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2.新年

 砂漠の町カーラから戻り、1週間が過ぎた。
 早いもので12月もだが、今年もあと1週間ほどで終わりになる。
 
 サクルの店から戻る途中、馬車から外を見ると、町は新しい年へ向かう高揚感と浮足立つ雰囲気が感じられ、市民はみな新しい年を迎えられる喜びが顔に出ている。

「マレ、今年も間もなく終わるわね」
 馬車の中、ゆりかごに揺られているマレに声を掛ける。
「そうだな。今年は特に時の流れが早く感じる」
 しみじみと言うマレにこの1か月のことを思い出す。
 11月に王城を出て、王城の追手から逃れようと緊張の中、がむしゃらに国境を目指し、密入国したザラール国では親切な人に助けられ、貴族の専属占い師となった。
「忙しない1か月だったわ」
 アリーナはふぅ、と一息吐いた。

 環境の変化はカーラから戻ってきたあとにもあった。

 あの旅行のあと、夕飯は1階にある食堂にゆりかごのマレを連れて行き、アシュラフの侍従どちらかとルゥルアとテーブルを囲んで食べるようになった。
 
 今まで1人と1匹で部屋の中で食事をしていたので、みんなと明日の天気や、好きな食べ物のことなど、たわいもない話しをしながら食べるという時間はとても楽しい。

 ただ、アシュラフとはカーラから戻ってきてからも会っていないし、占いを頼まれることもなかった。
 契約を交わしているのだから、いつ占えばいいのかルゥルアに確認しないと、と思いつつ、楽しい時間を過ごしていると忘れてしまう。

 なかなか会えないアシュラフに会えたのは、12月も終わる日の夜だった。

 仕事終わりに1年最後の日なので、と顔を出した。
 ルゥルアに呼ばれ、1階の玄関へと向かう途中でサーディクとディヤーと立ち話をしているところが見えた。
 静かに階段を下りたつもりだったが、アシュラフに気づかれ、こちらを向いた。
「アリーナ、おひさしぶりですね」
 アリーナは階段を下りたところで、膝を少し曲げ、スカートを軽くつまみ、頭を下げて、
「おひさしぶりです、アシュラフさま」
 と挨拶を返した。
 その姿に一瞬アシュラフは目を細めたが、もとの表情に戻ると、
「堅苦しい挨拶は抜きにして大丈夫です」
 と伝えた。
 その言葉に頭を上げ、アシュラフを見る。
「あの、あまり日数が経っていないのですが、たくさんお世話になりました」
 とアリーナが頭を下げると、アシュラフは軽く微笑み、
「気になさらずに。今日は遅くなってしまいましたが、明日は新年初めの日なのでまたみなで食事をしましょう」
「はい、宜しくお願い致します」
「それではいったん失礼します」
 アリーナはアシュラフとディヤーが一緒に出ていくのを玄関で見送った。

 新年になり最初の夜。
 ルゥルアにアシュラフがそろそろ到着すると聞いて、玄関へと急ぐ。
 階段を下り玄関に到着するのと、玄関のドアが開くのが同じタイミングだった。
 アシュラフは砂漠に行くときに身に着けていた、白のシャツに白のズボンの上から白いワンピースを着て現れた。
「アリーナ、こんばんは」
 アリーナは膝を曲げ、挨拶しようとしたが、アシュラフに止められた。
「アシュラフさま、こんばんは」
 アシュラフが左手を差し出してきたので、アリーナは右手をアシュラフの左手にのせた。
 そのまま一緒に歩き、食堂に入った。
 食堂にはマレが座っているゆりかごを左手で持っているルゥルアがいた。

 アシュラフはアリーナを食堂の奥にある席に座らせると、自分はその隣に座った。
 その様子を見てルゥルアは近くの椅子にゆりかごを置き食堂を出た。
 しばらくすると、サーディクとディヤーを連れてルゥルアが戻ってきた。
 サーディクとディヤーは手に料理を持っていたのでテーブルに置く。
 アリーナはテーブルに出された料理を見ている。
 大皿に盛られているのは、肉の煮込み料理とお米の上にお肉が乗っている料理、深めの皿には黄色の豆がたくさん入っているスープが盛られていた。
 並べ終えると、ルゥルアはゆりかごのマレをアリーナの隣の椅子に置くと、侍従達も席に座った。
 アシュラフが食事の開始を告げ、新年最初の夜ご飯が始まった。
 ルゥルアとディヤーが手際よく、それぞれの料理を皿に分けて、アシュラフとアリーナの前に置いた。
「アリーナ、この国で祝いごとがあると食べる料理があります」
 とお米の上にお肉が乗っている料理を手前にして説明する。
「これは、炊き上げた米の上にヨーグルトという牛乳を発酵させた食べ物に漬けて焼いた肉をのせています。今日は新年を祝う日なので、用意させました」
 アリーナは頷きながら、説明を聞いている。
「どうぞ食べてください」
 と言われたが、皿の上に大きな肉がのっていたので、小さめに切り、黄金に色づいているお米と一緒に食べる。
「うん、香辛料がきいていて、すこし酸味のあるお肉が美味しいです!」
「ああ、口に合ってよかったです。こちらのスープは日常でも食べていると思いますが、ひよこ豆を使ったスープになります。ひよこ豆の形がお金に似ていると言われているので、たくさん食べると金に困らない、と言われています」
「ひよこ豆のほくほく感が好きです!」
「そうですか。この国の料理が口に合ってよかったです」
 アシュラフはほっとしたような表情になる。
「では、ゆっくりと食べましょうか」
 アシュラフの言葉で侍従達も食べ始めた。

「そうだ、アリーナ。今年はどこか行きたいところがありますか?」
「行きたいところですか?」
 アシュラフに聞かれ、少し考えていたが、
「あっ!」
「どうしましたか?」
「あの、えと」
 ちらと近くにいるマレを見る。マレは意図が分からず、きょとんとしていた。
「あの、その、2月にルアール国の相談者の方が結婚されることを思い出したのです」
 その一言にアシュラフは目を眇める。
「ルアール国に行きたいのですか?」
「あ、その、そういうわけではなくて、なんとなく思い出したというだけです」
 アシュラフの一瞬の表情の変化が怖くて、もごもごと言ってしまった。
「結婚式は2月のいつですか?」
「えと、12日です」
「なるほど」
 アシュラフは顎に手をあてて、考え込む。
「それなら、2月の始め頃にはルアール国に向かわないといけないですね」
「ええと、そうなのですが、でも、行けたら行きます、としか言っていないので、問題ないです!」
 慌てて否定をする。ここで密入国がばれてしまえば、どんな罰を受けることになるのか……
「わかりました。こちらで手配いたします」
「あの、本当に行かなくても大丈夫ですので!」
 アリーナは頑張って否定するが、アシュラフの中では決定事項となったようで、侍従を呼び、計画を立て始めていた。
(もう、私何やってんのよ!)
 マレをちら、とみると、ゆりかごの中で呆れた顔をしてアリーナを見ていたので、頭を抱えてしまった。
(ううっ。またマレに怒られる!)
 アリーナは自分のうかつさに大きなため息をつき、そのままテーブルに突っ伏してしまった。

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