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第16話「日常」

「さてと、楓君も戻ってきたし、竜太君もモラドのヴァンパイアとして準備が整ったし、特訓を再開しようか」
「特訓?」と竜太は首を傾げる。
「そう、訓練室があるんだよ」


 3人は訓練室に移動した。
 柊が訓練室と呼んだその部屋は広さがバレーボールコート二つ分ほどであり、半分を透明のガラス張りの壁で仕切られている。そして、片方はトレーニング器具が所狭しと並んで、もう片方は白い床に防音防弾設備で実践訓練が可能な作りになっている。

 3人は実践訓練として白い床の上に立ち、柊が刀を抜いて黄色いヴェードを輝かせる。
「2人同時にかかってきていいよ」
 竜太が楓に目配せした。
「よし! やってやろうぜ、楓」
 正面から勢いよく2人同時に柊に向かって刀を振る。しかし、柊は1本で楓と竜太の2本とも同時に防いで見せる。続いて、楓が単独で切りに行ったところを竜太が拳銃を撃ち、乾いた銃声とともに黄色い光に包まれた弾丸が柊に向かう。柊は楓をすぐに振り払い、横にダイブして弾丸を交わす。一瞬のスキを見せた柊に竜太も俊足の勢いを生かして柊に飛びつき刀を交える。

「竜太君動きはいいね。パワーもある。でも、攻撃が一辺倒だよ」
 柊が竜太の刀を受け流して空中で回転するように竜太の頬を蹴り竜太が倒れ込んだところを首の横を柊の刀が通過して、竜太の額からは汗が滴り落ちる。
 そのスキをついた楓が攻撃を仕掛けるが柊は後ろに目がついているかのように自分の刀を首の後ろに回して楓の攻撃を防御した。
「気配が消せてないよ。あと、楓君はまだ迷いがある。僕を殺す気でかかってこないと」

 竜太と楓は額に流れる汗を拭う。
「クソ、同じ黄色のヴェードなのになんで傷一つ付けれないんだよ」
「ヴェードが同じだからといって実力も一緒とは限らないんだよ。戦闘経験や技術など同じヴェードでも力の差はあるんだ」
 柊は少し乱れたベストの襟を整える。
「どうするまだやる?」
「もちろん」「うん」
 それから2対1の組合をしてだいぶ時間が経過したが結局2人は柊に傷一つつけることが出来ずに3人の特訓が終了した。


「幹人、強いんだな。全然攻撃が当たらなかった」
 柊は首を横に振って刀を見つめた。
「強くないよ。僕はヴェードを見ての通りまだ弱いほうなんだよ。世の中には僕なんかよりももっともっと強いヴァンパイアがたくさんいる」
「連堂さんみたいなヴァンパイアのこと?」
「連堂? あの厳ついおっさんのことか。確かにあの人めっちゃ強そうだもんな。ここで一番強いんじゃねぇの?」
「一番ではないけど、連堂さんのヴェードは青色でもう1人青色のヴァンパイアがいて、その一つ下のランクのヴェードである青緑が4人いるんだ。みんなヴァンパイアとして上位クラスの強い人ばかりだよ」
「すげぇな、俺と幹人は黄色だから…えっと、どのぐらいのレベルなんだ?」
「下から二番目だね。まだまだ下位クラスの力だよ」
「でも、俺と幹人が戦ったみたいにヴェードだけじゃ強さは全て測れないんだろ?」
「そうだね。ヴェードはヴァンパイアの身体能力や精神力の指標みたいなところがあるから戦い方でその差はひっくり返ることもあるし、逆だってあり得るかもね」

