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19 15年目の初めまして

「な…んっ…コレ……」

「デューイ様が、遠方から来られて、お疲れであろうキャロル様のために、と。ユニは他の者に引かせますので、どうぞキャロル様はこちらにお乗り換え下さい。怪我をされておいでなら、尚更、今日中に侯爵邸の方に入りましょう」

「………」

「キャロル様からのお手紙をご覧になられたデューイ様も、今のキャロル様のような表情(おかお)をなさっておいででしたよ。ちょっとした()()()()は、甘受して差し上げて下さいませ」

 物凄く良い笑顔で言い切った執事長(ロータス)に、キャロルはがっくりと肩を落とし――そして、色々諦めた。

「分かった、分かりました、潔く諦めます!ドレスすら持ってないんで、こんな馬車乗ったら浮きまくりだと思うんですけど!ただその前にロータスさん、少しだけ、時間を貰えますか?ちょっと、ここに来るまでお世話になった人の為に、仕込んでおかなきゃいけない事があるんです」

「仕込み…ですか。宜しければ、お手伝い致しましょうか?大抵の事はお役に立てると思いますし、その方が早く終わりますでしょう?」

 万能執事(ロータス)、恐るべし。

 開き直ったキャロルは、結局ロータスの手を借りて、その「仕込み」を済ませると、深々とため息をついて、侯爵家の馬車に乗り込んだ。


*        *         *


「もう、キャロル!何で事後報告で家を出てるの⁉私もデューイも、ビックリしたんだから!」

 まず、侯爵家の玄関に足を踏み入れた時点で、館の使用人達にどよめかれ、居心地の悪い思いをしたキャロルだったが、応接室に足を踏み入れた時点で、その理由にはすぐに納得した。

 …いきなり抱きついてきた、(カレル)は通常運転として。

 余計な心配は増やしたくないので、腕の痛みは、グッと我慢する。

「カレル。気持ちは分かるけど、程々に」

 高くも低くもない、落ち着いた声が、やんわりと母を(たしな)めている。

「……っ」

 聞くまでもなかった。

 髪が長いか短いかはあれど、柔らかい髪質まで同じ、金髪碧眼の男性が、そこには立っている。

 キャロルは、母を引き剥がすと、片膝をついて腰を下ろし、片方の握り拳を、胸元に引き寄せた。
 カーヴィアル帝国の士官学校生や、軍や近衛の士官が取る、正式礼だ。

「旅の最中(さなか)ですので、このような軽装で申し訳ございません、()()()()()()()()。初めまして、キャロル・ローレンスと申します。この度は、ご招待ありがとうございます。ご子息が誕生されたとの由、心よりお喜び申し上げたいと存じます」

「え、キャロル⁉」

 貴族の慣習に疎い母は驚いているが、(デューイ)執事長(ロータス)の表情には、それがない。

 当たり前だ。
 この世界、身分の低い者から高い者へと、慣れ慣れしく語りかける事は許されない。

 つまりは侯爵(デューイ)の方から「気楽に」と言われない限りは、例えどこからどう見ても父娘(おやこ)であろうと、キャロルとしては、こう言う話し方しか出来ないのである。

「……デューイ様、もう宜しいのでは?」

 無言のデューイに、呆れたようなため息を、執事長(ロータス)が吐き出した。

「キャロル様のご器量を計られるにしても、もう充分でしょう。キャロル様は内面も外見も、疑いようもなく、貴方様のご息女ですよ」

 周りの使用人達も、うんうんと、頷いている。

 …そんなに似ているのかと思うと、キャロルとしては、やや複雑な気がしないでもない。

「デューイ?」

 カレルに怪訝そうな顔をされた所為(せい)なのか、ついにはデューイが、ふいっと顔を逸らした。

「ああ、全くだ!自分の10代を鏡で見ているようだよ。キャロル、いくら1()5()()()()()()()()()と言えど、そのような正式礼はとってくれるな。今回、ようやく会えると楽しみにしていたんだ。いつぞや、カレルを()()()()に送り出してくれた礼もしたかったしな」

「……有難うございます。では」

 そう言ったキャロルは、とりあえず立ち上がると、ロータスに預けておいた剣を、デューイへと渡した。

「いつか、弟の身を守るのに役立てばと、全ての国の粋を集めた、弟の為だけの剣です。しかるべきタイミングで、ぜひお渡し下さい」

「……ほう」

 一点物と言う点で、デューイも感心したように剣を見ていたが、クーディアの警備隊長や商業ギルド長が、骨を折ってくれたと聞いて、むしろカレルの方が感動していた。

 弟の名前は「デュシェル」に決まったらしく、隣の部屋で寝ているところを見に行くと、髪の色などを含め、こちらはカレル似に成長しそうな雰囲気だった。

「え、キャロル、3日しかここに滞在しないの⁉」

 夕食中、この後の予定の話になった時、カレルが食卓で抗議の声をあげた。

「それ以上は、学校に間に合わなくなるから……」

 予想された反発とは言え、キャロルも苦笑してしまう。

「こちらにも、似たような学校はあるが?」

 デューイの方は、明らかにキャロルの答えが分かっている聞き方だ。

「せっかく推薦して貰ったので、少し頑張らせて下さい」

 キャロルがそう言って微笑(わら)うと、デューイも「そうか」とだけ答えた。

「この領内で、行きたいところとか、やりたい事とかはあるか?必要ならロータスに案内させる」
「やりたい事と言うか……」
「うん?」
「1日秘書として、領主としてされている仕事を、見学させて頂けますか?あと1日は、母の気晴らしに付き合います」
「…私の仕事を?」

 カレルと2人で出かける事は想定内だったにせよ、仕事場を見学したい、は流石に予想外だったんだろう。
 デューイは僅かに目を瞠った。

「国立高等教育院で、為政者としての貴族の在り方を、少しは学んだんですけど、やはり机上論でしかないので、実際のところを知りたいんです。士官学校や、その上となると、ほぼ貴族層になるので、知らないでは済まないようにしておきたくて…」

「……ほう」

 キャロルが、2ヵ月の旅行そのものを、遊びではなく、入学前の、大陸情勢を知る「予習」とするつもりだと、デューイも気が付いたらしい。

「やるからには、首席卒業を狙うか?それならば、手伝わせてやらない事もない」
「――分かりました」

 もっと、微笑ましい父娘(おやこ)の会話をしてくれと、カレルなどは思っていたようだが、当事者2人はどうやら、それがほど良い距離感だと、落ち着いたみたいに見えた。

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