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12 残酷な事実

「……君の提案は『預かる』よ、キャロル」
「殿下」
「最終的には、肝心のルフトヴェーク公国大使がどういう出方をするかにもよるからね。頃合を見て、陛下にも話は通すよ」
「…かしこまりました」

 アデリシアが「決断して」しまえば、既にキャロルの側からは何を言える筈もない。
 上半身をアデリシアの方へと向け、キャロルは(こうべ)を垂れて恭順の意を示した。

 鷹揚にそれを受け止めてから、アデリシアは今度はフォーサイスの方を見やる。

「将軍。間もなく、どの国も冬を迎える。わが国としては、いささか消極的かも知れないが、今回の件に関しては、恐らく表向き静観の立場をとる事になると思う。ルフトヴェーク公国と国境を接する貴国にしてみれば、心もとない話ではあると思う。ただ貴国との友好関係は不変である旨、グーデリアン陛下には、お伝え頂きたい」

「……は……」

 有事の際の軍事行動には、やぶさかでないと言外に匂わせているのは、フォーサイスでも理解は出来る。

 同時に、先代ロディアス王からの付き合いがあるクライバー2世が病床にある以上は、恐らくはこのアデリシアの決断が、そのまま国政に反映されると言う事も、である。

 先ほどのキャロルの発言は、フォーサイス自身も納得出来るものであり、ディレクトア王国自身も、兵を動かされたくなければ動くなと――フォーサイスはそのように、ディレクトア首脳部を説く必要があった。

 要は第一皇子を匿い、ルフトヴェークで主権を回復させた暁には恩を売りつけよう…などという、短絡思考に走る人間を、止めねばならいのだ。

 キャロル・ローレンスの存在がある限り、全ての「恩」は、意味を為さない。

 まして第一皇子が主権を回復した際に、第二皇子に同じ支援を持ち掛けて、国を疲弊させようとしている…などと猜疑されては、国は破滅一直線だ。

 存外、自分が難しい立場に立たされている事を自覚したフォーサイスは、僅かに息を吐き出した。

「…殿下、非礼を重ねるようで申し訳ございませんが、明日のルフトヴェーク公国大使との面談、隣室にて控えさせて頂く訳には参りませんでしょうか」

「将軍が、ですか」

「ルフトヴェーク公国大使の動向を見ませんと、今回の件をディレクトア本国へ伝えようにも、報告は画竜点睛を欠いたものとなります。私が、戦場以外の場には、不向きな人間である事は承知しておりますが、一応、カーヴィアル帝国内での王権代理の肩書を戴く以上は、この問題を、他者に委ねる訳にも参りません」

「………」

 フォーサイスの為人(ひととなり)も、その立場も、分析通りの事実である。アデリシアは苦笑しかけて、結局、やめた。

「では近衛隊と共に、隣室においで頂く事にしましょう。それとひとつ、こちらからのお願いとしては、くれぐれも貴国の駐在官邸の方々への箝口令は、こちらからの指示があるまで徹底頂くと言う事で……。我々がルフトヴェーク公国大使館よりも先に『情報』を得てしまった以上は、それを最大限に活かしたいとも思っているので」

 なるほど、と感心したようにフォーサイスは呟いた。

「ならばこちらから、一行を探す人手を割くのも、今は控えた方が良いのでしょうか。マルメラーデは山岳も多く、追手には見つかりにくいでしょうが、怪我人が移動するには不向き。私であれば、いっそ堂々と、ディレクトアの街道を通るでしょうから、恐らくはこのー行も…と思ってはいたのですが」

「可能性は高いでしょうね。あるいは第一皇子を軸とするのではなく、例えば、随行しているであろう、その首席監察官を軸とするなら、まだ目立たず探せる可能性もある。ただそれも含めて、会談後の判断としたい。もしも大使が第二皇子派だった場合は、根本から策を考え直す必要が出てくるので」

「……そうですね。今、出来る事は、ここまでと言う事ですか」

「ええ。危急を知らせて頂いて、心より感謝します、将軍」

 話の切り上げ時とばかりに黙礼したアデリシアを潮時と見て、フォーサイスも立ち上がった。

「誰か、送らせましょう」

「いえ。私は、今夜はここには来なかった――その方が色々都合も良いでしょうから、敢えてこのまま下がらせて頂きます」

「…そうですね。では、そのように」

 明日の再訪を約束して、フォーサイスが部屋を出て行く。

「殿下、改めて東宮までお供致しますので、お休み下さい。もう、あと数時間しかありませんが――」
「キャロル、あと一つ」
「……はい」

 フォーサイスを見送りながら、まだ話があったのかと、不審に思いながら、キャロルが振り返る。

「一応、その『首席監察官』の名を聞いておこうか。ことによると、この後のルフトヴェーク公国大使との話の中で、出てくるかも知れない」

「………」 

「キャロル?」

 アデリシアは、ここで初めて、キャロルの剣がカタカタと微細な音を立てている事に気が付いた。

 第一皇子とその随行者達が、今、どこでどうしているのか全く分かっていない不安を、ずっと押し隠していたのだ、と。

「…今回、随行しているのかどうかを確かめる為にも、教えておいてくれるかな」

 アデリシアも、何気なく尋ねたに過ぎない。
 ――まさかその事が、嵐を呼ぶ事になるとは、思わずに。

「…エーレ・アルバート」
「何?」
「それが、首席監察官の名前です」
「……っ⁉」
「殿下?」

 目を瞠ったアデリシアは、キャロルの方へ大股に歩み寄ると、両腕を掴んで、自らの方を向かせた。

「君は本当に、その名の事を何も……!」

「え?」

「いや…そうか…。キャロル、第一皇子の名前は、その『彼』から聞いているか…?」

「確かルーファス公爵、と。ルフトヴェーク公国の公爵は王族の為だけの名誉爵位。弟はルッセ公爵だ、とも……」

「そうだ。それも間違いじゃない。むしろ他国には、今回のような外遊訪問でもなければ、それ以外正式な名前は伝わらない。首席監察官と言うのも、私の宰相職のような、兼務職なんだろう。恐らく『彼』は意図的に、自分の正式な名前は、名乗らなかった」

「……まさか……」

 ここまで示唆されて、気が付かないキャロルではない。

 聞きたくない――と思ったが、キャロルの顔を覗き込むように近付くアデリシアの口からは、残酷な事実が語られる。

「エーレ・アルバート・ルーファス。いずれはエーレ・アルバート・ルフトヴェークを名乗るだろう、()()()()――それが『彼』の名前だ、キャロル」
 
 血の気が引く、とはこう言う事なのか…と、キャロルは思った。

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