 それを訊くと竜太は隣に座る楓をじっと見た。
「てか、楓ももっと強くなれないの? 不死身に能力値全ふりされた感じ?」
 竜太がニヤつきながら冗談気味に訊いた。柊はそれを訊いて苦笑いする。
「ごめん、僕のヴァンパイアとしての適性がきっと低いから…」
「いや、俺も冗談で言っただけだよ。でも、不死身なら無敵だよな」
「…そうなのかな」
 二人の会話をじっと聞いていた柊は不思議そうなものを見るようにして言った。
「竜太君ってさ、楓君が不死身って訊いて驚かなかったの?」
 竜太はそんな時もあったなとでも言いように白い歯を覗かせて言った。
「そりゃ、初めて訊いたときは驚いたよ。でも、それを訊いたときは俺がヴァンパイアになってすぐだったから自分の状況を理解するのに精一杯だったし、他のことはもう訳わかんなくてそれどころじゃなかったな。でも、今になってなんかジワジワと楓が不死身であることの驚きが湧いてきたんだよね」
 空を見つめながら竜太は吐き出すように呟いた。
「不死身ねぇ…不死身ってヤバイよなぁ…死なないのかぁ」
 3人の間で少しの沈黙があってから竜太が楓をちらりと見てから言った。
「楓には両親がいないことは知ってたけどさ、それが実験で楓が生まれたとか訊いた時もう訳わかんなかったよ。初めは冗談で言ってるのかと思ってたよ。意味分かんない悪い冗談。でも、楓がそんなつまらない嘘を付くはずがないって長い付き合いで分かるからさ、きっと本当のことなんだろうって思った」
「竜太君はそれを訊いてどう思ったの?」
 柊が楓に一度目配せして楓の様子を見てから竜太に訊いた。
「は? って思ったよ。でもさ、よく考えたら人体実験だろうがなんだろうがなんだか知らないけど、楓が今まで人間として、そして今はヴァンパイア兼人間として俺の友達で、俺の幼馴染であり親友であることに変わりはないんだから、その関係に変わりはねぇよ。今、俺の隣りに座ってるのは伊純楓なんだからさ」
 そう言うと、竜太は隣に座る楓の肩を組んで、楓は恥ずかしそうに頬を緩めた。
「竜太には辛い思いをさせちゃったかもしれないね」
「もういいんだよ。大事なのは今、こうやって生きてることだからってお前が言っただろ? それよりもさ、楓、俺がヴァンパイアになって医務室で話した時、もっと噛み砕いて話してくれよ、初めて聞く情報が多すぎて俺、頭混乱したわ」
「ごめん。勢いで訊いたこと全部喋ったから」
「もっと情報を小出しにしてくれれば俺も少しずつ飲み込めたかもしれないのにな。俺の脳みその性能をよく考えてくれよ」
 竜太はそれを言いながら思い出したように一回吹き出して笑った。
「だって楓、泣きそうな顔しながらとんでもないこと言い出すんだぜ? ちょうどこんな顔」
 竜太は楓が瞳に涙を溜めながら医務室で話した時の顔を真似した。
「ちょっと、竜太止めてよ」
 2人のやりとりを見ている柊は優しく微笑んだ。

「でも、こうやって笑い合って話すのはなんだか久しぶりな感じがするよな。あの日からまだそんなに日にちが経ってないのにいつもの日常がどこか遠くに行ったような気がする」
「ここ数日で色んな事がありすぎたもんね」
「ほんとだよ。今頃ユキの奴は何してんだろうな。俺らが学校休んでんだから寂しがってんだろうな」
 次回の登校日に期待を寄せる竜太に申し訳無さそうに柊は遠慮がちに「あの…」と話し始めた。
「言いづらいんだけど、実は竜太君は地上では亡くなったことになってるんだ。だから…その…」
 途中まで言いかけて竜太は目を丸くしてフリーズしたように固まった。
 しかし、竜太は固まっている間にその事実を自分の中でゆっくりと落とし込んだ。
「そりゃ、そうだよな。行けるわけ無いもんな。せめてユキには俺らがいなくなる前に何か一言言えたら良かったんだけどな。この姿で会うのはまずいし」



