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4、ブリキ男の憂鬱

 302号室にいたのは、金属の鱗に覆われた怪物だった。
 ここまで来るのに鳥男や、熊男を見かけたが、今度は鉄で作られた化物だった。
 これも当たり前の光景なのだろうか?
 アサキはため息をつく。

「ニュートンさん、ニュートンさん。これも普通なんですか?」
 アサキは小声で尋ねた。
「いや、彼はティンマンだから」
(また、ティンマン?)
 アサキは奇妙なキーワードに戸惑う。

 金属男の方はアサキの顔を見て小首を傾げる。
「その娘に会った事はあるんだが、実はあまりよく知らないんだ」
「いつ頃、会ったんですか?」
「十日ほど前かな。その娘に助けてもらったんだよ」
「え? 私が?」
「道で倒れていた俺を助けてここまで連れてきてくれたのさ」
(だから住所が書いてあったのか……)
 アサキは納得した。
「見ての通り、俺は戦争帰りのポンコツでね」
 ニュートンは、花瓶の横に無造作におかれている認識票に目をやった。花瓶の中の花は枯れたままだ。
「俺には戦争の後遺症があってね。発作が起きて倒れちまったんだ。そこにその娘が通りかかったんだ。でも会ったのはその時が初めてだった。見ず知らずなのに、よく声をかけてくれたと思うよ」
 まったく覚えのない自分の行動にアサキは照れ笑いする。
「でもその娘、記憶を無くしたなんて気の毒だな。何か力になれる事はあるかい? 親切にしてもらったし、お返しをしたいんだけどな」
「あなたを助けた時にこの娘は名前を名乗りませんでしたか? 住んでる場所とかでもいい」
 バラックは、うつむきながら少し考えた後、顔を上げた。
「いや、聞いていないね。悪いけど」
「そうですか……」
「すまんね」
「謝る必要はありませんよ」
「恥ずかしい話、あの時、俺は自分の話しかしてなかったと思うんだ。でも、その娘は、俺を話を黙って聞いてくれていたんだよ」
 バラックは噛みしめるように言った。
「そうだ!」
 その時、アサキはある事を思いついて。
「その時の話をもう一度してくれませんか? もしかしたら何か思い出せるかも。でしょ? ニュートンさん」
「うん、何かきっかけになるかもしれないね」
「……それがその娘の為になるなら」
 バラックも同意した。
「そうだな……」
 バラックは天井を見上げた後、語りだした。
「その娘は俺の姿がすごく気になったみたいだった。で。俺は言ったんだ。俺は、見ての通りの“ティンマン”だ。でも昔は違ったんだぞって。どうしてだって聞いてきたよ。“ティンマン”の事を知らなかったんだ。だからこの国の人じゃないなと思ったよ」
 アサキはニュートンの顔をちらりと見た。ニュートンが推理した事と同じだ。
「だから教えてやったんだ。俺は戦争の為にこの姿になったんだよってね。より戦いやすい身体にね。それが“ティンマン”だ。戦友たちは、帰還してから元に戻ったんだが、俺は、どういうわけか元に戻れなかった」
 バラックの声が落ち込んでいる。
「どうやら、昔の自分を忘れちまったみたいでね。たまにいるらしいんだよ。戦いに没頭しすぎて怪物の姿にハマっちまうのが。それが俺さ」
 アサキは、疲れたようにそう言うバラックを気の毒に思った。
「その後は、恋人や友達にも会えずに、元々住んでいた家にも戻っていないんだよ。だってそうだろ? こんな姿の俺が皆に会えると思うかい? 会えなるわけないだろ?」
「それは……」
 答えようとしたアサキをニュートンが遮る。
「ホテルは、楽だぜ。何も干渉されないからな。ここには昔の俺を知ってる奴もいないからな。そんな話をしたんだ……そしたらさ、その娘が言ったんだよ」
「あ、あたしが何を?」
「ここの暮らしが楽だと言うけど、でも、あなたはそれを本当は楽だと思っていない。本当は恋人にも友達にも会いたいんだって」
「あたし、そんなおせっかいな事を……」
 アサキは顔を赤くする。
「ああ、ちょっとおせっかいかもね。だけど思ったんだよ。ああ、この娘の言うとおりだったなって……そしたら気持ちが少し楽になってさ。その後、突然、娘が言ったんだよ。”あなたの姿を元に戻す方法がわかった”って」
 ニュートンとアサキは顔を見合わせた。
「そ、それも私が?」
「そうだよ」
 バラックが頷いた。
「で、十日が経って今日、もう一度、姿を見せたってわけだ。けど、記憶を失っていたとはね。もしかしたら俺のことで何かして?」
「それは分からないことですから、気にしないでください」
 アサキはそう言ってにこりとした。
「……きっと違うと思います」
「俺、本当にうれしかったんだよ。アンタが元に戻る方法があるって言った時は。それが気休めとか、慰めだったとしてもね。俺のためにそう思ってくれた事ってのがありがたかったんだよ」
 ニュートンとアサキは、顔を見合わせた。
「ありがたかったんだ。本当に……」
 バラックはもう一度、同じ言葉を言った。

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