すると二人はうなずいた。……よし。……俺はDSNのネットワーク経由で二人を自室に案内することにしようと思った……
(続く)
(以下本文)
第5章 ガールズ・トーク I
「うーん」
「えっと……これは、どうしますか?……ね、ねぇ? このスイッチ入れたら良いのかしら?……これ、何の機械なのかなぁ」
私は目の前の装置を見て呟いた。コンソールにはいくつもの操作パネルがあるが用途が全く分からなかった。私がそうやって困り果ててると先生は言った。
「あぁそれは、……そうだ、ちょっと、こっちにおいでなさい」
と部屋の隅にあった小さな作業スペースへ連れて行く。
そこは学校の理科の実験に使う実験道具や備品がまとめて置かれているところでした。
(先生……この装置は一体?)
(……それはですね、今君たちが使ってるのは普通のモニターです)
(???)……ますますわけが分からない。
首をひねる私の前で、……先生は何本かコードを引っ張り出してきてコンセントに接続すると何ごとかをささやくように喋った。
そうしているうちに装置全体が青白い光を発し始めたのです。
そして、
「ほら、見てごらん。これが見えるかい」と画面を指し示す。
そこには、私たち二人がいままでDSNで会話を交わしていた映像が映し出されました。(はい、見えます)と、……私が答えると、 先生はさらにこう続けた。
(今、君たちがいるのが僕の部屋なんですよね。でも僕には見えないんです。この装置はDSN-VR端末といいまして……DSN-VR……端末?)
(はい。DSNにアクセスするための機材の一つですよ。DSNサーバーのクライアント機能も兼ねています)
「……」(?あの……?)
(……あ、あぁすみません。つい夢中になって説明してしまった……、要するに、このDSNは、このコンピューターを通じて遠隔地とコミュニケーションをとることができるということ。つまり遠く離れた人とインターネット回線を使って直接話をしたりゲームをしたりすることもできるということです。)
(!すごい……。そんなことが可能なんですね……!?……)
(……まぁ。いろいろ制限はありますが……。例えば、さっきの、遠野さんの言ってた"スイッチを入れても動かないマシン"はそういうものの一種なのですが……。
逆に言うとその程度の能力しかないものです)
(はぁ……、そうなんですねぇ)と感心して聞いてる私でした。
*……ふふふふ。なかなか興味深い反応だな……。まぁ当然だろう。こんな装置を目にするのは普通ありえないからね。……しかしまあこういう反応も新鮮といえば新鮮なのかもしれない。(どうです?面白いですか)と聞くと(はい。面白すぎちゃって!)
興奮気味に澪は答えて、恵那のほうを見た。……あら。あんたが先に食いついたら私の入る隙がなくなるじゃないのよ、という顔で澪を睨み返す。
そのやりとりを見ながら俺は、
(あーやっぱ、俺が自分で話すべきだったかな。まあ仕方ないか……)と一人考えていた。
*……さて、この機会だ、俺は一つみんなに言わないといけないことがある……。俺はまだ迷っている……。……しかし。やはり言うべきだと思う。なぜなら……俺自身で決めるのが最善だからな。そう決意を固めて三人を自分の部屋に呼んだわけだしな。…………。……よし。
意を決して口を開くことにした。
(実は私からもみなさんに言いたいことがありましてね。ちょっと聞いてもらえますか?)
