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 気落ちしたようなラトムにマレイは声を掛ける。

「預かり知らぬところで一人歩きしてゆく噂。ユウトはそんな自身で制御できない偶像の中心にいることに気づいたんだろ。だがそれはユウトが決意して行動を起こした結果だ。受け入れるしかないし、もがきながら落としどころを見つけるしかない。でないと面倒なことになるが・・・」
「オイラにはよくわかんないっス・・・ユウトさんには自由に生きてほしいっス」

 しぼむようにラトムは語った。

「そうか。そう願うなら、せめて近くにいる者だけでも本当のユウトの姿を見て、支えてやることだな」

 ラトムはマレイの言葉にはっとするように顔を上げる。

「その通りっス!他がなんてユウトさんのことを言ってたって関係ないっス。オイラ、ユウトさんだったらだどこまでだって支えるっス!セブルやヴァルもきっとそうっス。手伝うっスー!」

 そう歌うように語り、気持ちを高ぶらせるようにラトムはその場でぴょんぴょんと元気よく跳ねた。

 その様子にマレイはため息交じりににやりと笑って声を掛ける。

「ああ、それと。ユウト達に伝えておけ。噂が届いた者の中にはユウトを快く思わない者もいる。気を付けるように、とな」
「伝えるっス!それじゃあ帰るっス!」

 ラトムは元気よく返事を返すと入ってきた前方の戸まで飛び、くちばしで戸を叩いて御者に開けてもらうと、いちもくさんに勢いよく飛び出して行った。

 ラトムから噴射された風がお構いなしに荷台の中に流れ込み、置かれたいた紙が一斉に舞い上がる。

「不死鳥に懐かれた者に平穏がはたして訪れるのか・・・だな」

 散らばり落ちていく紙と慌てる二人の助手にかまうことなく、マレイは落ちついた様子でぽつりとつぶやいた。



ユウト達一行は日の出と共に砦を出発し、鉄の牛と荷車は街道を中央に向け滑るように進んでいる。まだ冷えた朝の空気に当てられながら鉄の牛の背中でユウトはひと段落していた。

 砦を出る際には遠巻きに見送る人々にユウトは手を振ってにこやかな笑顔で答えている。行き場のないうしろめたさを抱えながらもユウトはその役割を果たそうと努めた。

 そんな居心地の悪さも一度街道に出てしまえば周りの景色が流れてゆくばかりでユウトへ好奇の目を向ける者はなく、存分に気を休めることができる。そうして一息ついていたユウトに荷台の中から声が掛けられた。

「ユウトさん。話があるのだけど、いいかしら?」

 その声はリナのもので緊張や深刻さといったものは感じられない。ユウトは気軽に「わかった」と返事をして立ち上がり身軽に跳んで荷車の扉を開いて中へと入った。

 入ってすぐの荷台の前方には荷物が積まれ、その間を身体を横にしながら抜けて後方に出る。そこはある程度の広さが確保されており、ヨーレン、リナ、レナ。四姉妹が円を囲むように座っていた。

 荷物の間から抜け出たユウトに全員の視線が集まる。ユウトは少なからず緊張を感じ取りながら黙ってヨーレンの隣に腰をおろした。

 ユウトが落ち着くのを待ってリナが口を開く。

「ユウトさん」
「は、はいっ」

 リナは改まってユウトを正面にとらえながら声を掛けた。

 ユウトはこの場で何を言われるのか見当が付かず、気持ちが落ち着かない。

「えっと、これなんだけど」

 そう言ってリナは一枚の紙をユウトへ差し出した。

 それは砦の食堂で多くの人が持っていたものに似ているとユウトは感じる。それを受け取ったユウトはまじまじと紙を見た。

「ユウトさんはそこに何が書かれている内容がわかる?」
「え・・・っと」

 ユウトはリナの問いに答えられず口ごもる。手に持った紙には確かに記号と認識できる何かが印刷されていた。

 ユウトはそこでようやく気づく。

「読めない・・・」

 絞りだすように声を出した。

 ユウトの脳内は混乱している。これまでの生活で確かに目にしていた記号の並びを初めて読めない文字であると認識した。それでいてなぜ会話は不自由なくできているのかという疑問を認識する。決戦前、ヴァルが何気なく言った単語の違和感と疑問が蘇っていた。

 ユウトはどう言葉にして現していいのかわからない。紙を持つ指に力が籠り、目が泳ぐばかりだった。

 そんなユウトの異変に気づいたセブルが声を掛ける。

「ユウトさん?大丈夫ですか?気分がわるいですか?」

 普段は気にならないネコテンの鳴き声とセブルの声をユウトは神経質に聞き分けていた。

「おおげさね、ユウト。文字が読めないこと、そんなに気にしてたの?」

 混乱して動揺するユウトに対してレナがあっけらかんとした表情と声で話しかける。

「ユウトがここよりはるか遠方の出身と言ってたのを覚えてるよ。だから読めないからといって気にやむことはない」

 レナに続いてヨーレンもやさしくユウトに語りかけた。

 二人の言葉でユウトは狭まった視野が広がり、現実に引き戻されたような気分になる。

「あっ・・・ああ。そうか。確かにそうだった・・・」

 ユウトはほっとしたように答えた。

「それでね、ユウトさん。これから読み書きが必要な場面は必ずあると思うの。
 この子達にもそろそろ教えてあげる時期だと考えていたから一緒・・・でよければ中央に到着するまで学んでみない?どうかしら?」

 リナの提案にユウトは少し考える。視界にはわくわくした瞳の四姉妹がユウトを見ていた。

「うん、わかった。せっかくの機会だし、今オレにできることはやっておこう。オレも一緒に文字の使い方を教えてくれ」

 ユウトの言葉にリナは緊張していた表情を緩める。

「みんなもよろしくな」

 ユウトは笑顔で言葉を続け、四姉妹が元気よく頷いた。

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