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 ジェノのスマートフォンから通知音が連続で鳴っている。電話ではないので少し放っておいたが、落ち着いた為リビングのテーブルに置いてあったそれを拾い上げる。

「れっちゃん、珠雨がやらかしたみたいだわ。怒濤の後悔メッセが入ってる」

 ジェノはイタリア系の血が入った男で、外見はだいぶ日本人離れはしているものの、ほぼほぼ日本語しか話せない。日本で生まれ育った、日本国籍の男だ。烈と戸建ての貸家をシェアしている。

「やらかしたとは穏やかじゃないな。一体何だ?」

 風呂から出たばかりで濡れた髪をタオルで拭きながら、烈は冷蔵庫から炭酸水を出してきてテーブルに置いた。色味を抑えたインテリアは烈の趣味で、黒いカウチソファに疲れたようにごろりと横たわる。

「今日れっちゃん、浅見さんにご挨拶行ったとか言ってたじゃんよ。珠雨の好きな人」
「ああ、あれは駄目だな。完全に保護者目線だから。小野田さんに勝機はないと私は見ている。しかしジェノは小野田さんと仲が良いな。そんなこと送ってくるのか」
「俺気さくだから。やだーれっちゃん、ジェラシーですかあ?」

 苛つく発言をされたが、烈はスルーして先程テーブルに置いた炭酸水を手に取り口を付けた。

「そもそも小野田さんと浅見氏は民法的にアウトな関係性だからな。知ってるかジェノ」
「民法とか持ち出さないでよ、俺そうゆうの苦手。わかんないよ」
「少し前におまえ自身が言ってたろうが。浅見氏が小野田さんの母御と昔結婚してたのが発覚したとかって」

 この情報も珠雨がジェノに送ってきたのが烈に筒抜けになっている。勝手に個人的なメッセージを流しているわけではない。隠し事は出来ないのでそういうのは烈と共有することあるよ、と珠雨に対して事前に通告した上でのやり取りだ。

「今は離婚してるんだから、関係ないじゃん」
「大いに関係ある。そういうのは直系姻族に該当するから、結婚は出来ない続柄だ。私とヴァネッサのようにな」
「え? 結婚なんてしなくたっていいよね別に。あとヴァネッサとはエッチ出来ないけど、珠雨は違うだろ? あと俺とれっちゃんも出来るから問題ないよ」
「下世話なことを言うな!」

 烈は一喝して、ソファの隣に設えたヴァネッサ専用のスペースからバイオリンケースごと手に取りそっと抱き締める。

「ヴァネッサ……すまない。ジェノが失礼なことを言ったね。あとできつく叱っておくから、許しておくれ」

 バイオリンに対して本気で謝罪している。ジェノはその態度に内心は呆れたが、表に出すことはせず、軽口も叩かない。烈のアイデンティティーを否定するのはお互いの為にならないからだ。

「はいはいごめんて。でさー、さっきの続き。珠雨なんだけど、そのパパに告って撃沈したみたい」
「……そうなのか。ダイジェストで教えてくれ」
「んー、子供だと思ってると言われたって。もうちょっと大人になったらいいんかな? まだ珠雨19歳だっけ」

「そういう意味の『子供』じゃないと思うぞ。実子のように思っているということだ。親子関係にある人物から恋愛感情を向けられるのは、それが小さな子なら可愛いとも思えるだろうが、ある程度の年齢だとキツいだろう。しかし実際には血縁関係があるわけでもなく、小野田さんは最近まで過去の婚姻歴を知らなかったのだから、浅見氏にも過失はあるな。最初に告知すべきだった」

「れっちゃん、長い長い」
 放置しておくといつまでも話し続ける雰囲気に、ジェノは思わず茶々を入れる。

「でもさ、きっとあれだよ。珠雨のことはあくまでも男の子として扱ってくれてたわけでしょ。だから、そういう恋愛感情を持たれるとは予測してなかったとかさあ」
「それでも小野田さんは女性だ。ひとつ屋根の下に二人きりで住まう以上、そういった対策は為されるべきだった。間違いが起こらないとは言い切れない」

「俺に言われても」
「そもそもその相手を尊重し慮る姿勢こそが、余計な感情を引き出す結果になっている」
「おもんぱかる、おもんぱかるって面白い言葉だなあ。どういう意味」
 音の響きを気に入ったらしく、ジェノは何度も発音している。
「今のは配慮するという意味合いで言ったつもりだが? 勉強が足りないな」
「あーはいはい……俺もれっちゃんに対して相当配慮してるよ」

 しかしそこにあえて反応しないのが、烈の通常運転だった。
 ジェノは面倒臭くなってきて、スマートフォンに向き合い、珠雨に返信を入れている。

「なんて返した?」
「もう間違い起こしちゃえば、って」
「この馬鹿が! 性的欲求で物を捉えるな。今すぐ取り消せ」
「わかりましたー……送信取消っと。これでいいかい、れっちゃん」

 改めて励ましのメッセージを送り直したが、先に取消した返信について、取り消す前に既読がついたのにジェノは気づいていた。しかし烈に言うとまた怒られるだろうから、黙っておいた。

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