(???何でしょうか)と澪が首をかしげる。俺は続けた。(私はこの学校の教師として生徒達を教える身な訳ですけど……はい……)
(それとは別に個人的な活動もあって、そちらにも時間を使わざるを得ないことが時々発生すると思います。)
(はいそれで、私個人の事情を優先することで、皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれません。……特に恵那先生と澪には申し訳ないと思っている……)
(いいえ、そんなことはないです)と即座に反論する恵那。
そして続けて、(確かに私たちはあなたの生徒なわけだけど……でもそれ以前に同じクラスの仲間でもあるのよね)
(それに……先生、この間おっしゃっていたじゃありませんか、……やりたいことがあればどんどんやってみなさい、と言って下さった……)
(はい、そう言ったのは覚えている。……だがな、私はこうとも思ったんだ。果たしてそれがいい結果を生むだろうかとね……)
(どういう意味でしょう……?と聞き返してきた遠野に対し、……俺は続けた。(つまりお前たちがもし、学業成績の向上だとか、より高度な技術を学びたいとかね、そういう目標を立てて努力してるとしたらどうだろう、と想像したわけだよ。)
その時私は、少し厳しい表情をしていたかも知れない。
(そうした目標がある時、それ以外の何かに打ち込んでしまうと、結果的に学業成績の低下を招いたりして良くない影響を与えるのではないか?という疑問を感じたんだよ。……実際、私がそうだったようにな。
これは別にお前たちを責めようと思って言っているのではないよ、あくまで私自身の体験に基づいて、考えてるだけだが……。
もちろん、お前たちの目標は立派だと思うし素晴らしい事だと信じている。でもな、それは今ここで頑張ることだけで達成される類のものではないだろう。将来に向けてもっと先に進むためにも今この時こそしっかり学んでおかなければならないことがあるんじゃないか?)
一通り喋った後で恵那の方を見ると、彼女は神妙な面持ちをして黙って聞いていた。……一方、遠野の顔色はだんだん悪くなっていく。どうやら私の意見を聞いて動揺しているようだ。まぁ無理もない。今まで考えたこともなかったろうからね。
(そんな……先生……。でも僕は、勉強以外に打ち込めるものがあるなら、そっちに集中してもいい、というのが正直なところだったんです。だから……そんな風に考えなくても……。それに、先生だってさっき"好きなようにやってかまわない"っておっしゃってくれたじゃないですか)と遠野が食い下がる。(いや、さっきの言葉は撤回しよう)
(!?)遠野は驚いたような顔をした。
私は続けた。(確かに私はそういう考え方をする。しかしそれでもあえて言おう、私の考え方は一般的なものではないだろう。なぜなら、私はそういうふうにして自分の目的のために行動したことが過去に何度かあったからな……。つまり私の場合は好きにやるにしても優先順位をつけてやったわけだ。勉学優先、ゲーム中心とかいうようにだな)
そして(だから、私と同じ考え方をしろとは言わん。だがしかしな、お前たち、もう少し肩の力を抜いてみても損はないのでは? まあ私は、そういう姿勢も含めて、やりたいことをどんどんやりたまえ!と言っているのだがね……。……さて話は以上だ。どうかな?もう行ってもらっていいぞ)
恵那と遠野は無言のままうなずいて部屋を出て行った。……その後、俺が二人を追いかけようとしたら……恵那が(ちょっと待って!まだ話したいことがあるわ)と言ってきたので立ち止まる。(何でしょう……)と振り返ると(あなた……あの二人の態度を見た上で、あんなことを言うつもりだったわけ? どうしてなのよ!? 私は納得いかないんだけど!!)と抗議してくるので
(まあまあ落ち着いて下さい。恵那さんの気持ちはよく分かりますけど、とりあえず話を最後まで聞いて下さいませんか……?)と俺。
(分かったわよ)渋々了承した様子の彼女に対して俺は(では、話を続けますが……実はですね、さっきも言いましたが……私の個人的活動については皆さんにはあまり深く関わらないようにお願いしようと考えていたのですがね、それを……、私は変える事にしました。)
(あら、どういう風の吹き回しなの? 急に?それは私にも分かりませんよ)苦笑しながら答える俺
(まあいいわ、続きは?)(ああそうです。……その理由についてなのですが……実は今日はみんなを呼んだ時に、個人的にちょっとやりたいことがあったものでね……)
(何よ、一体?はい。それは、この学校の卒業アルバムを見せて頂く事でした)……そうなのだ。俺にはずっと前から見てみたいものがあった。しかし俺は、教師という立場上、生徒たちのアルバムを見るのは躊躇していたわけだ……。……でもやはり、気になっていたことはあるわけだよ。そしてそれを見てみたくてたまらなくなっていたのだ。
(えっ?それだけ??……本当にそうなのですか)信じられないというような顔で聞いてくる澪
(いや……もちろんこれだけではないよ)
(そう、それはなんと……私が担任を務めるクラスのみんなの集合写真を見ることです。)俺は続けて言った(……いいんでしょうかね?こんな個人的な事を勝手にして……?)
