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才能

「……なんだよ、これは」

「貴方のファンが集まるサイト。貴方の作品について色々と熱く語りあっている。中でも新作を心待ちにしている書き込みがとても多い」

「……それがどうした?」

「貴方が新作を発表しなくなってから一年半ほど経つというのにも関わらすこの熱狂ぶり……。貴方には『描く』ことが求められている」

「こういう生業だ。ファンというものを蔑ろにして良いとは思っちゃいないさ。ただ、さっきも言ったように締め切りがある訳じゃない、そういった求めに応じるか応じないかは俺様が決めることだ」

「……貴方にはもの凄い才能がある。それは素人の私にもはっきりと分かる。ただ、貴方は大事なことを分かっていない」

「大事なこと?」

 弾七が怪訝な表情を浮かべる。

「そう。類まれなる才能を持って生まれたものは、その才能を発揮する責務がある! その才能を黙って腐らせることは決して許されない!」

 葵の突然の大声にやや面食らった弾七だったが、すぐに落ち着きを取り戻して、冷静に反論する。

「それは暴論だな。人は才能を持って生まれてくるかどうかを選ぶことは出来ない。そして仮に才能を持って生まれたとして、その才能をどう生かすかもそいつの自由のはずだ」

「貴方の才能を求めている人が大勢いるのに? または才能を発揮しないことで困っている人がいるのに? 少々酷な言い方かもしれないけど、人気浮世絵師という立場になった時点で、貴方には自由気ままに生きることよりも優先すべき責務が生じている!」

「……」

「全て鑑賞した訳じゃないし、正直チラッと見かけたレベルだけど、私も貴方の描いた絵を見て魅了された内の一人。凄く印象的だったもの。そういう才能、力を持った人はそうはいない。そして見た所、今現在貴方の活動を阻害する外的要因は何も見当たらない。それならば新作を描くべきよ!」

「追い討ちを掛けてくるな……」

 弾七は苦笑して、葵から再び目を逸らした。

「初対面の男に対しても物怖じしないその物言い……流石は将軍さまってところか」

「知っていたの?」

「思い出した。いくら浮世離れしていても、女子高生が将軍即位なんてニュースは目に入ってくる。それにその意志の強そうな眼差し……嫌いじゃないからな」

「えっ……」

「繰り返しになるが、今の俺様には創作活動に最も必要な“意欲”と“情熱”が欠けている有様だ。こんな状態で無理して描き上げても不本意なものにしかならねえよ」

 弾七はそう言って、葵たちから体ごとそっぽを向いた。

「……どうすれば良い?」

「なに?」

「貴方にかってあったであろう“意欲”と“情熱”を取り戻してもらうには一体どうすれば良いのかな?」

「……敢えて自己分析するなら……“マンネリ気味”ってことだろうな」

 顎に手をやりながら弾七は答えた。

「マンネリ?」

「そうだ、今振り返ってみると、毎度毎度同じような絵を描いているような感覚に囚われちまって、一種の閉塞状態に陥ってしまったように感じる」

「だからそれが『スランプ』……」

「高島津さん、少し状況の推移を見てみましょう」

 話に横やりを入れようとする小霧を爽が制する。少しの間を置いて葵が口を開く。

「なんだ、それじゃあ話は簡単だね」

「は?」

 弾七が戸惑った顔で葵を見る。

「何か新しいことに挑戦してみれば良いんだよ」

「新しいこと?」

「そう、また素人意見で恐縮だけど、浮世絵にも色々なジャンルがあるんでしょ? 今まで描いてこなかった題材を取り上げてみるのはどうかな?」

「簡単に言ってくれるけどよ……」

「私たちに出来ることなら協力は惜しまないよ」

 葵の発言を聞き、弾七の目の色が変わった。

「ほう……協力してくれるっていうのか?」

「うん」

「そうか。それなら……」

 弾七が再び葵たちの方に向き直る。

「絵のモデルになってくれ」

「モデル? 良いよ」

「即答かよ……本当に良いんだな?」

「うん。将軍に二言は無いよ」

「葵様……思い切りが良すぎます……」

「じゃあ、アンタたちもやってくれるんだな?」

弾七が爽と小霧に問いかける。

「ちょっと若下野さん⁉ わたくしたちまでやるのですか⁉ わたくしは嫌ですわ!」

「……浮世絵には『美人画』ってジャンルがある」

「え?」

「前々から描いてみたいと漠然と考えてはいたんだ。そこにアンタたちのような美人が三人もやってきた。これはもう運命みたいなもんだ。モデルお願い出来ねえか?」

「絶世の美人だなんてそんな本当のことを……それに運命とまで言われてしまっては……わたくしも伊達仁さんも断る理由はありませんわ」

「よし、決まりだな」

「いや、巻き込まないで頂けますか⁉」

 思わぬ流れに冷静な爽も流石に狼狽えた。

「……じゃあ、三人とも生まれたままの姿になってくれ」

「「「は、はあああっ⁉」」」

 弾七の突拍子もない提案に葵たちは一斉に戸惑いの声を上げた。

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