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第29話「出発」

  立華と烏丸はしばらくの間、小休止入れていたカフェから外に出て特訓を終えた3人の元へ向かった。彼ら日視線の先には特訓の後に打ち解けて鋼星は赤い液体が入ったカップを手渡してから、楓と竜太を両脇に抱えて豪快な笑みを浮かべている。
「一文無しだと思ってたけどポケットの中に小銭入っててよかったぜ。これは俺の奢りだお前ら飲め飲め」
  竜太はなんの躊躇いもなく手に持ったカップを人間がビールを飲み干すように喉を鳴らして飲み始めた。それを隣で見ている楓は眉をひそめて凝視している。
「竜太は凄いね」
「これも生きるためだ。て言っても意外と飲んでみりゃ慣れるもんだぜ」
  竜太は口元に付着した血液を拭き取ってから、隣で険しい表情で手に持ったカップに視線を落とす楓を見た。
 そして、楓は竜太に何か訴えかけるような瞳を向けて、二人の間で暗黙の了解のように意思が伝わったようだった。
「鋼星のおかげで俺らも強くなれたんだからこれやるよ。お前もパァーッと飲めや」
  竜太が楓の持っていたカップを手に取って鋼星の目の前に突き出した。
「お! いいのか少年」
「竜太な。いい加減名前覚えてくれよ」と竜太は苦笑いを見せた。
  口元からこぼれ落ちそうになるヨダレを啜って鋼星は手に持ったカップを一気に飲み干した。
「かぁーうめぇ! 運動した後の血は格別だぜ」
 間を見計らって血が飲めない楓を見た後、立華は3人が盛上ている隙間を突いて話しかけてきた。
「楓君、これなんかどうです?」
 そう言うと立華は容器を自分の手のひらで数回叩いてから人間には馴染みのあるフリスクのような固形の清涼菓子のような見た目の物体を2粒ほど手のひらに出して楓に差し向けた。
「楓君どんな形であれアガルタにいる間はヴァンパイアなんですよ。ちゃんと血液を取らないと活動出来ません。エネルギー不足になって動けなくなっちゃいますよ。せっかくここまで来たのに武闘会に出られないなんて結果になったら僕ら連堂さんに怒られちゃいますからね」
 皮肉じみた発言をする立華を楓は訝しげな表情で見つめたが空腹にやむおえず右手を差し出し、立華から赤色の清涼菓子を二粒を手にひらで受けとった。
「空太、これはどうしたの」
 楓は手のひらに視線を落としてから立華にそういった。
「血液を飲み込みやすいように固めたものです。液体の血液が飲めない楓くんのために特別に作らせたんですよ。感謝してくださいね」
「そうだったんだ。ごめんね僕のために」と楓が申し訳無さそうな表情をして立華を見た。
「いえいえ良いんですよこのくらいなんてこと無いんで」と立華は顔の前で手をふるふると振った。
 それでも楓はまだ訝しげな表情を浮かべながら手のひらに乗る二粒に視線を落としたが自分の中で意を決したように口の中に2粒の錠剤を放り込むと同時に喉を鳴らして体の中に押し込んだ。
「どうです? 美味しいですか?」 
「いや、飲み込んだから味はしないけど。なんか体の中がじわじわする感じだね」と感想を述べた。
 すると立華は当然の事のように続けた。
「そりゃずっと血液を摂取してなかったらそうなりますよ。空きっ腹で酒を飲んだらすぐに酔うのと同じです」
 と立華は言うが共感できなかった楓は首を傾げた。
「酒を飲んだこと無いからよくわからないけど」
「まあ、お酒飲めるようになったら分かるんです。ちなみに楓くんはもう飲めますけどね」
 楓はヴァンパイア生活で2度目の血液の摂取に体中で起こる変化を自分の思考で確かめるように顔をしかめて思考を巡らせた。
 すると、竜太と話していた鋼星が楓たちのやりとりを見て後ろから飛んできた。
「おう、何だそれ俺も食いてぇよ」
 立華はフリスクのような容器を脇にしまい込むように鋼星の目が届かないように隠した。
「ダメですよ。これは楓くん専用なんです」 
 鋼星は「なんだよけちくせぇな」と唇を尖らせたが興味は血液のフリスクから楓に移って、楓の肩を数回叩いた。
「そう言えばお前の生命力ってすごいよな。さっき、完全に頭破壊したはずだぞ。ここまで生命力の強いヴァンパイアに出会ったのは初めてだぜ。なあ、どうやって生き返ったんだ? 教えてくれよ」
 まるで好奇心旺盛の少年のように楓を見つめる鋼星だったがバツが悪い顔をした楓は鋼星から視線を逸らしてうまくやり過ごせそうな嘘を考えていた。
「生まれつき生命力が強いのかもね。だから、教えられないかも。ははは」
 楓は貼り付けたような笑みを向けた。生まれつきな事実ではあるが鋼星の意欲にあふれる姿勢を回避するには十分な言い訳を考えたように思えた。
「生まれつきかー。でも、大抵のことは努力でなんとかなるんだぜ。生命力だってそうなんだろ? どんな練習したんだよ。な?」
 まだ引き下がらない鋼星に立華はそろそろ嫌気が差したところで二人の間を割って入った。
「そろそろ、フォンツに向けて出発しましょうよ。スケジュールに余裕があるとは言え遅れたら出場権無くなってしまいますよ」
「え? もうそんな日が経ってたのか! よし! カナデ、後で絶対教えろよ。約束だからな」
「カエデなんですけどね」と楓は苦笑いを鋼星に向けたが深く詮索されずに内心は安堵しただろう。