それに対して(いや……ダメでしょ)と言って笑う遠野、
(でも、私は全然かまわないと思う)と笑顔で言う恵那。
(じゃ、じゃあ決定ってことで)という感じに決まりそうだったので安心してる私であった。するとそこへ……遠野と仲の良かった女生徒(名前はサユミさんだったかな)が入ってきて話しかけてきた。(あっ、あのーすみません……。ちょっと聞きたいことがあって……)
私が振り向くのを確認した後(お忙しい中申し訳ありません。でもどうしても分からない事があったので、つい質問してしまいました)と言ったあと少しうつむいた。(どうやら遠慮してるらしいな、ここは俺が答えよう)と彼女に近寄る私。……で彼女が質問したのはこういうことだった。(つまり、私も知りたいんですよ。何故わざわざこのアルバムを先生に見せる必要があるのか……ってことが)
(!?なるほど。……君は鋭いんだな。実に的確な問いかけだと思う。確かに普通だったらそんな必要はないだろうな……。でも、私にはどうしても見てみたくってたまらないものがあるんだよ)
(はい……。)うなずく彼女(それで、見せていただけるものですかね……)
それに対して私は微笑んで(ああ、いいとも)と答えたのである。
早速、私たちは全員そろってアルバムの載っている書棚の方へ歩みを進めたのだった……。
(私にとっては感慨深い光景なんだ。だってこれは、私が先生になって以来初めてのことだからね)……私は一人つぶやく。……いや別に一人でつぶやいているわけではないのだが、他の者には聞こえないだろう……。まあそんな事よりも目の前に広がっている状況だな。……私の目の前にはクラスごとに整理されている大量の卒業記念の集合写真の本が置かれていた。
(私はこれを眺めているうちに感動すら覚えてきてしまっていたよ。だってここには今まで見続けてきたものたちがたくさん並んでいるのだからな)
遠野たちは無言のままじっと見入っているようだ。(私はしばらくその様子を観察してから自分のアルバムを取り出した。そしてページをめくっていく。そこには、私のこれまでの生活の記憶がある。それは、学校の授業であったり部活での大会であったりする。そのどれも大切な思い出だ。だがな……その中でも特に印象に残っているのはこの一年間のことだった。なぜなら、私の人生の大きな転換点になった時期だからだ)私は続けて話した。……それはまさに私が今ここで教師としてここにいることの始まりの時期でありまた一つのターニングポイントであったことでもあるから……だ(そしてこの一年というものの一番重要な出来事……、……それはやはり卒業に関するものであった。私はこの一年の間に何度も卒業生たちを見送ってきたし、逆に何人もの生徒たちを迎え入れた。しかし……その中にあってただ一度きりの出来事というのが一つだけあった……それが、卒業式なのだ)
(私たちにとっての最後の行事ですもんね。とても印象に残っていて当たり前ですよ)恵那が同意する。
それに対して俺は笑って、うんうん、そうだね。と言って続けた。……それはもう10年ほど前のことであった。私は当時、担任している学年の卒業式に出席したことがあった。そしてそこで私は、自分が教師をしている中でたった一人の特別な存在であることを知ったのだよ。
(その時の私にはもちろん何のことだか分からなかったよ。なぜならばその卒業式において卒業していく生徒の中に彼女はいなかったからだ)
(!?どういう意味でしょうか? 卒業したわけでもない生徒なのに特別だなんて?)首を傾げる澪。
(まあ聞いてほしい)俺は続ける……(実はその日卒業していった生徒たちは全員が同じ日に入学してきたのだ。彼女たちもまた、卒業という最後の行事を迎えるはずだったのだ。しかしそうはならなかった……なぜなら彼女たちは全員入学と同時に卒業していたのだよ)
(……!???)言葉に詰まる一同。しかしそんなことはお構いなしに話は進んでいく……。俺はさらに説明を続ける(つまりな、この学校の生徒たちは何回も何回もそのように、進級やら、卒業を繰り返して、ずっと生きてきたということだよ)
(えーっ?!)驚く澪(ということは先生はその……生徒の輪廻転生を信じてるんですか?)
