バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

プロローグ 規格外世界とのファーストコンタクト

航空機の離陸する静かな音を背に、私は決意を込めて大きく息をはいた。
天気は快晴。絶好の移住日和だと言えるだろう。
眼前にそびえ立つ仰々しい建物が、私が新しく生活することになる都市の入り口だ。
大西洋沖からうんたらメートルにある人工の島。
2220年に設立された世界統合委員会によって誕生した実験都市。
世界中の人々が文化も人種も関係なしに手を取り合って生きていく社会を形成するためのモデルケースとして生み出されたこの都市は、世界中からランダムに選ばれた人々が毎年任意の元で移住し、全く新しい個人として生活する。
 建物の中は外観に反して爽やかな雰囲気を纏っており、新築のように真っ白な壁と良く育った観葉植物が心を癒やしてくれる。
 受付らしきカウンターではキツネ目の青年が柔らかい笑顔で迎えてくれる。
「ようこそおいでくださいました。今年の移住者の方ですね」
 青年は慣れた手つきで電子パネルを操作して照合した私の戸籍と個人データを確認する。
「確認が取れました。これよりアバターの作成を行います。少しお時間がかかりますがご了承ください」
 青白い光が私の全身を包む。
 「少し」といっても本当に一瞬だ。
 全身を私によく似た別人のテクスチャが覆い、鏡にもう一人の私として映し出される。
 おお、けっこう可愛い。さすが私。
「こちらを」
 続いて見せられたのは『Rogue』の文字列。
 これから私が実験都市で名乗ることになるアバターネームである。
 数も含めてそれっぽい形にランダムで選ばれるアルファベットの集まりでしかないはずなのだが、『Rogue』とは全く皮肉なことだと思う。
「手続きは以上になります。これで平和実験都市の住人として登録されました。充実した生活新生活をお楽しみください」
 青年の案内のもとゲートをくぐり抜け、実験都市の第一歩を踏みしめる。
 ずっと恐れていた過去と決別し、新たな人生を送るための第一歩。
 私はここから始まるんだ。

 まず目に飛び込んできたのは、真っ赤な空。まるで太陽がすぐ近くまで迫っているかのようだ。
 しかし不思議と暑さは感じない。
 その空はただ轟々と音を立て、今尚広がり続けている。
 私の常識を一撃で破壊して見せた灼熱の翼。
 私は呆然とそれを見つめていることしかできなかった。
 すでに私の視界のほとんどを覆い尽くした”朱”は、今にも私を飲み込もうとしているかのように_______
 ん?飲み込もうと………している……かの、ように______
 目を凝らすと赤い空の中心に人がいた。どうやらその人物が空中で構えている砲台のような物から空を覆う朱は広がっているようだ。
 筒にそれらの全てが収束される。
 ここから先はサルでも読める展開だ。
「ちょっ、ちょっとまって___」
 助けを求める意味で私は振り向いた。
 つい数秒前まで私を見送っていたキツネ目の青年はなんのためらいもなく扉を閉じた。
「ふぁ―――――――ッッ!?!?!?!?!?」
 思わず青年のいる建物の方に駆け出していた。しかし、
「ふぇぶっ!?」
 突如現れた光の壁に阻まれる。鼻ぶった。超痛い……
 背に轟々という音を再び感じ、恐る恐る空の方に向き直る。
 完全に一点に集まったエネルギーは今にもはち切れんばかりの様相を呈していて、私の後ろの建物を真っ直ぐに捉えていた。
 不思議なほどな一瞬の静寂。
 そして___

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 平和で普通の生活を送っていた自分では言い表すことができないほどの破壊音。
 それは空を裂き、地を割り、通る全てを無に帰しながら無情にも突き進む。
 私は今日、人の命など失われるときは本当にあっさりしたものであることを知った。
 あぁ……お父さん、お義母さん………あななたちの娘はもうすぐ死にます。先立つ不孝をお許しください。
 そう言って辞世の句でも詠もうかとしたその時、閉じる寸前の視界に一つの影が入り込んだ。
 ………女性?
 その人物が腰の刀を抜くと、青いオーラを纏ったそれで一閃した。
「はあああああああ!!!」
 その凜としら声は轟音の中にあっても良く聞こえた。
 閃光は莫大なエネルギーを切り裂いて世界を広げる。
 激しく吹き荒れる風を一身に浴び、私はゆっくりと目を開ける。
 実験都市から見る空は意外なほどに綺麗だった。
「大丈夫だった?」
 私の方に駆け寄ってきた女性はポニーテールを左右に揺らし、刀の柄には青いウサギのストラップを下げている。
「わたしはミストレート。『peaceful ent』に所属する…まあ、この都市における警察みたいなものね。立てるかしら?」
 ミストレートさんに手を引かれて起き上がる。
 先程の武人然とした雰囲気はなりを潜め、なんというか、ホワホワしていた。
「あなた、今日ここに来たばかりの人でしょ?驚かせてしまってごめんさないね。チンピラを取り逃がしてしまって」
 あれでチンピラですか。そうですか。どう考えても外の新型兵器より威力が高そうなんですけれども。
 いや、今はそんなことよりもだ。
「あの…助けていただいてありがとうございました。今日ここに来たばかりで…あっ、アバターネームはローグです」
「ローグ……ね………」
 そんな哀れむような顔で見ないでいただきたい。
 私だって女の子なのにならず者だの荒くれ者だのと呼ばれるのは嫌だ。
「あら、ごめんなさい」
「別に。気にしてませんから」
 決まってしまったことは仕方がない。だとしてもここは運の悪さを大声で嘆きたいところだが自重する。
「そんなことより、あなたの仮住まいと仕事場に案内しなくちゃいけないわね」
「そんな。助けていただいた人にそこまで面倒を見ていただくのは」
「いいのよ。そういうのも含めてわたしたちの仕事だから」
「それなら………お言葉に甘えさせていただきます」
「うん。それじゃあ個人情報を確認したいから、個人コードを見せてもらえる?」
「分かりました」
 そう言って私は腕時計から展開した電子パネルを空中に映し出し、ミストレートさんに見せた。
「ありがとう。それじゃあ行きましょうか」
「はい」 
 こうして私の世界統制委員会設立平和実験都市での生活が始まった。

しおり