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第7話(4)そのいかだを漕いでゆけ

「ダーリン? 何をやっているの?」

 アリンが不思議そうに尋ねてくる。

「……貴女のその翼はまだ使えないのでしょう?」

「うん。魔力と関係するからね。魔力の制限がまだかかっているみたいだから……」

「……ということは貴女にしがみついて飛んでいくということは不可能……ならば海を越えるしかありません!」

「それは分かったけど、さっきから一心不乱に何の作業をやっているの?」

「いかだ作りです!」

 俺は満面の笑みで答えた。

「ええ……?」

「? いかだというのは 木材などを並べて結び合わせ、水に浮かべる物……」

「い、いや、それは分かるよ。でもさ……舟はゴブリンに借りれば良くなかった? 漁業も少しはやるみたいだし……」

「……舟を返しに来られる保証はどこにもありません」

「慣れている誰かに船頭についてもらうとか……」

「……舟旅が安全に済む保障もどこにもありません」

「い、いや、かといってさ……」

「他になにか?」

 座って俺の作業を眺めていたアリンが立ち上がって叫ぶ。

「素人が作るいかだに乗って、海に漕ぎ出す方がよっぽど危険だと思うけど⁉」

「危険は承知!」

「私は承知していないけど⁉」

 俺はアリンを無視し、作業を進める。悪いがこれ以上構っている暇はない。事態は一刻を争うのだ。前夜、思いっ切り酒盛りをしたが、それは都合よく忘れることにする。

 俺は魔法で木を数本生やし、それを剣で適当な長さに切って、ゴブリンたちから分けて貰った縄できつく縛る。やや時間が掛かったものの、なんとか完成した。正直、いかだ作りなど初めての経験だが、どうしてなかなか上手く出来たのではないだろうか。オールも二本用意し、アリンに渡す。

「さあ、漕ぎ出しましょう!」

「いくらなんでも迷いなさすぎじゃない⁉」

 アリンも戸惑いつつも、いかだを押し出し、二人でその上に乗って、海に漕ぎ出す。

「ヨ―ソロー‼」

「ちょっと、テンション高過ぎ!」

「今上げないでいつ上げるのですか!」

「ええっ……」

 俺はアリンとの明確な温度差を肌で感じながらオールを懸命に漕ぐ。

「海は比較的穏やかですね、これならなんとかなりそうですね……」

「正確な場所は分かっているの?」

「大体、北に向かって行けばどうにかなるそうです」

「ざっくりし過ぎじゃない⁉」

「大丈夫!」

「何を以って⁉」

「とにかく漕ぎましょう!」

「もう……こうなったらヤケよ!」

 アリンも凄まじい勢いでオールを漕ぎ出した。流石は魔族である。細い腕に似合わない力強さを発揮し、いかだは想定以上のスピードでグングンと前に進む。

「良いですよ! この調子なら思ったより早く着きそうです! 何処かに!」

「何処かって! 無計画!」

「言ってみれば、人生なんて地図の無い旅ですよ!」

「少なくとも今は絶対に要るのよ!」

 ああだこうだと騒ぎつつ、俺たちはいかだを進ませる。しばらく進んだ後、俺は肩で息をしながら呟く。

「そろそろ陸地が見えてきても……⁉」

「な⁉」

 いかだが大きく揺れたと思うと同時に、海中から巨大なタコが姿を現す。その桁違いの大きさに俺は驚愕する。

「お、大ダコ⁉」

「魔獣エビルオクトパスよ!」

「また魔獣とは!」

「魔王復活の影響で、今まで大人しくしていた各地の魔獣たちもその活動を活発化させてきているのよ! って、きゃあ⁉」

 アリンが魔獣の足に絡め取られる。

「アリン!」

「くっ! 魔力が戻っていたら、こんな奴!」

 アリンを助けなければならない。俺は剣を抜いて構える。皮膚はそれほど硬いとは思えない。一点に力を集中すれば……。

「『登木』! うおおお!」

「!」

 いかだの上に木を生やした俺は、その木を勢いよく駆け登り、木からジャンプして、アリンを掴んでいた魔獣の足に斬り掛かる。上手く力が乗っていたのか、太い足の先端に近い部分を切りとることが出来た。アリンがいかだに着地する。

「やった! ……何⁉」

 喜んだ次の瞬間、俺は驚く。タコの切れた足がすぐさま再生したのである。

「そ、そんな! ぐっ!」

「ダーリン!」

 今度は空中に無防備に浮いていた俺がタコの足に絡まれてしまう。

「ぐぬぬ……」

「あの再生速度の速さじゃ、多少切ってもキリがない……」

 アリンが苦々しげに呟く。タコの別の足がアリンを捕えようと迫る。

「くっ!」

「ア、アリン!」

「避けるだけで精一杯! どうすれば……」

「吹っ飛ばせば良いんじゃない……」

「「⁉」」

 誰かの声がしたと思ったと同時に、激しい銃声が鳴り響く。銃弾の雨霰を喰らった魔獣は文字通り消し飛んだ。俺は海に落下する。

「……跡形もなくね♪」

 海に落下した俺は空を見上げる。そこには箒に優雅に乗りながら、二丁拳銃を構える魔女の姿があった。俺は叫ぶ。

「メラヌ!」

「ちょっとのご無沙汰ね、勇者さん」

「探しに来てくれたのですか⁉」

 俺は泳いでいかだにしがみつきながら尋ねる。メラヌは箒の高度を下げて、俺たちに笑顔で語り掛けてくる。

「察しがついているかもしれないけど、転移魔法を使ったの。魔法の対象のことを追うことが出来るんだけど、島に行ってみたら姿が見えなくて、ちょっと焦ったわ」

「そうだったのですか……」

「まさか、いかだで海に漕ぎ出すとはね……」

 メラヌは手で顔を覆い、笑いを堪える。

「ちょうど良い、箒に乗せてくれますか?」

「ちょっと、ダーリン! 勇者でしょ⁉ 初志貫徹よ!」

「え?」

 何やらムッとした表情のアリンがオールを突き付けてくる。

「漕ぐわよ! 陸地まで!」

「ええっ!」

「これは意外な展開ね……でもこの箒二人乗りだし、折角だから頑張って」

「ええっ⁉ そ、そんな……」

 俺は嘆きながらも渋々オールを漕ぎ出した。

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