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63 第二王子との謁見

「レーラン殿下のご誕生、心よりお慶び申し上げます、アーロン殿下。また、本日はお忙しいところ、お時間を賜りました件につきましても、深謝申し上げたいと存じます」

 ディレクトア王国第二王子アーロン・ゼルト・ディレクトアが、謁見の間に入るなり軽く目を見開いたのは、隣国の皇太子との婚約を、自分の妻に伝えに来た筈の女性が、武官としての略礼服を着用して、目の前に片膝をついていたからである。

「あ、ああ。カーヴィアルからの道中、大義だった。(きさき)からは、帝国のアデリシア皇太子殿下と、近々婚姻の儀を執り行われる事になったと聞いているのだが、相違なかったかな」

 貴女なのか、貴卿なのか貴官なのか――聞き方に困ってしまったアーロンが、無理矢理ぼかした聞き方をした点については、キャロルは礼儀正しく黙殺した。

「貴国の陛下宛の正式文書は、近々帝国典礼省から送られてくるかと存じます。まだ内々に決まったばかりの事なのですが、レティシア様には、レーラン殿下ご誕生のお祝いに参じたタイミングとたまたま重なりましたため、内輪の事として、ご報告申し上げた次第です」

「………」

 ものすごく、裏がありそうだ――と、アーロンは思った。
 主に、自分の背後で動揺を隠しきれていない、ロバート・フォーサイス将軍の、一挙手一投足によって。

 ディレクトア国内での、キャロル・ローレンス帝国近衛隊長に対する評価と言うのは、実はそれほど高くはない。

 帝国皇太子アデリシア・リファール・カーヴィアルが、寵姫を側に置きたいがために、名誉職程度に授けているのだとの見方が、大半を占めているからだ。

 かく言うアーロンとて、当初はその見方を疑いもしていなかった。

 ところが、カーヴィアルの皇女レティシアを正妃として迎えてから以降、レティシアが声を大にして、その噂を否定してきた。

 現在カーヴィアルに常駐しているフォーサイスが、時折休暇で戻って来る際も「あの近衛隊長が本気になったら、自分くらいしか太刀打ち出来ない」と言い、レティシアも「高等教育院、士官学校のそれぞれ特待生で、しかも途中でアデリシアが補佐として引き抜いた程、優秀」だと言う。

 アーロンの中での人物像が、少しずつ揺らぎ始めていたところに――本人からの謁見申請に加えて、添えられていたあの一枚の文書だ。

 あくまで写しだと言うそれは、下手をすれば、国家間を冬の戦争に叩き落としかねない程の破壊力を持っていたのだ。

 彼女が、自身でその危険に気付いて、アーロンに接触を図ってきたのであれば――アデリシアが、彼女を側に置きたがる意味は、180度変わってくる。

「…いったん、フォーサイス将軍共々、かけて貰おうか。ルフトヴェークの動向に関しては、フォーサイス将軍も、カーヴィアルから、気になる情報を持ち帰ってくれている。見せて貰った書類と、別に考えて良い情報ではないように思ったので、将軍には、一緒に来て貰った。必要であれば、通訳も…とは思ったが、どうやらそちらは必要なさそうだ」

「恐れ入ります。もし、失礼にあたる部分がございました際は、平にご容赦下さい」

 アーロンに対しては、そう軽く頭を下げたものの、気になる情報?と、キャロルが表情に出してフォーサイスをチラッと見やれば、気付いたフォーサイスが慌てて片手を振った。

「あ、いや――」
「将軍?」

 アーロンは、立ったまま顔を見合わせている、フォーサイスとキャロルの間に、自分の知らない情報がある事に気付いた。

「将軍、構わない。続けて」

 頷く事で、2人の間での会話の許可を与える。
 フォーサイスは、軽く一礼すると、キャロルの方へと向き直った。

「ローレンス隊長。気になる情報と言うのは、他でもない、例の大使館の件だ。私は、オステルリッツから受けた報告を、昨日、陛下や、第一、第二両王子にご報告申し上げた。やはりこちらでも、ルフトヴェーク内での〝叛逆(クーデター)〟の報が先行していた事もあって、昨日の会議は混乱を極めた。その…先日の話にあった、()()()のような話も、やはり出ていたようで…恥ずべき事だが……」

 オステルリッツは、ルフトヴェークのレアール侯爵と、キャロルとの関係性については、個人の問題だとして、口を(つぐ)むと約束してくれている。

 ディレクトア本国に伝わっているのは、あくまで謁見の間で、第一皇子が斬られて重傷、内部が揺れていると言う事だけである。

「一般論……ああ、私を生贄にとか、彼の国(ルフトヴェーク)の第二皇子をそちらの国に引き入れるとか、言っていたアレですか……」

「ああ…。それに、その…今、ここに来る途中で、アーロン殿下から、アデリシア殿下との婚約についての話も聞いた。まさか、あの時の案が本当に実行されるとは……」

「いえ。あの時点では、本当に『可能性の一つ』だったんですが…いつのまにか、それしか選択肢が残っていなかったと言いましょうか…いずれにせよ、将軍が、お気になさる事ではありません。有難うございます」

「………」

 返す言葉に詰まったフォーサイスを見たアーロンが、僅かに目を見開いた。

 フォーサイスが、会話の主導権をとれていない。むしろ、気圧(けお)されている。これは、自分が話を引き継いだ方が良いと、内心で感じ取った。

「将軍。要は、カーヴィアル帝国内のルフトヴェーク公国大使館職員が殺されて、外交問題の火種になりかけていたと言う件については、こちらの近衛隊長も、把握していると言う事で、合っているだろうか」

「は…はい、殿下。彼女は――むしろ、その大使館で、火種を消火した側。当事者の一人と、聞いています」

「それは…昨日の話には、出なかったな」

「…大変申し上げにくいのですが…昨日の会議参加者ですと、カーヴィアルの近衛隊長への評価は…あくまで、アデリシア殿下に(かば)われる存在でしかないと言いましょうか……」

「言っても無駄、か」

「……申し訳ありません」

「言うようになったな、将軍。カーヴィアルへの駐在は、無駄ではないと言う事か」

 (わず)かに微笑(わら)うアーロンに、フォーサイスは居心地が悪そうに、身動(みじろ)ぎする。

「まあ、今知る事が出来ただけ、良かったとしておこう。こちらからの説明の手間が省けた。ところで今、ルフトヴェークの第二皇子、と言う単語を耳にしたように思ったが」

 アーロンが、フォーサイスとキャロル、両方に視線を投げれば、一瞬の沈黙の後で、フォーサイスの方がキャロル見やった。

「…あくまで雑談として、可能性の話を、将軍とさせて頂いただけですので……」

「構わない。では、言い方を変えようか。今日の夜、陛下主催の晩餐会がある。そこに、ルフトヴェークの第二皇子が出席するそうだ。晩餐会ギリギリの到着にはなるそうだが、私の妃の出産祝いをぜひしたいとの事だと、陛下からは聞いたのだが」

 ここに来るまでに聞いたばかりの話を、アーロンが何気なくキャロルにぶつけてみたところ、一瞬、情報を咀嚼(そしゃく)する表情を見せた後――顔色が、変わった。

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