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第13話 勝利の代償

『シャギャアアアアアアアアアアアアアアァァ———!!』
 
 苦痛を孕んだ雄叫びが、迷路(ダンジョン)内を激しく震わせた。
 俺が断ち落としたスネークドラゴンの尾は、まるで意志が存在する別の生き物のように、体液をぶちまけながらのたくっている。
 ひとしきり絶叫を上げた頭部はエリシュから向き直ると、その瞳孔に俺を映し標的を変えた。

「さあ! かかってきやがれっ!」

 俺の頭ほどある眼球。それを負けじと睨み返し、剣を構える。
 まずは怒りで我を忘れたスネークドラゴンの、先制攻撃。
 その勢いは凄まじく、切断された傷口を庇うこともせず、伸縮する体を最大限に活用しての尾と頭部による波状攻撃だ。
 尾が荒々しく振りかざされ、頭部が矛と化し床に穴を穿(うが)つ。
 その息もつかせぬ猛攻を、俺は最小限のステップで避けて、屈み、すべてを躱していく。

(……さっきと違う! スピードも遅いし動きが丸見えだ!)

 先刻まで動体視力を酷使して目で追うのがやっとだったスネークドラゴンの動きが、面白いほど明瞭に分かる。
 今の動きは水中でもがいているのでは、と思えるくらいの緩急差。
 俺の目にはスネークドラゴンの攻撃が、まるで止まって見えていた。
 恐怖という(リミッター)が外されたからなのか。または与えたダメージによる外魔獣(モンスター)の戦力ダウンによるものなのか。
 凄絶と迫りくる殺意を嘲笑うかのように対処できてしまってる今、俺の体に一体何が起こったのか理解不能だ。
 だけど、体の芯から力が溢れ出している。その事実だけで十分だ。
 攻撃を躱しながら次第に憶測が確信へと変貌を遂げる。

 今なら、『勝てる』と。

 スネークドラゴンの攻撃は、(とど)まるところを知らない。
 俺はその場に立ち止まり、回避という二文字を頭の中から捨て去った。

 尾が、眼前にゆっくりと迫る。緑色に血塗られた尾が体液を振り払い、筋繊維と根幹となる骨を剥き出しにしながら、最短距離で俺の顔へと接近する。

「どりゃあああああ!」

 気合とともに振り下ろした俺の斬撃は、スネークドラゴンの尾と真っ向から衝突する。
 辺りの空気が振動し、切先から火花が散る。
 足元の床が、その衝撃でべこりと陥没した。
 
「おっしゃあぁぁぁぁ!」

 もう一つ気合を吐いて、力を込める。押し戻す。
 ついに、剣を振り抜くことに成功。
 打ち弾かれた尾は右に左に揺れながら、宙を舞っていた。

(な、なんだこのパワーは!? 力が溢れて止まらねぇ……!)

「ヤマト! 前を見て!」
 
 尾の強襲を退けた後、呆然と自分の体を眺める俺に、エリシュが警告の声を上げる。
 見上げると、頭部が牙を剥き出して俺に迫っていた。
 ゆっくりと。

 俺は一度膝を折り、飛び上がる。
 自分の跳躍力に驚きつつ、スネークドラゴンの頭部へと急襲する。

『シャァ!?』
 
 喫驚の一鳴きが結局は、スネークドラゴンの最期の言葉となった。
 俺は大きく開かれた口に剣を水平に構えると、そのまま上下を分断するようにスネークドラゴンを切り(さば)いた。

 頭部が上下二つに枝分かれた外魔獣(モンスター)は、一度大きくのけぞると、尾と共に床に崩れ落ちる。ズズン、と迷路(ダンジョン)内が鳴動しこの戦いの終止符を告げた。

 遅れること数秒。俺も着地を決め、生気を失った肉塊へと振り返る。

「本当に俺がやったんだよな……それにしても、この力は一体……?」
「あ、あなた……ヤマトで間違いないわよね?」

 駆け寄ってきたエリシュが、驚きを隠せない様子で俺を見ている。

「あぁ? 何言ってるんだよエリシュ。魔法の使いすぎで頭がボケたのか?」
「ヤマト……自分の姿をよく見てご覧なさい」

 そんな事言われても、ここには姿見鏡などある筈もない。
 俺は緑に染まった剣を一振りすると、鈍色に輝く刃の腹に、映し出された自分の顔を覗き見た。

「……な、なんだこりゃぁぁ!?」

 そこに見えたのは、金髪の俺。生前俺の自慢だった金髪が綺麗に生えそろい、そして揺らめいている。
 程なくして金髪が毛先から紺色へと戻っていく。そして同時に襲ってくる強烈な疲労感。

 もしかして……。

 俺は、片膝を地に付けながら、胸騒ぎそのままに能力板(ステータスボード)を開いてみた。
 やっぱり、嫌な予感は見事に的中。
 
「……どうしたのヤマト」
「おうエリシュ。ちょっとこのスキル欄、見てくれよ」

 言われるがまま身を乗り出して能力板(ステータスボード)を見たエリシュも、おもわず息を呑む。

「……あの性悪女神め……やってくれやがったなぁ……!」

 モザイクがかかり、見えなかったスキル欄。
 今ではモザイクは綺麗になくなっており、克明に文字が刻まれていた。
 そして、その文字とは。



 SKILL:終焉なき恋慕(ラブスレイヴ)
【想い人に対する恋心を着火させ力を増幅。尚、その燃料は自身の命】
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