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102 もはや奇襲に非ず

 午後は、デューイやロータスも加わって、レアール家の護衛達と、邸宅の見取り図の再確認を行なって、終わった。

 ロータスには母と弟、父にはエイダル公爵の、安全な場所への誘導を――とキャロルが言えば、デューイにものすごく嫌そうな表情(かお)をされた。

「お父様。今日初対面の私じゃ、うっかり公爵が捕まらないよう、誘導するのは無理です」

「この邸宅にだって、お抱え護衛はいるぞ」

「割と(ゆる)いんですよね…危機感が薄いって言うか。あと身分の問題で、侯爵家が努力した(てい)を見せておかないと、後々(あとあと)周りが(うるさ)いと思います」

「……チッ」

 そこは、デューイもその通りだと思ったのだろう。最終的には、渋々と言った風に同意した。

「ランセットは、何人か連れて、戦えない使用人達の誘導をお願い。ヘクターは、怪我人同士、私と二個一(ニコイチ)で動きましょ」

「キャロル様、ニコイチ…とは?」

「あ、ごめん。二人で一人前として戦力はカウント…的な?なるべく近くにいてくれると、助かる」
「なるほど、承知しました」
「二人とも、()ねない。私だって、全力出したら肩に響くこの状況、結構不本意なんだから」

 この世界、医療としては、皇族あるいはギリギリ上位貴族が、血管の結索と言う治療方法が受けられるようになってきたところで、下位貴族あるいは一般庶民ならば、重傷の場合は焼いて傷口を塞ぐか、当該個所を切り落とすかの、ほぼ二択に近い。

 言わばレアール家にいたがために、キャロル達の命は繋がったと言っても良かったのだ。

 もっとも、貴族の令嬢が負う怪我としては有り得ないと、医師は随分と憤慨していたそうなので、その状況を生んだ第二皇子派への憤りは、あっと言う間に国内のお抱え医師達の間で広まったらしかった。

 思わぬ方向からも、第二皇子派の評判は落ちていたのだ。

「それで、今夜来るんだな、キャロル?」

 最後、確認するデューイに、キャロルは頷いた。

「食材にしろ、執務室用の資料にしろ、緊急性のない買い物に出た使用人が、何人かいます。その中の誰かが、確実に公爵の帰宅を知らせていますね。そうしたら、今夜、来ますよ。明日の夜も公爵が邸宅にいる保証はありませんから」

「分かった。……難しいかも知れんが、カレルが激怒しない程度に、ほどほどにな」

「……努力します……」

 そっちの方が難題かも知れない、とキャロルやデューイ以外の護衛達も、心の声は一致していた。

 夜。
 雪がチラつき始めた中で、まさかの正面突破で玄関を蹴破られたのは、想定外だった。

「うそ、()()()なし⁉︎思ったより、単細胞しかいなかった!」

 イルハルト基準で二階を警戒していたキャロルとしては、肩透かしも良いところだ。

「って言うか、内通者の一人は門番って事は分かったけどね!お父様、ロータス、ランセット、後はお願い!他は――ついて来てっ!」

 それぞれの返事は、待たない。隊の中で自分が先陣を切るのは、近衛隊長として、身体に染みついた習慣だ。

 時と場合によるにしても、肝心な時に動かない隊長(うえ)に、隊員(した)は付いてこない。

 キャロルは階段の手すりに腰を下ろすと、子供のお遊び宜しく、階下まで一気に滑り降りた。

 ただし途中で剣を振るって、階段を上りかけていた侵入者の一人の膝下を斬りつけ、何人かを巻き込ませて下まで落としているのは、力が足りない今、出来る効率的な戦力潰しだ。

 左利きであるにせよ、キャロルの右手はまだ、当人が思うより反応が鈍いのだ。

 そのため戦闘能力を低下させた侵入者を、捕えるか殺すかに関しても、キャロルは潔くヘクターや他の護衛達に委ねた。

 今の自分の身体では、出来る事が限られる。
 階下に下りてからは、下半身狙いで剣を一閃させつつ、侵入者たちを戦闘不能に陥れていく。

「うん、これならまぁ、やられる事は…っ⁉︎」

 玄関の扉は破壊され、開け放たれた状態だった。

 キャロルはその時、視界の端、門灯の下に一台の馬車が留まっているのを目にしたのだ。

(もしかして雇い主⁉︎)

 ノコノコと何を…と思いかけたが、すぐに、その思惑に気が付いた。

 公爵が亡くなれば、()()()強盗襲撃の()()()として、名乗り出る事が可能になる。
 たまたま通りがかった、を装うつもりか。

「!」

 だが、その馬車が、ふいに動き始めた。

 恐らく、首尾よくいった場合の合図など、決めてあったのかも知れない。
 それがないために、自分達の不利を察したのだろう。場を離れるつもりなのだ。

「ヘクター!」

 玄関近くにいた一人を蹴り飛ばして、キャロルは叫んだ。

「表に『雇い主』がいるっ!先に馬で追いかけて、馬車を止めるから、後で来てっ!雪が降ってるから、(わだち)が消える前にお願いねっ!」

「キャロル様⁉︎」

 玄関から飛び出したキャロルは、馬車が向かう方向だけ頭に入れると、公爵家の馬小屋へと走った。

「ユニちゃん、ごめん!出番‼︎そのまま来てっ!」

 馬具を呑気に装蹄している場合ではない。

 馬小屋に入る前から叫んだキャロルに、愛馬(ユニ)も応えた。

 (いなな)きひとつあげて、馬柵(ませ)を飛び越えると、キャロルの方にそのまま走り込んで来た。
 (たてがみ)を掴んで、ヒラリとキャロルが飛び乗るのを、さも当然の事のように受け止めている。

「え?もちろん痛いってば!でも今は、ここから立ち去った馬車を追わなきゃいけないから、宜しく!足元気を付けてねっ」

 滑って転んで、脚の骨でも折れたら――馬は、そこで最期(おわり)だ。
 キャロルと愛馬(ユニ)であれば、いざとなったら手綱(たづな)なしでも乗りこなす事は出来る。

 そして邸宅から1kmも行かない所で、キャロルは問題の馬車を見つけた。

 時間も時間であり、明らかに民間の幌馬車でもなく――何より、どこかの貴族の紋章は、さっきと同じ。後で(デューイ)公爵(エイダル)にでも聞けば、分かるだろう。

「ユニちゃん、ちょっと今から(たてがみ)に全体重かけるけど、()()我慢して?あと、私が飛び降りたら、いきなり止まらないで、少しずつスピードを落として止まるか、戻って来るか、して?急停止して、ユニちゃんの脚に負担がかかったら大変だから」

 愛馬(ユニ)は、理解したとばかりにブルブルと鼻を鳴らした。

「よろしく」

 ポンポンと背中を叩いたキャロルは、上着の懐から、ルスラン特製暗器を取り出した。

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