(ああ信じているというより、そういう考え方をしていないとつじつまが合わない気がしてね。私はどうもこの世の中で起こっている様々な物事は何かの意味があってそうなるようにできているのではないかと思ってるのだ)
(じゃあ先生はその"輪廻転生"という考え方が真実かどうかを確かめるため、あえてこのようなことを続けていかれるわけですか?)と遠野。……さすがだな。いい着眼点をしてるよ(そうだ)
俺が言うのに続いて遠野が聞く(では……その方法とはどんなことなんでしょう?まず、君たちには今度の3学期の終わりが近づいた頃に、卒業検定を受けてもらうことにする。……まあ簡単に言ってしまえば試験だな)
みんなが驚いたような顔をして私を見る(そしてその中で一人だけ表情を変えずにこちらをじっと見つめていた女生徒がいた……。それが私と同じ名前の彼女だった。もちろん彼女はそんな話を事前に聞かされていただろう。それにも関わらず、まるでそのような様子は一切見せていない。それは私にとって好都合でもあったのだが……正直ちょっと怖いぐらいだった。なぜなら彼女の考えていることが全く読めないからだ。そしてその日は刻々と迫ってきていった)……それから2週間後。(さぁ卒業検定が始まるよ。準備はいいわね)と私は彼らに話しかけた(はい、大丈夫です。先生)自信ありげな生徒たち。(よろしい。それじゃあ始めるわよ。卒業検定1stステップ開始)
そう言って私は彼らの目の前にある机の上に置かれたスイッチを入れた……。
ピー……ピー ガガガーッ という機械音とともに卒業検定が開始された……。
(さあこれからは、彼らに対して卒業検定を実際に行ってもらいます。そのやり方を説明しましょう)……私が言った(彼らはこの部屋から出ることはないので安全面での心配は不要よ。あなたたちはこれからしばらくの間この部屋に居続けるだけでよいの)……そう言っている間に卒業検定はどんどん進行していきいよいよ終盤を迎えようとしていた(はい次はこれよ。最終ステップへ入りなさい)と言って今度は部屋の奥の壁にあった扉の前まで生徒たちを移動させると、そのドアの横のボタンを操作して中から巨大な装置を出した。そしてそれを起動した(これは……)驚く澪。(そうよ。これが卒業証書授与機。卒業する生徒たちへの最後の証である卒業証明書を発行してくれるもの。卒業検定の集大成となる大イベントなのよ。よく見ていってちょうだい)……そして私は卒業検定の最終工程を行った。
(卒業検定、終了しました。お疲れ様。見事合格点に達した生徒のみを残しました。この瞬間を持ってあなたたちは正式に本校を卒業することができます。本当によく頑張りました)……俺は続けて話す。(そしてここに残される生徒たちの中には今度行われる三度目の春を迎える生徒たちがいる。その子たちはまだ本当の意味で卒業することはできない。しかし……いつかきっと……必ずまた次の新しい旅立ちを迎えられるときが来る。それまでの長い年月を……私は待つ。待ってやるつもりだ)……俺はそこで一息入れてから最後にこう締めくくる(そしてその時こそがおそらく私の人生最大のターニングポイントになることだろう)
こうして私たちは新たな旅立ちを迎えることができたのです……」
(完)
「なあ恵那……俺思うんだ。……お前もやっぱりあの時……」
「うん。先生の話を聞いた時には、私もすぐに気づいたけどね」
(えっ?気づいてたんならどうして?)驚いて聞く俺に彼女が言う「それは簡単だよ……。もし私たちの予想が正しいとするならば、私たちがここで一緒に生活してきた日々は決して無意味なものじゃなかったんだよ?少なくとも意味のない時間を過ごすためにこんな生活を続けてきたわけじゃないもん」
彼女は少し悲しそうな顔をしながら続けた。
(ねえ?遠野君はさ……私たちの出会いを運命だと思う?)
