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Memory5.レイリアの記憶

······ここはどこだ?
いつもどおりの赤い空に、見慣れた街並み。
いや、少し違う?
「これは、君の記憶」
え!?
見上げると、国王が僕の横を浮遊していた。
「やっぱりお前の仕業か。どこなんだここは。なにをしたんだ。」
「君は貴重な人間だ」
「は?」
会話になっていない。
僕はイライラして爪をかんだ。
クソ、どいつもこいつも僕のペースを乱す······。
「お前達なんか、嫌いだ」
相手が王ということにも関わらず、思わずそう呟いた。
国王は少し微笑んで、
「僕は、君が好きだよ」
え······。
誰かから、好きと言われるのは、何年ぶりだろうか。
おそらく、両親が死んで以来······。
僕は慌てて国王から顔をそむけた。
すると、
「えーん」
突然子供の泣き声が聞こえ、ギョッとして振り向くと、金色の髪の少年が泣きながら僕の横を通りすぎていった。
ドクンと胸が脈打った。
あれは、僕?
金髪に青い目。
あの顔立ちは、紛れもなく昔の『僕』だった。
「うぇ~ん······」
少年は泣きながらとぼとぼと歩いている。
「ふふ、かわいいね」
国王は笑ったが、僕はカッとなった。
まだ幼かったといえど、自分が泣いているところなんて情けなくて見たくない。
「おい、泣くな!」
僕は少年に呼びかけたが、反応はない。
どうやら聞こえていないようだ。
すると少年の隣に、
「あはは、またレイリアが泣いてるー」
「お前はがいじめるからだろ?」
ゲラゲラ笑い合う、動物の耳が生えた子供が姿を現した。
貴様ら······。
今の僕だったら、強く言い返したに違いない。
だが目の前の僕は、さらに悲しそうな顔をした。
「ねぇ、僕も仲間に入れて······」
おい、そんなことを言うな!
僕は目の前の少年も動物の耳が生えた子供も、憎らしくて仕方なかった。
なんて、情けのない奴らだ。
「仲間に入れてだって。入れてやる?」
「えー。人間なんて弱いし裏切るじゃん」
くそ······。
やがて二人の子供はスゥと消えた。
「なんのつもりだ、こんなもの見せて」
「君には気づいてほしいことがある」
なんだそれは······。
「君は、たくさん傷ついてしまって今はわからないだけ。でも、両親を思い出してごらん」
は?両親?
「死んだ人なんか思い出してなにになる」
「君の両親は、君に愛をくれたはず。この世界では貴重なもの。だから、君の中にもきっとあるんだ」
愛······?
「見てご覧」
国王が指さした方を見ると、別の影が姿を現した。
その姿を見た瞬間、なんとも言い表せない切なさと懐かしさでいっぱいになった。
「父さん、母さん······」
僕はふらつく足どりで二人に近寄り、手を伸ばした。
でも、その手は虚しく、二人をすり抜けてしまう。
「パパー」
父さんは小さな僕を抱き上げて、あの優しい顔で笑った。
「帰ろうか」
二人にたくさんの『愛』を受けた『僕』は、嬉しそうに笑っていた。
苦しい日々の中にも、僕の中には優しさが芽吹いていた。
ずっとこんな日が続くと思っていた。
ずっとずっと二人といられると思っていた。

でもー······。
突然あたりは暗くなる。
大きくなった姿の僕が、一人で立っていた。
「あいつの親死んだんだって。カワイソー」
「良かった。大体、目立ち過ぎなんだよ。ちょっと金持ちだからって······人間のくせに」
「あいつのせいで俺ら担任ににらまれるんだよ。人間に勉強負けてるってさ」
『僕』は、好き勝手に喋る住人に取り囲まれていた。
この光景、覚えている。
確かこのあと······。
『僕』を囲む奴らのうちの一人が、『僕』に石を投げた。
石は頭に命中し、『僕』は地面に倒れ込む。
でも、『僕』はうつむいたまま、動こうとしなかった。
この時の僕は、両親が殺されたという理不尽な世界に憎しみでいっぱいになっていた。
それが頭の中を支配し、他は何も考えられなかった。
一人が石を投げたことをきっかけに、他の子供も『僕』に石を投げ始めた。
『僕』は血だらけだったけど、その目は、見開かれていた。
復讐を誓った瞬間だった。
「これは、君の辛い記憶」
ふざけるな、やめろ······。
僕は頭を抱えてよろけた。
「こんなもの見せたって、僕はなんとも思わない。どうでもいい!早く、早く元の場所へ戻せ······!」
「復讐を、君の両親は望んでいるのかい」
「お前には関係ない!父さんと母さんがどう思おうが、僕は僕の意志で、あいつらを!!」
あいつらを······。