 3人が訓練室で話しているとガラス張りの訓練室のドアのロックが解除されドアが開く音が聞こえた。
「あれ? 3人とも何やってんの、こんなところで」
「工藤さん。お疲れさまです」
 柊はそう言って礼儀正しくお辞儀をしてから、今まで楓と竜太に会ってから現在までの経緯を伝えた。

「へぇ! 2人ともお友達できてよかったじゃない!」
 そう言って工藤は一番近くにいた楓を腕を叩いた。恐らく、竜太ではなく楓を叩いた理由は一番近くにいたという理由だけだろう。
「柊君は面倒見が良くて助かるよー。肝心な連堂さんは2人を放置してどっか言っちゃったしさー」
 不満げな態度を示す工藤だったが何か思い出したように言った。
「そういえば、3人共今日は地上で泊まるの?」
 柊が頷いてから言った。
「はい、地上で偵察に出てる方から連絡があるかもしれないので」
 そう言って工藤は「オッケー!」とニヤニヤと笑みを浮かべてから3人に空室の部屋を探して案内した。

「なんかホテルに泊まるような気分だな。部屋も広いし、俺の部屋の何倍あんだろう」
「この建物ってなんか広いよね」
「ここは大垣さんが管理してるからね。モラドが所有してる建物では一番広いと思うよ」
「地上にはモラドが所有する建物はまだあるって言ってたもんね」

「てか、今日何したらいいんだ? 今は午前だから外には出られねぇし」
「しばらくゆっくりしようか。2人もモラドに来たばかりだし、色々と急な事があったと思うから」

 そんなやりとりをしてから、3日ほど経って楓たちは地上にいる間は柊と特訓したり3人で話していたりと自由な時間を過ごしていた。
 そんな日が続いていた4日目の朝の地上1階の食堂にて。

「2人ともヴァンパイア生活は慣れたかな?」
 工藤がそう言うと竜太がしばらく考え込んでから答えた。
「微妙ですね。ヴァンパイアっていっても結局人間の生活リズムのまま外出れないのに朝に起きてるし。まだ、実感がわかないっていうか。自分がこのヴァンパイアのいる組織に属していることも不思議だし。おまけに隣にいる奴は不死身だし。変な夢でも見てるみたいです」
「そうだよね。急に自体を受け入れられる方がすごいよね」

「てか、幹人は元々ヴァンパイアなのに人間と同じ時間に起きるんだな。ヴァンパイアっていうから朝寝て夜起きてるんだと思ったわ」
「うん。アガルタでは人間の時間に合わせて起きてるし、そもそもヴァンパイアは人間ほど睡眠時間を必要としないから人間にとって少ない睡眠時間でも明け方まで活動できるからね」
「太陽で死ぬことと食料が人間の血じゃなかったら便利な体だよな」
「竜太、工藤さんが居るんだからそういうこと言っちゃダメだよ」
「いいの、いいの。みんな人間の前でも普通にそういう事言ってるから」
 工藤はおばさんのように手招きするような仕草で楓に笑みを見せた。

 その勢いからか竜太もケタケタと笑いながら冗談めかしに工藤に言った。
「もし、俺が工藤さんのこと吸血して殺しちゃったらどうなるんですか?」
「竜太ってば、またそんな事言っちゃダメだよ」
 工藤が「大丈夫だよ楓君」と手で制して、一瞬雰囲気がピリリとしたが工藤はそれすらも面白がるようにメガネを光らせて笑みを浮かべた。
「良い質問だね竜太君。そのことなんだけど、まだ楓君にも説明してなかったから今伝えておくね。もし、モラドのヴァンパイアが人間を殺した場合、そのヴァンパイアは契約違反になって死刑。つまり、殺されちゃうの」
 場の空気感が変わってさっきまで和やかな雰囲気は無くなり半分冗談で訊いたつもりの竜太は驚いた様子で顔を引きつらせていた。
「へ、へぇ、殺されるの?」
「うん、殺されるよ。吸血しなくても故意に血を流させたらモラドから追放して野良のヴァンパイアになってもらうの。逆もそうだけどね。人間側は血液の提供を永久に約束してモラドから追放だよ。でも、人間側の言い分やヴァンパイア側の言い分に筋が通って入れば考え直してもらえるけどね」
 真顔で淡々と語る工藤。
「じ、実際にそうなったヴァンパイアはいるの?」
 冗談半分で言ったつもりだったが、少し動揺の表情を見せる竜太。

