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第9話(2)勇者、とりあえず降り立つ

「ダーリン、とりあえずこの辺りで一旦降りるね」

 困惑する俺の様子を察してくれたのか、アリンがある山の中腹にゆっくりと降下した。ここから完璧にではないがトウリツの都市をある程度見下ろすことの出来る場所である。

「占拠されたということは……」

 俺は目を凝らす。都市のいくつかの場所から煙が立っている。規模の大小に関わらず、この巨大な城塞都市のまさに内部で戦闘が行われたということであろう。

「へ~は~そう、成程ね、じゃあ、またなにか分かったら連絡頂戴~」

 アリンがそう言って手を振ると、メラヌの使い魔がまたパタパタと空を舞っていく。俺はアリンに近寄って尋ねる。

「また何か追加の情報ですか?」

「うん、あのね……」

 アリンの歯切れが悪い。嫌な予感しかしない。しかし、聞かないわけにもいかない。

「アリン、教えて下さい」

「『悪い知らせ』と『もっと悪い知らせ』があるんだけど……」

「ふむふむ……ってえええっ⁉」

 俺は驚きの表情をアリンに向ける。こういうのは大体、『良い知らせ』と『悪い知らせ』がある……とか言うものじゃないのか? どちらも悪い知らせなんて、今初めて聞いたような気がする。アリンが沈んだ表情のままで尋ねてくる。

「ダーリン、どっちを聞きたい?」

「……『悪い知らせ』の方を」

 俺は俯きながら聞く。

「そっちね……魔王軍迎撃の為に、トウリツを出発した諸侯同盟軍、通称『同盟軍』の軍勢なんだけど、その主力部隊が戦線に到着する前に防衛線をことごとく魔王軍に突破されちゃったんだってさ」

「……本意ではないにしろ、それなら都市近郊で激突するのでは?」

 俺の問いにアリンは頷きながら、話を続ける。

「そう、そこまではさっきの第一報でも大体伝えた話……ところが、同盟軍は魔王軍をまんまと素通りさせてしまい、トウリツへの侵入を易々と許してしまったって」

「そんな! どうして⁉ ……まさか四傑の⁉」

「ええ、恐らくは四傑の一人の……懐刀の仕業ね」

 アリンの言葉に俺は頭を抑える。四傑自身が出陣してきていないというのに、ここまで苦戦を強いられるのか。四傑自らが出てきたら一体どうなってしまうのか……。頭が痛くなってきた。俺はなんとか言葉を絞り出す。

「同盟軍は防衛戦を主体に考えていたはずなのに、都市の奪還戦をせねばならなくなったということですか……」

「幸いにも城郭都市の全てを掌握されたわけではないようね。あくまで一区画よ。まあ、結構な広さではあるけれども……それにまだ都市の中に同盟軍の主力部隊も半分は残っているわ。当初の想定からは大分狂っちゃったでしょうけど、同盟軍は挟撃を行うという選択肢も出てきたわ」

「それは少し『良い知らせ』かもしれませんね……」

「そうかもね」

 俺は小さく笑みを浮かべた。アリンもそれに同調した。俺はしばらく間を置いて、意を決してアリンに問う。

「……それで! 『もっと悪い知らせ』とはなんですか⁉」

「ああ……」

 アリンが遠い目をする。

「教えて下さい!」

「ダーリンと行動を共にしていたあのエルフと、人間の召喚士?」

「スティラとルドンナですか⁉ あの二人がどうしたのですか⁉」

「同盟軍の主力として活躍中だってさ……」

「え……?」

「……」

 一瞬の沈黙の後、俺は叫ぶ。

「それは『良い知らせ』じゃないですか!」

「ええっ⁉」

「こっちがええっ⁉ ですよ!」

 俺に怒鳴りつけられたようなかたちになったアリンはシュンとしながら呟く。

「だってさ……あのエルフには強烈な雷魔法喰らってるし……」

「あの場は致し方ないでしょう。水に流して下さい」

 俺はアリンを諭すように優しく語りかける。

「……召喚士は魔族を酷使に近い使役をしている奴もいるから基本的には好きじゃない」

「ルドンナはそういうことはしない方ですよ」

 多分だけどな。とにかく、ここでアリンにスネられてしまっては困るのだ。

「アリン、きっと、スティラもルドンナも貴女と気が合うと思いますよ。大丈夫、上手くやっていけますって」

「気が合っちゃったらそれはそれで困るんだよね……」

 アリンは両膝を抱え込むように座り、顎を膝の上に置き、横目で俺を見る。

「え?」

 俺のすっとぼけた返事にアリンは深いため息をつきながらも立ち上がる。

「はあ……まあいいや、トウリツ奪還に行きますか。ロープにしっかり掴まって!」

「は、はい!」

 俺とアリンはトウリツ方面に飛び立った。

                  ♢

「ルドンナさん! 何をしているのですか⁉」

「ん~? 魂の休息中」

「要はサボりじゃないですか!」

「そうとも言うね~」

 城塞都市『トウリツ』に八つある大きな城門の一つ北東の門を攻略すべく、同盟軍が急遽設営したテントの中で、白髪で褐色が特徴的な凄腕召喚士ルドンナは優雅にハンモックを持ち込んで休息していた。回復魔法に長けているだけでなく、魔法全体のセンスに秀でている(ただし、ほぼ無自覚)女エルフ、スティラはそんな彼女を叱り付ける。

「皆さん、必死に魔王軍と戦っているのですよ!」

「それはもちろん、わかっているよ……スティラさん、この部隊の目的は?」

 いきなりの質問に面食らったスティラだが、すぐ答える。

「この城門を突破し、中に入り込んだ魔王軍を友軍とともに追い払うことです!」

「そうだね、ただ、あの城門、北東の門にはアイツらがいる……」

 ルドンナはテントの外側を指差す。

「確かに驚異です! しかし、貴女の強力な召喚術があれば打倒することは可能です!」

「簡単に言ってくれるね……」

「貴女のことを信じているからこそです!」

「おおっ……なんという真っ直ぐな眼差し……」

 スティラの意志の籠った強い視線にルドンナは一瞬たじろぐが、首を振る。

「前にも似たようなことを言ったと思うから分かっているはずだよ。強力な召喚術というのは連発することは出来ない。だからこうして力を蓄える必要があるんだよ」

「では、連中すべてを追い払うことも!」

「いや、流石にすべては無理だね~」

「そ、そんな!」

 ルドンナはハンモックから降りて、テントの幕を上げて、戦場を見つめる。

「……アタシが狙っているのはあの主将格。アイツさえ倒せば、後は烏合の衆だ」

「そのために力を溜めていると? ただ、あそこまで近づけますか?」

「そこなんだよね~問題は。誰かが気を引いてくれれば良いんだけど……」

「誰かが……!」

 その時テントの上空から大きな声がした。

「ちょ、ちょっと、アリン! 降り方が雑! どわあああっ!」

 ロープで引き摺られたショーがテントに滑り込む。スティラは驚き、ルドンナは笑う。

「シ、ショー様⁉」

「適任者が来たね」

                  ♢

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