父さんと母さんは、いつだって、僕に優しかった。
でも、駄目なんだ。
僕は父さんと母さんのようにはなれない。
まわりがとても冷たいんだ。
そんな世界で、自分ひとりだけ優しくいるなんて、僕には恐ろしくてたまらない。

父さんと母さんがいなくなってから、僕の世界は、凍ってしまって、もう溶けることはない。

僕はしゃがみこんで動けなくなっていた。
目の前の『彼』と同じように。
暗い、暗いな······。
僕は目を閉じた。
その時。

「レーイ」

場違いな明るい声が聞こえた。
目を開ける。
この声は······。
「レイ、辛い?大丈夫、僕が側にいるよ」
くしゃくしゃな赤茶色の髪に、左眼の眼帯。
「リュカ······」
「一緒に遊ぼー!」
いつも馬鹿にしていたヘラヘラ笑う顔は、なぜか、今はとても愛おしく思えた。
リュカが『僕』に手を差し伸べた瞬間、あたりは光に包まれた。

サァーと、爽やかな風がふき、苦しくてたまらない気持ちが嘘のように軽くなった。
あの時は確か、リュカの手を強くはらったんだ。
でも今は、その手を取りたくて仕方がなかった。
「君の世界に足りないもの。でも、はじめから持っていたもの······人を思う心」
「人を、思う心······」
僕は国王の言葉を繰り返した。
「殆どのものがそれを持たないこの世界の住人であるリュカが、君を愛しているのは、君がリュカを愛したからだよ。少なくとも、リュカは君に好かれていたと思っていた」
そうだ、リュカはいつでも僕の味方だった。
僕が両親を失ってあれていた時も、人間だと馬鹿にされていたときも、自分が巻き添えを食らってでも、ずっと僕の隣りにいてくれた。
そんなリュカに、僕はなんでもプレゼントしてやりたかった。
そばにいてほしかった。
だってリュカは、初めてできた僕の友達だったから。

両親が死んでから、そんなこと、忘れていた。


光はどんどん強くなり、やがて目の前は真っ白になってゆく。


「思われたいなら、自分から思わなくてはいけない。君は人を思うことで、人からも思われる特別な存在。こうやって、優しさは広がっていくんだよ」

そんな声が、聞こえた······。


✠ ✠ ✠ ✠ ✠




ビヨーン、ビヨヨーン、ビヨヨヨーン…

「レイリア、いつまで寝てる」
いつもどおり、5時にディディーが起こしに来た。
更に今日は、フレディに誕生日プレゼントで貰った、変な音を発する目覚まし時計を僕の耳元に置くという陰湿な嫌がらせまでしてくれた。
ちなみに、この目覚まし時計は全然使っていない。
なんだいまのは、夢だったのか?
国王は?
「どこで寝てるんだ、風ひくぞ」
「え?」
どうやら僕は、寝間着も着ずに床で寝ていたようだった。
僕はムクリと起き上がり、ぼーっとくうを見つめた。
夢、とは思えない。
けど、国王なんかが僕に会いに来るか?
なんのために。
いや、そんなことどうでもいい。
「思われたいなら、思わなくては······」
「レイリア?」
ディディーがいぶかしげに僕を呼んだが、僕は無視してガバっと立ち上がると、クローゼットから適当に服を引っ張り出して着替えた。
ブラシでサッと髪をとかし、本を入れたバッグを引っ掴んで調理場に走る。
ディディーが、靴下の色が左右で違うと追ってきたが、さらに無視して調理場にある食べ物、リュカが好きなチーズやシュークリームをバッグに詰め込んだ。
追いついてきたディディーが、僕の靴下を履き替えさせて、
「おい、いつも思っていたがそんなもの入れるとくさるぞ。その癖どうにかしろ。どこに持っていくんだ?」
「リュカにあげるんだ」
ディディーは驚いていた。
そのへんの山よりずっとプライドの高い僕が、自分から仲直りしに行こうとしているんだから当然だ。
「その、リュカが、餓死したら、相手がいなくなって困るし、な」
僕は少し赤くなっていた。
「へぇ?」
ニヤニヤして、フレディが調理場に入ってきた。
「なにかあったの?」
「······別に」
なんとなく、国王のことは黙っていた。
というか、先に穴まで行かないと、時間がもうない。
「行ってくるけど、ついてこないでよ」
扉を開けながら僕はそっけなく言う。
ディディーは笑った。
「今日は、あっちの街で待ってろ。迎えに行ってやる」
そういった顔が、父さんと母さんの優しい笑顔と重なった気がして、思わず僕は動きを止めた。
「なんだ?」
ディディーは不思議そうに首を傾げた。
「······なんでもない」
ぱっと振り返って、僕はリュカのいる街へ走り出した。
僕は自分の心に変化を感じ、それが嫌じゃなかった。
少し暖かい風が吹く。


リュカ、もしかしたら君は、僕の世界を変えてくれる人かもしれない。

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