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心に火を付けて

 そして翌日の放課後……。将愉会の面々は2年と組の教室に集まっていた。

「まあ、そうそう毎日依頼があるわけじゃないか……」

 各所の目安箱を回ってきた小霧と爽からの報告を受けた葵は教卓に頬杖をついて寄りかかりながら静かに呟く。

「地道にやっていく他ありませんね」

「それにしても……黒駆君、今日は一体どうしちゃったんですの?」

 俯き加減で何やらブツブツと呟いている秀吾郎に代わって景元が答える。

「まあ察するに、昨日の若下野さんの危機の際にお側についていることが出来なかった自らを責めているようだな」

「葵様、何か言葉を掛けてあげて下さい」

「秀吾郎、猫ちゃんは貴方が見つけたんでしょ? 凄いお手柄じゃない。だからそんなに自分を責めないで」

「は、はい!」

 秀吾郎は目を輝かせて答えた。

「探したぜ、しょうゆ会」

 一同は声のした教室の入り口に振り返った。そこには制服の上に相変わらず半纏を纏った、赤宿進之助の姿があった。

「あ、貴方は……!」

「学校に来たんですの⁉」

 爽と小霧が驚きの声を上げる。進之助は恥ずかしそうに片手で頭を掻きながら答えた。

「ま、まあ、偉そうなこと言っておいて学費はお袋に出してもらっているからな。辞めるってなったらお袋が悲しむことになるしよ。それにめ組の親分にも『半端もんはウチにはいらねえぞ!』って脅かされるし……」

「噂の赤宿進之助か……実物を見たのは初めてかもしれん……」

景元が変に感心したように呟く。

「若下野さん! これは快挙ですわ! 風紀委員ですら手を焼いていた、あの超問題児を登校させたんですから! 将愉会の手柄として高らかに喧伝しましょう!」

「お、落ち着いて……別に私たちのお陰って訳ではないでしょ……」

「そうだな、ちょいと違うな」

 そう言って、進之助はズカズカと教壇の方に向かってきて、葵と向かいあった。彼女が教壇に乗っているため、二人の目線はちょうど同じ位の高さになっていた。あらゆる意味で危険を感じた秀吾郎がそこに割って入ろうとするが、葵が手でそれを制する。

「違うっていうのは……?」

「お前さんたちじゃなくて、お前さんだ」

「わ、私?」

「そうだ、お前さんの昨日のモヒカン野郎にきった啖呵、そして人命救助の為に見せた躊躇いのない行動……あの一連の言動が、オイラの心に火を付けちまったみてぇだ……」

「え、えっと……?」

「つまりだ、その……オイラの心の中に燃えさかるこの炎は、簡単には消火出来ねぇってことだよ!」

 進之助のこの発言に爽と景元は目を丸くした。秀吾郎はすぐさま二人の距離を引き離そうとしたが、小霧に文字通り首根っこを抑えられ、動くことが出来なかった。皆の視線が葵に集まる。だが……

「……ちょっと何言ってるか分かんない」

 葵の気の抜けた返事に皆ガクッとなった。

「い、いや分かんねぇって何だよそりゃ!」

「立派な火消しを目指しているんでしょう? そんな火、パパッと消しちゃいなさいよ」

「いや、この火は消す訳には行かねえんだよ!」

「ますます訳分かんないわね……」

「だ、だから! ……まあいいや今日の所は……」

 進之助は軽く溜息を突いた。そして気を取り直して、一同に向かってこう告げた。

「それで……お前さんたちのしょうゆ会、チラシを見たけど会員募集中なんだろ?」

「ええ、絶賛募集中です」

 爽が眼鏡を直しながら答えた。

「オイラが入ってやってもいいぜ。め組の活動とか他にも色々やることあるから完全に活動に専念出来るってわけにはいかねえけどよ……力仕事とかなら役に立てるだろ」

「雑用等は自分がやるから必要ない。故に君の入会はことわ……むお⁉」

「本当⁉ 助かるよ!」

 割って入ってきた秀吾郎の横顔を押さえつけながら葵がにこやかに答える。

「あ、ああ。まあ、気軽に声掛けてくれや」

「分かった! これからよろしくね! 進之助!」

「お、おう。じゃあ今日はこの辺で失礼するぜ」

 進之助は若干顔を赤らめながら、足早に教室を出て行った。

「何か顔ちょっと赤かったけどどうしたんだろうね? 風邪かな?」

 あっけらかんとする葵を見て、小霧がやや呆れながら爽に囁く。

「若下野さん……御自分のことは鈍いようですわね……」

「まあ何はともあれ、賑やかになるのは良いことです……」

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