バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第8話「準備」

楓は連堂の後ろについてき、洋館1階の広い廊下を進んで最も端にあるエレベーターの前まで来ていた。
「地下へはエレベーターで行けるがそこの階段でも行ける。階段は玄関に入ってすぐのところにもあるから覚えておけよ」
 と言って連堂はエレベータの隣りにある扉を指差した。

 連堂がエレベーターの下りボタンを押してボタンがオレンジ色に光る。よく見てみると外側ににあるボタンは1つだけで、このエレベーターは上へは上がらず、ボタンは下のみとなっていた。

 地上にとどまっていたエレベーターはすぐに滞在している階を表示する「B1」の部分がオレンジ色の光で点滅して廊下に敷かれている絨毯と同じ赤色の扉が開いた。
 中に入るとエレベーターは貨物用のエレベーターのように中は広く、一度に大人数が利用できそうだった。しかし、内装は貨物用とは違って下にも赤い絨毯が敷かれており高級感のある作りになっていた。

 そして、エレベーター内にはボタンが4つある。上から1、B1、B2。そして、4つ目は「Ag」と書かれており、アルファベット2文字のその後ろの文字は頻繁に使用していたのか、掠れて見えなくなっていた。
 連堂はそのうちののB1のボタンを押したが、当然楓は4番目のボタンのことが気になり連堂に問いかけたが「それは後で話す」と言って今は楓に教えてはくれなかった。
 
 2人は終始無言のまま、エレベーターはすぐにB1階に到着して、またエレベーターの大きな扉が開かれた。
 B1階の中を見てみると長い一本の廊下が続いており、地下の内装は地上の内装と変わらず赤い絨毯が敷かれている。天井には淡いオレンジ色の明かりがついていて、カーテンを締め切っていた地上と雰囲気は余り変わらないように思える。ただ、地下というだけあってフロア内はシンと静まり返っている。
 目の前に伸びる長い通路の壁には地上1階や2階程多くはないが、いくつかの扉が立ち並び地上同様に部屋があることが伺える。

 いきなり地下に連れてこられた楓はエレベーターを出た後、しばらく全体を見渡してから連堂に問いかけた。
「あの、ここには何があるんですか?」
 連堂は両手を腰に当ててから答える。
「ここはヴァンパイアの訓練施設だ」
 それだけ言うと連堂は楓たちが乗っていたエレベーターから出て一番近い部屋の扉を開けて「これから部屋の中を案内する」と部屋の中へ入っていき楓も続く。

「これは…」
 楓は唖然とした表情で全体を見渡した。
 扉を開けた部屋の中はバレーボールコート2つ分くらいの広さがあり全体は灰色の壁で覆われていて無機質である。天井には通気口のような穴がいくつか空いている、部屋の中は真ん中で半分に仕切られており、半分はトレーニングジムのようにベンチプレスなどのトレーニング器具が並んでいて、もう半分は実験施設のように外から様子がわかるようなガラス張りの構造になっていてその部屋の中は何も器具は置いてなかった。恐らく、訓練施設ということから実践訓練を積むための道場のような使い方をしている場所なのだろう。

「地下1階にはここと同じ防音、防弾構造の部屋が合計3部屋ある」
「3部屋も」
「そうだ、お前は例外だが、いくらヴァンパイアが身体能力や生命力が高いとはいえ、弱ければ本気で殺しに来る奴らには当然殺される危険性がある。そのため、お前らのような戦闘経験がないヴァンパイアはここで訓練してから戦いにでることになる」
「じゃあ、今日はここで訓練するんですか?」
「そうだが、その前にお前に渡すものがある」
「渡すもの?」と楓が首を傾げると連堂は「それを保管している部屋をこれから案内する」といって訓練室の扉を締めて2人は通路に出た。
 連堂は訓練室とは反対側の壁にある扉の内一つを開けて中に入り、楓も続いて中に入っていく。

 部屋の中は金属製の棚がいくつも並んでおり、そこは銃や刀が無造作に置かれている武器庫だった。その武器庫の両脇には部屋の端から端まですっぽりと埋まるほどクローゼットが立ち並んでいた。
 連堂はクローゼットのうちの一つの扉を開けると連堂が着ているような黒いスーツが大量にハンガーに掛けられ並んでいた。
「お前の身長だと…」とつぶやきながらクローゼットの並ぶスーツをもぞもぞと漁って一つ一つスーツのサイズを確認して、その中からハンガーに掛けられた黒のスーツのセットアップの一つと下の引き出しから白いワイシャツを一枚取り出して楓に投げた。
「これ着とけ。このスーツは動きやすいように特別な素材でできている。だから、その汚い制服は捨てておけよ」
 楓は受け取ったスーツに視線を落とした。
「なんでスーツなんですか?」
 連堂は「ああ、それも説明してなかったな」と頭をぽりぽりと掻く。