「……」無言になる彼に向かって私は言った(私にはさ……遠野君が転校してくる前から、実は分かってたことがあったの。それが何か分かる?)……沈黙のまま首を振る遠野に続けて私は聞いた(私もね、本当は遠野君のことは以前から知っていたよ。同じ小学校の出身だからね)「え?」
驚く彼を尻目に私は話し続ける(遠野君とは同じ学校だったことあるからさ、知ってるんだよ。私のことをいつも見ている遠野君のこと……でもさ、私はずっと知らんぷりをしていた……だって怖かったから……彼の視線を感じるたびに胸がざわついて仕方がなかった……でもそれは当然だよね? 彼は昔からずっと私のことを見ていた……つまりは好きだったのだから。そんな彼と再会すれば、どんなふうに接するべきなのか私自身も分からなくなってしまう。でも、そんなことよりももっと大事なことが他にあった。私には遠野君が抱えているであろう悩みがはっきりと見えてしまっていたから、彼には幸せになってほしいと強く願った……。だから彼が転校してきた時にはすぐに話しかけたの。……そして私と同じように悩んでいることを察して、少しでもその気持ちを癒してあげたいと努力を積み重ねてきたつもりだった。でも、そんなことでは彼の心の中に存在する闇を取り去ることはできなかった)
俺は彼女の言葉に静かに耳を傾ける(だからね……今となっては私にも分からないことがある。一体なぜ私がこれほどまでに彼を救いたいと思ったのか……。その想いは日に日に強くなっていって、ついに卒業検定という最終試験を前に、自分の考えていることが何ひとつ理解できなくなってしまった)……彼女は続けて語った(だから私は先生に最後の望みを託すことにした。たとえそれで先生を裏切ることになったとしても、もう迷うことはなかった……。そう思ってたんだけど……違ったんだな……私は間違っていた……結局最後まで先生の思い描く未来図が見えないまま終わっちゃったもの……私は……いったいなんのためにここまでやってきたんだろうか……本当に……これでよかったんでしょうか……)
そしてその問いかけを最後に彼女は口を閉ざしてしまった。俺は彼女の問いに対しての答えは持ち合わせていなかった……。ただひたすら黙っていた。
(……ごめんなさい。余計なこと聞いちゃいましたね)と言って微笑む彼女を見て俺は言った(いいんだ……俺も同じなんだから……俺たちは似た者同士ってことだな……それにしてもお前はよく頑張ってくれたよ……お前のおかげで今、ここにいる全員が無事に卒業式を迎えられる……お前には感謝しかしていない……)すると彼女は涙声で「うん……ありがとう……」と言った……そして続けて俺が言う「恵那……」
「なに……遠野君」
(これから先も俺たちの関係は続く……俺たちの運命はまだ始まったばかりだろ?まだ何も終わってない……だから今はこの先に訪れるはずの未来に希望を託しながら一緒に歩んでいこうぜ)
「うん!分かった……そうする」そして彼女は最後に笑顔で言った。
こうして俺は、再び大切な人と一緒に過ごす日常へと戻ってきた。しかしそこにはあの日と変わらない景色があり、俺はそのことを心から喜んだ。
それからしばらく時間が経ち……季節も冬へと移ろうとしている頃……俺は再び彼女と会う機会を得ることになった。
(遠野さん、突然お呼び立てしてしまいすみません。あなたとどうしても話がしたくて電話しました)担任教師である神林の声だった。
俺と彼女にどのような関わりがあるのか、詳しい事情を知る者は誰もいないため、他の教員たちの前で話をするような内容ではないと判断しての呼び出しであったようだ。そこで、指定された場所へ向かうために俺は車を走らせた。場所は郊外にある高級住宅街の一角にある一軒家だった。車を停めてドアの前に立ちチャイムを押したが返事はない。
(どうやら留守らしい。仕方がない、帰りを待つか……)
