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第10話(4)とりあえず温泉に入れ

「さて……まずは魔法に長けたエルフ相手だな、名前は……スティラと言ったか」

 海岸沿いでスティラとスビナエが向かい合う。

「あ、あの……わたくしは回復魔法専門で、攻撃魔法はまだまだ不得手なのです……」

「それもメラヌから聞いている……」

 スビナエがスティラと少し距離を取る。

「あ、あの……?」

「不得手でもある程度は習得しているのだろう? 遠慮はいらん、攻撃してくるといい」

「! よ、よろしいのですか?」

「ああ、いつでも構わん。本気で来い」

「『裁きの雷』!」

「!」

 雷が落ちたが、スビナエは難なく躱す。驚いたスティラだが、すぐに次の魔法を放つ。

「『地獄の業火』!」

「‼」

「! くっ、また躱された! どこに―――⁉」

 スティラの胸の手前にナイフが突き立てられる。ナイフを構えているのはスビナエだ。

「どんなに回復魔法に長けていても、心の臓を一突きされれば厳しいだろう……」

「ま、参りました……」

 スビナエはナイフをしまいながら告げる。

「攻撃の時に若干だが『力み』を感じるな」

「『力み』……ですか?」

「そうだ、それによりいつ攻撃がくるか、本能的に勘の鋭い奴には察知されてしまう」

「ど、どうすれば良いのでしょう?」

「回復魔法を使う時と同じようにリラックスした状態で攻撃魔法を使えば良い」

「リラックスですか?」

「そうだ、魔法センスは言うことない……まあ、後は堅苦しく考えず、『温泉に入れ』」

                  ♢

「次はお前か、オオカミ娘のアパネ……」

「よろしく! ……ん? なにやってんの?」

 スビナエが小石を拾い集めている。

「三個……これくらいあれば十分か」

「……まさかと思うけど、その小石でボクと戦うつもり?」

「そのまさかだ、いつでも良いぞ、かかって来い」

「⁉ 舐めるな!」

 アパネが猛然と飛びかかる。

「ふん……」

「ぐっ⁉ がっ⁉ ごはっ⁉」

 スビナエが右手の指で左の掌に並べた小石を順に弾き飛ばす。銃弾のように鋭く飛んだそれらがアパネに尽く命中する。アパネは崩れ落ちる。

「まさか全弾命中とはな……近距離戦を意識するのは間違っていない。しかし、距離を詰められなければ意味がない」

「ぐっ……ど、どうすれば……?」

 うつ伏せから仰向けになったアパネはスビナエに問う。

「ただ速く動くだけではなく緩急を意識してみろ、更に直線的な動きだけでなく曲線的な動きもイメージしろ。後は高く飛ぶことだけでは芸がない。これは別に馬鹿にしているわけではないが、獣らしく地を這うように低く飛んでみるのも良いのではないか」

