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 散漫な拍手がサシャに贈られた。客たち……サシャの客ではなく、勤めているバーの……は、そんなもの興味がなかったとばかりに、がやがやとおしゃべりに戻ってしまった。
 実際、サシャの歌はこのバー・『ヴァルファー』に彩りを添えているに過ぎない。ふぅっと息をついて、サシャは申し訳程度に作られている壇上から降りた。
「サシャちゃんの歌、今日も良かったよ」
 客の一人が声をかけてくれた。
「ありがとうございます」
 サシャはにこっと笑ってお礼を言っておく。
「今度、俺のためにも歌ってほしいな」
 にやにや笑いを向けてくるのは中年の男性だ。サシャのように若い女の子にそんな台詞、体目当てに決まっている。
 ほんとうに、仕方ない男。
 内心ため息をつきつつも、サシャはもう一度にこっと笑って「おじさまが『シュテルンシュヌッペ』のディナーをご馳走してくれるならいくらでも歌うわ」と言っておく。
「ええー、たっけぇよー」
 男性はぶーぶーと文句を言い、すぐに仲間との雑談に戻ってしまった。当たり前のように本気ではなかったのだろう。少なくとも、サシャにこの街では最高級店のディナーを代償にするなどもったいない、と思うくらいには。
 このような客のいなしかたももう身につけていた。もうここで、雑多なバーで働くことにも慣れたのだ。この程度、かわせるようにならなければ身が持たない。
 小さなバー……ちっとも高級なものではなく平均的な労働者が集まって仕事後の鬱憤を晴らすための、いわゆる『場末のバー』。雑多な飲み屋の集まる場所にあるこの一軒が、サシャの居場所であり職場であった。
 一応、学生という身分もある。十六才のサシャは学校での最高学年。今年で卒業するのであるが。マスターにはこのまま歌姫として勤めてほしいと言われていたし、そうなるものだと思っている。
 歌姫なんていっても、ちっとも華やかなものなんかじゃないけど。
 思うたびに少し悲しくなるのだった。
 綺麗なドレスだって良いのは見た目だけ。素材は粗悪で、脱いでみればぺらぺら。安物の生地やレースで出来ている。
 でもこの程度がお似合いだとサシャは思っていた。
 なにしろ生まれた家が家である。庶民の家なのは当然であるが、その中でもどちらかといえば下層に分類されるもの。
 母親は既に亡く、父親は一応仕事についてはいるものの、じゅうぶんに働くようなひとではない。さっさと仕事を無理やり終わらせて、家や、今サシャの勤めているような安いバーで酒を煽っているようなひとなのだ。
 家だって、サシャのそう多くもない稼ぎが半分近くをまかなっている状態だ。それでも一応ここまで育ててもらってきたので、父親のことを完全に嫌いというわけではないのだが、少なくとも尊敬対象ではなかったし、大好きというわけでももちろんない。
 でも家族だから。サシャは家に居続けるし、バーで得たお金も大半を家にきちんと入れるのだった。
 それに、ドレスの素材はともかくサシャの見た目は悪くなかった。
 艶やかな金髪はくるくるとしていてボリュームがある。肩より長いその髪。瞳は金に良く映える深い青。たれ目がちではあるが、不細工でもない。
 なのでお飾りでも華やかなドレスはよく映える。安いバーにはじゅうぶんなくらいの華になれる外見だったといえる。

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