そして10分ほど経ってようやく鍵が開けられ中へ通される(先生はどこだ?ここよ)声の方を見やるとその光景を視界に入れた瞬間に俺は驚き、言葉を無くした。そこに居たのは車椅子に座った彼女だったのだ。(驚いたでしょう?実は私もです。今日初めて本人の意思によって車椅子に乗る姿を目にしています)(なぜそんなことに?どうしてですか?)俺が尋ねると先生は困り果てたような表情を浮かべて「それはですね、実は私が……」言いかけた時に玄関先の方から大きな音を立てて誰かが入ってきた(あれ?あんた何やってるんだい!?)そう叫んだ女性の顔に見覚えがあった(あ……君は……)思わず口にする俺に向かって、女性もまた同じ台詞を繰り返した(あなた!いったいここで何をしてるの?)そう言って近づいてくる女性は紛れもなくかつて共に暮らしを共にしていた彼女の母親の姿そのものであって間違いなかった。俺はそのことを確認し安堵したがすぐに疑問が生まれた。そのことについて尋ねたところ母親は複雑な顔をしたままこう話してくれた。
(私は娘が退院した後にね、一度だけ病院を訪れたの。そうしたらその時たまたま娘の容態が思わしくないということでそのまますぐに手術室に連れていかなければならなかった……。そしてその
数時間後に、彼女の姿は忽然と消えてしまったのよ。もちろん、あの子が一人でどこかに出かけるなんてことはあり得ないから、事件に巻き込まれたんだと思う警察には?ええ、もちろん届け出たわ。だけど……結局、犯人はおろか手がかりすら掴めず迷宮入りとなってしまったの)
(……まさか。そんなはずは……)俺は動揺を隠せなかった。そして続けて(それじゃあ、あいつは今どこに居るんですか?先生は何か知ってるんじゃないですか?教えてください)と聞いた(それは……)と言いかけて彼女は口篭ってしまった。その様子を目の当たりにした俺は(……先生、やっぱりそうなんだな)と思い、(大丈夫ですよ。俺は先生を責めたりはしませんから)そう言って先生を落ち着かせた後で(分かりました。じゃあ今度は俺の話を聞いてくれますか?……実は俺、今でも恵那のことが好きみたいなんですよね。だから、もし可能ならもう一度会いたいと思ってます。だから、どうか彼女の居場所を教えてくれませんか?)
(遠野君……あなた……ああ、別に無理にとは言わないよ。ただ、私があなたにお願いしたいのは、一つだけよ。彼女を救ってほしいの。あなたにしかできないことだから……よろしく頼むわね)
そして翌日、恵那の母親から連絡を受けた俺が再び彼女のもとを訪れることになるのだが、このお話はまた別の機会に語ろうと思う。そして、恵那との再会を果たした俺は改めて恵那の両親に挨拶をし、この日から正式に同棲生活を始めることとなった。
その後、俺たちの生活環境は大きく変わった。まず、彼女が学校を辞めることとなった。そして、俺は仕事をやめることにした。理由は簡単だ。彼女の世話をするためだ。恵那はこれまで一度も学校に通うことができなかった。そんな彼女に対して、俺は学校生活の楽しさを知ってもらうために一緒に勉強することにした。こうして、俺は毎日のように彼女に勉強を教えることになった。最初は戸惑っていた恵那だったが、次第に興味が湧いてきたようで、今では率先して勉学に励むようになった。そして俺たちは一緒に生活するようになったが、俺の身体が弱く、思うように動けなかったため、ほとんど家で生活を共にすることになった。そんな生活の中で、俺たちはたくさんの思い出を作った。そして俺は、彼女の笑顔を見るたびに幸せを感じていた。
だが、俺はそんな生活に満足はしていなかった。もっと二人だけの時間を過ごしたかった。だから、俺たちは二人で旅に出ることにした。それは俺が提案し、彼女も同意したことだった。そして俺たちの旅はこうして始まったのだった。
出発当日、彼女は小さなキャリーバッグを手に持って現れた。(ねえ遠野君。私たちさ、いつか一緒に世界旅行しようね)俺はその言葉を思い出していた。(なぁ、俺たちの行く道には何が待ち受けているのか分からないけどさ……どんな障害だって乗り越えていける気がするんだ)
(うん。そうだね)
そして、俺と彼女は手を取り合って旅立った。
目的地はもちろん決めていない。ただ、行ける所まで行ってみようと思っている。
さて、これからどんな冒険が始まるのだろうか。
俺たちの未来は無限大だ。
終わり 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 
挿絵

しおり