「う~ん、一気に色々言われても分からないよ~!」

 アパネは頭をくしゃくしゃとかきむしる。

「そうだな、貴様は感覚派だろうからな……まあ、後は難しく考えず、『温泉に入れ』」

                  ♢

「さて、お次は召喚士か、ルドンナと言ったか」

 広い平原でスビナエとルドンナが距離を取って対峙する。

「あの~降参したいんだけど?」

 ルドンナが手を挙げる。スビナエがガクッとなる。

「な、なんだ、どうした?」

「アタシの召喚魔法は詠唱に時間がかかるの。こういうサシの勝負には向いていないわ」

「ああ、そんなことか。三分待ってやる」

「はい?」

「三分で呼び出せる中で一番強い召喚獣を出してみろ」

 そう言って、スビナエが近くの大岩に腰を下ろす。

「―――! どうなっても知らないわよ!」

「……」

「行け、バハちゃん! 炎を吐け!」

「ガハ―――⁉」

 バハムートの口に大岩が挟まり、火炎放射が出来なくなる。ルドンナが驚く。

「小柄な体で大岩を軽々と投げた⁉」

「火事は流石に困るからな」

 スビナエがルドンナの背後に回り込む。

「⁉ しまっ―――た……」

 腹部に当て身を喰らい、ルドンナはしゃがみ込む。スビナエが淡々と告げる。

「時間を計っていたが、二分三十五秒だったぞ、なかなか速いじゃないか。欲を言えば後十五秒くらいは縮めたいところだがな」

「む、無茶を言うわね……」

「貴様は賢そうだからな、色々と対策を練っているのだろう。召喚魔法については私から言うことはなにもない……読み込んではいるようだが、もう一度読んでみたらどうだ?」

 スビナエは本をルドンナに差し出す。

「し、召喚の書⁉ いつの間に⁉」

「先人の知恵というのは馬鹿に出来んぞ……まあ、後は固く考えず、『温泉に入れ』」

                  ♢

「そして、ドワーフのモンド、だったか。貴様に教えることなど無さそうだが……」

「そう言わずにご教授をお願いするでござるよ」

「私も武器を……まあ、素手でいいだろう」

「ほう、素手で……お手並み拝見! ⁉」

 モンドが勢いよく剣で斬りかかるが、スビナエは刃を両手で挟んで防ぐ。

「力強いな……そらっ!」

「むう⁉」

 スビナエが両手を捻ると、モンドの体がくるっと反転し、逆さまになって転ぶ。

「長引くとこちらが不利だ、すぐに終わらせる」

「なんの! む、どこだ⁉」

 モンドが体勢をすぐさま立て直すが、スビナエの姿が見えない。

「上だ……」

「のわっ⁉」

 スビナエの手刀が首筋に入り、モンドは崩れ落ちる。

「気絶させるつもりだったが、タフだな……力強さと速さは言うことなし。強いて言うのならば、太刀筋が素直過ぎるな、もう少し狡猾さを覚えても良いかもしれん」

「狡猾さでござるか……それがしにはなかなか難しいでござるな~」

「戦いには狡猾さというのも必要だ……まあ、後はせせこましく考えず、『温泉に入れ』」

                  ♢

「続いては魔族のご登場か……名前はアリンだったか」

 山の中でスビナエとアリンが対面する。

「ふん……いつでもどうぞ、かかってらっしゃい」

「? ならばお言葉に甘えて―――!」

 スビナエが飛び掛かる。アリンがニヤっと笑う。

「引っかかったわね! ……って、石⁉ 重っ!」

 糸を仕掛けていたアリンだったが、引っかかったのは大きな石であった。

「魔族相手に無警戒で突っ込むバカはいない……それ!」

「おわっ⁉」

 スビナエが大石を思い切り上に蹴り飛ばす。近くの大木の枝にぐるぐると巻き付いて、アリンの体がそのまま持ち上がる。

「魔族というのは元々戦闘向きの種族だ、貴様も御多分に漏れずな。教えることは特ににない……まあ、あえて言うなら相手をみくびらないことだ、油断大敵というやつだな」

「ま、まだ終わっていないわよ!」

「本気で戦ったら、自然が壊れる……まあ、後はとげとげしく考えず、『温泉に入れ』」

                  ♢

「さて、最後はお前か、転生者の勇者、ショー=ローク……」

「よ、よろしくお願いします!」

「ば、馬鹿な……⁉」

「え?」

「構えに力みがない! 動きも一見だらしがない様に見せて隙が無い! な、何を考えているのかまるで読めない! こ、これが転生者の勇者か……」

「あ、あの……」

「参った! 私の負けだ!」

「え、ええっ⁉」

「その境地に達するまで、様々な窮地を突破してきたのであろう! 是非その武勇伝を聞かせてくれ! そうだ! 『温泉に入ろう!』 酒を酌み交わそう! こっちだ!」

「ちょ、ちょっと! 行ってしまった……これはあれか、互いの実力差があり過ぎて一周回って勝手に勘違いしてしまったのかな……。まあ、温泉に入るか……」

                  ♢

「しゃあ飲め、勇者よ! 酒はみゃだみゃだ一杯あるぞ!」

「あ、ああ、ひかしひょんとに美味しいお酒ですね、どんどん飲んでしまいましゅ!」

「大分盛り上がっているようね」

「おお、メラヌか! きしゃまも飲め!」

「じゃあ、一杯だけ……実はね、例のあいつが魔王軍に協力しているらしいのよ」

「にゃんだと⁉ しょれは捨て置けんな! 私が成敗してくれるわ!」

「良かった、来てくれるのね。言質は取ったから……勇者さん、お先に失礼するわね」

「あ、そうでひゅか、おやしゅみなひゃい!」

                  ♢

「それじゃあ……予定より一日早いけど、トウリツに戻るとしましょうか。それとスビナエちゃんも一緒に来てくれることになったわ、心強いわね」

「ど、どうしてこうなったのだ、勇者!」

「わ、私に言われても!」

「そして、なんで貴様を見ると気恥ずかしいのだ! なんかあったパターンか⁉」

「だから私に言われても!」

「はいはい、それじゃあ、転移するわよ~いざ決戦へ♪」

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