呼出
星の大釜の底は暗く、夜風はまだ冷たい。ユウトは一人来た道を辿って歩いた。
高くそびえる矢倉と丸太の塀に門が見えてくると、あたりは野営基地の魔術灯で明るさを増す。その明るさが門を出てすぐのところで立つ人の輪郭を際立たせた。
ユウトはその人物の方へと近づいていく。魔術灯の光で逆光となっていたその人物はレナだった。
レナは一人、風にあたりながらじっとロードに案内された広場の方を見ている。
「遅かったわね」
先に声を掛けたのはレナだった。
「ああ。夕飯をごちそうになっていた」
「そう・・・」
どこかそっけない返事をレナは返す。ユウトがレナの横に並んでもレナは向きを変えず同じ方向を見つめ続けていた。
ユウトは振り返りレナと同じ方向を見る。周りにあふれる光の影響もあってか、昼間は目立っていた鉄の荷馬車をユウトは何とか見つけることができた。
レナにはほとんど見えないのではないかとユウトは思う。それでもレナはしばらく静かに眺め続けていた。
そしてふぅとため息をついて振り返ると野営基地へ向けて歩き始める。
「戻ろっか」
「・・・そうだな」
先を歩くレナは完全装備だった。
肩に担いだ槍の穂先は初めて見る造形をしている。踏みしめられた周辺の草からレナはしばらくここで身体を動かしていたのだろうとユウトは察した。
ユウトが門をくぐるのを待って門の扉は閉じられる。門の内側は未だ多くの人々が往来していた。
先を行っていたレナが振り返りユウトへ話しかける。
「いよいよ明後日か。あたしは中央で直接、姉さん達を護衛することにしたから」
「うん、わかった。頼もしいよ」
「ええ、どんどん頼って。それじゃあ、また」
レナは力強い笑顔を見せると軽く手を振って去っていった。
それに答えるようにユウトも笑顔で手を掲げて見送る。
「ボク達もそろそろ休みましょうか」
それまでへたっていたセブルが声を掛けユウトは「そうしよう」と答えて歩き出した。
決戦前日、野営基地の慌ただしさはこれまでより一層増している。ぴりぴりとした空気の中をユウトは歩いていた。
ユウト自身の緊張感も高まっている。しかしそれはもう目の前に迫った決戦への緊張感に加えてもう一つ別の緊張が上乗せされていた。
睡眠を取り終えた朝、伝令の役割を担うラトムを送り出してから朝食を取っていると、先ほど出て行ったばかりのラトムがすぐに戻ってくる。そしてユウトに伝言を伝えた。
「あ、あのユウトさん。調査騎士団クロノワ団長から呼ばれてるっス」
ラトムの物言いはどこかぎこちない。
「へぇ。用件はわかる?」
「えっと、オイラやセブルの経過報告を決戦前に一度確認しておきたい、との事っス」
「ええッ!今頃?」
皿の水をなめていたセブルが驚きの声を上げた。
ユウトには思い当たる節がいくつかある。
「あー・・・カーレンからこの前の魔獣討伐の件について報告があったんだろうな。それでその後の詳細の確認か。大石橋でディゼルのおかげでうやむやになってたラトムの件もあるんだろう」
「うぅ・・・なんだか面倒ですね」
「調査騎士団は対魔物に特化した実力集団って聞いてるっス・・・」
二匹はみるからに気を重たくしてうなだれた。
「ま、まぁ本番前日にクロノワはややこしいことを言ったりしないはずだ。ディゼルとカーレンの上司だし話しのわかる人だろう。まずは聞かれたことにちゃんと答えて様子をみよう」
そう言ってユウトは朝食を手早く済ませ、指定された場所へと向かっている。星の大釜から野営基地を挟んで反対側、テント群を抜けると草原にユウトは出た。
緩やかな丘から見下ろす草原では黒い鎧に身を包んだ騎士団員と思われる数十人が一定間隔に整列している。団員はそれぞれ武器を構え、掛け声がかかるたびにその並びを変化させていた。
「陣形の確認・・・訓練か」
ユウトはそうつぶやきクロノワを探す。その姿はすぐに見つけられた。より団員達を見渡せる小さな丘の端に他数人の団員と共に立っている。ユウトはその場所を目指して進みだした。
ほどなくしてクロノワの元にたどり着く。丘から見下ろすクロノワの後姿と共に同じ方向を眺める団員のマントがはためいていた。
ユウトは声を掛けようかと一瞬悩んだが、その前にユウトに気づいた団員の一人が振り向く。その団員はディゼルだった。見知った顔にユウトは少しほっとする。ディゼルはクロノワへ声を掛け、今度はその場にいる全員がユウトへと振り向いた。
その中にはカーレンの姿もある。体格の違い、黒鎧の形の違いなどがあるものの統一感のある身なりの戦闘員と相対するユウトは全身に威圧感を感じて背筋が強張る。
「やぁユウト。この多忙な時に呼び出したりしてすまない。大石橋砦以来だな。まさかあれからこんなことになるなんて想像もできなかった」
クロノワはそう言いながら自然な笑顔でユウトへ歩み寄る。
「確かにいろいろあった。オレも驚いてるよ」
ユウトはできるだけ自然体を装おうとするもどこかその語りはぎこちなかった。