 工藤は腕を組んでから少し考え込んで言った。
「実は居るんだよねー。その子は今は野良のヴァンパイアとして生きてるんじゃないかなー」
「それってどういう状況でそうなったの?」
 竜太は笑みを貼り付けているがその様子とは裏腹に恐る恐る慎重に探るように工藤に問いかけた。
「大垣さんから送られてくる血液はパック詰めされた血液なんだけど中には人間の肌から直接吸血したいってヴァンパイアもいて衝動的に襲っちゃったらしんだよね。人間でも色んな性癖があるようにヴァンパイアにもそういう事があるんだと思うよ」
 工藤はまるで怪談話でも語るかのように身を屈めて語った。
「そのヴァンパイアは追放されたってことは吸血しなかったてこと?」
「そう。吸血してたらもう死んでるからね」 
「え? ちょっと、まってそしたら人間側で誰がヴァンパイアを殺すの?」
「大垣さんだよ」
「大垣さん? あのおじさんがヴァンパイアに勝てんの?」
 工藤は竜太の問に首を横に振ってから話を続けた。
「いや、戦わないよ。モラドでは大垣さんが血液を集めてくれることでヴァンパイアの食料になってるんだけど人間側が大垣さんに殺害されたことを伝えて証拠も発見された時点で供給がストップするの」
「じゃあその後は?」
「契約違反だからそのヴァンパイアを追放するまで血液の供給はなしだよ」
「そんなモノで釣るようなやり方でみんな納得してるの?」
 柊が朝食の血液を飲み干してから言った。
「初めて訊いた2人には衝撃的かもしれないけど、こうしないとヴァンパイアと人間の均衡は保てないんだよ。いくら僕らが共存を望んだとしても中にはそういった行動を起こす者もいる。だから、僕らなりに平和に暮らすためのルールが存在するんだ。血液を供給する側とされる側。生物として捕食する側とされる側でね」
 一つ息を吐いてからまた吸い込み柊は続けた。
「人間にも法律みたいな社会のルールが有るように、そういうみんなの決まり事を設けて僕らの組織でも理想的な社会を目指すために決まりがある。モラドに居るヴァンパイアはその決まりに賛同して集まってるんだよ。2人の場合は状況が特別だったけどね」
 竜太はなにか思い出してすぐに工藤に問いかけた。
「そういえば契約違反とか言ってたよな。契約ってなんのことだ?」
「ああ、手形のことだね」
「手形?」
 竜太が聞き返すと工藤はバッグからクリアファイルを取り出しその中から二枚の紙を取り出した。
「これこれ、2人の手形。ごめん2人とも急だったから勝手に取っちゃったんだけどどうする? 破棄するなら今受けつけるけど」
「あ! いつの間に!」
 竜太がそう言ってから楓と顔を見合わせた。どうやら2人の意見は決まっていたらしく、代表して竜太が答えた。
「いや、別にいいですけど」
 工藤は今まで淡々と話していたがその時は安堵した様子だった。
「よかった。2人ともいい子だからうちにいてほしいからさ」
「工藤さんは本当にヴァンパイアを恐れないんですね」
「楓君に関してはヒョロいから私の方が襲いそうだもんね」
「それどういう意味ですか?」
 工藤は「ふふふ」と不敵な笑みを見せた。

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