 キエスからシゼナへ向かう時同様に烏丸が馬車の手綱を持ってケーロスの操縦を任されて、その荷台には以前とは違い一人増えて鋼星が乗っていた。
 鋼星の体格が良いせいだろうか行きの時は荷台に空いた空間がたくさんあったはずだが心なしかそれは少なくなっているように感じた。
 しかし、当然鋼星はそんなことを意に返すこともなく会話を弾ませていた。
「そう言えばさ、お前らってなんで武闘会に出んの?」
鋼星は楓と竜太のことを交互に見たが立華が答えた。
「2人があまりにも弱いから実戦経験を積んでもらうためですよ。世の中物騒なんで弱いままじゃ困りますからね」
 鋼星は腕を組んで「うーん」と唸って考え込んでいた。
 その間に立華は竜太と楓の肩を組んで自分の方へ引き寄せた。
「いいですか。僕らがモラドってことは内密にしてくださいよ。一々説明してるのが面倒なんで。それと楓君が不死身だなんて口が裂けても言わないでくださいよ」
 竜太と楓は顔を見合わせて頷いた。

「そうか、その事情はよくわかんねぇけど、俺が専属のコーチになってやっても良いんだけどよ本業があるから無理なんだわ。しかも、超忙しいと来た」
「いや、いい、いい。もう死にかけたくねぇし」と竜太は身震いさせてさっきの出来事を思い出していた。
「鋼星君の本業って貴族の使用人? って言ってたよね」
「ああ、そうだよ。次に行くフォンツの貴族様に使えてるんだ」
「貴族なんてあんのかよ。どこの世界も階級制度が好きなんだな」
「ん? どこの世界? そりゃどういうこと?」
「ああ、いや。なんでも無い」
 竜太は「てかさ」とあぐらを掻いていた足に手を引っ掛けて体重を後方へかけてから言った。
「急に貴族とか言ってるけどどういう事? モラドとかシゼナには貴族制がなかったのになんで急にそんなん出てくんの?」
 竜太は単純に疑問に思った様子で少年のように首を傾げて鋼星を見つめた。 
「そりゃ国なんだから考え方とか文化とか違うだろ。それに、貴族になるのはたまたま偉い血筋に生まれたからだろう。フォンツでは身分は殆ど血筋で決まんだよ。あとは、俺みたいに武力があればある程度上の地位を手に入れることはできるけどな。だから、フォンツに出稼ぎに来てんだどな」
「その使えてる貴族ってどんなヴァンパイアなの?」と楓は言った。
 鋼星はその問を待っていたかのようにニッと笑みを浮かべて健康的な白い歯を見せた。
「会ってみる? 俺、主人様とめっちゃ仲良いから俺がお前たちを気に入ってるってことは主人様もお前たちのことを気に入ってくれると思うぜ。それに使用人と主人がここまで仲良いのも珍しいからお前たちは俺と旅して大正解だな」
「それって関係あるのかな…」と楓はポツリとつぶやく。
 それから、楓はふんふんと頷いて聞いている立華の方へ視線を移した。
「まあいいでしょう。鋼星くんには2人の面倒を見てもらったのでご挨拶に行きましょうか。それに、フォンツとルーロは隣国なんで移動時間はあまりかかりませんからね」
「もしかして、アガルタならではの高級品もらえたりすんのかな」
 さっきまで貴族の存在に懐疑的だった竜太は良からぬ妄想に胸を膨らませた。
「しゃー! 決まりだな。案内は俺に任せとけよ 」
「今度は大丈夫だろうな?」
鋼星は運転席の方に視線を向けて気合十分に言ったが竜太は心配した様子だった。
「姉ちゃんかっ飛ばしてくれよ!」
当然ながら返事は無かったが2匹のケーロスが甲高い鳴き声を上げて荷台を力強く引っ張った。

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