 連堂はクローゼットの両開きの扉を締めてから楓の方を再び見て、着ているジャケットの襟を掴んだ。
「なんでスーツかというと一つは組織としての象徴みたいなもんだ。まあ制服ってことだな。それで、2つ目はスーツを着ておけば人間の世界に溶け込みやすい。深夜に地上を歩いていても違和感ないだろ? 当然その時は刀を隠すけどな。それに…」
 途中まで言いかけると連堂は口元を少し緩めた。
「人間はスーツとか制服とか着るものを統一するのが好きだろ?」
 連堂の問いかけにキョトンとした楓は苦笑いしながら「どうでしょう」と首を傾げた。
 多少強引な理由があったが人間に合わせた服を着るということはモラドにとって共存の意味を表しているのかもしれない。
 連堂はわずかに白い歯を見せてからクローゼットの一番下にある引き出しを指差した。
「一番下の引き出しに靴もある。見た目は革靴だが伸縮性に富んでいて動きやすい作りになっている。俺はネクタイは嫌いだからしてないが、ネクタイと靴下はそこの引き出しに入っている。別にネクタイをしてもしなくても力が変わるわけじゃないが、そこは個人の趣味だ」
 連堂は黒いスーツが掛けられているクローゼットの下から2番めの引き出しを指差していた。
「どれも強度も性能も変わらないから好きなの選べよ」
 連堂の指先はクローゼットの引き出しから楓の後ろにある金属製の棚に移って、楓も連堂の指先が指し示す方向を見ていた。
「武器もそこら辺にあるやつ適当にとってもってこい。俺は外で待ってるからな」
「はい」と楓がつぶやくように返事すると連堂は部屋を出ていって武器庫の中はシンと静まり返った。
 大きなクローゼットに無数に掛けられているスーツと本物の刀や銃という異様な光景に楓はぽつねんとその場に立ち尽くした。

 楓は不思議そうなものでも見るようにクローゼットに向かって歩を進める。
 武器庫兼更衣室に取り残された楓は手に持っていた黒スーツを近くのテーブルに置いて、連堂が指差していた一番下の引き出しを開けた。
 引き出しの中にはぎっしりと全てシューキーパーに収められた黒い革靴が天井の光で黒光りしており艶が出ていた。
 引き出しの縁には足のサイズらしき数字が書かれたテープが貼ってあり楓は自分の足のサイズの革靴を取り出して床に並べて、自分が今まで履いていた学校指定の革靴を脱いで隣に並べてみた。
 収納されていた革靴は革の厚みがあるが動きやすいように作られているようで、かなり軽量されていて軽い。そして、革の手触りが学校指定の革靴とは違って高級感がある。一方、今まで履いていた革靴は革とは名ばかりで紙のように薄く思える。
 続いて、下から2番めの引き出しを開けてみると左半分にはネクタイが右半分には靴下があり、まるで蜂の巣のように折りたたまれたネクタイと靴下が整頓されていた。そして、靴下の領域には靴同様にサイズが書かれたテープが引き出しの縁に貼ってあった。
 楓はネクタイと自分の足のサイズの靴下を取り出してスーツとワイシャツを置いたテーブルの上に置いて、学校の制服からスーツに着替えた。
 ネクタイは学校の制服でも毎日付けていたので慣れた手付きでネクタイを上まで締めてネクタイピンで最後に止めて着替えを終えた。
 そして、脱ぎ終わった制服を手に取りしばらく何か考え込むように制服に視線を落として、ゴミ箱の中にそっと置いた。

 そして、武器が無造作に置かれた棚の方へ行った。まず楓が見たのは銃が置かれた棚だった。銃の種類もいくつかありハンドガンタイプのものやライフル、ショットガンがある。楓はまずハンドガンを両手で棚から慎重に取り出して、シリンダーに実弾が詰められていることを確認した。
「これ本物なんだ」
 楓はポツリとそう呟いた。
 白くて細い指から一番小さいはずのハンドガンがより重厚感があるように感じる。そして、初めて武器を持つ楓の手は小刻みに震えていた。手に持ったハンドガンを引き金に間違って指を掛けないようにグリップの下部を掴んで割れ物を扱うように慎重に触った。

 ハンドガンを持って合わないと感じたのかライフルやショットガンには触れずに静かな刀が置いてある棚の方へ移動した。
 そこには刀でも鞘に収められた短刀やナイフは棚の上に、太刀や薙刀は立てかけるようにして置かれている。
 楓は棚の上からまた割れ物を扱うように慎重に短刀を取り出して鞘から刀を抜いた。
 やはり、ハンドガン同様、短刀でも楓が持つと重厚感があるように見える。
 楓は短刀を棚に戻し、しばらく刀の棚を眺めた。



 楓は黒のジャケットの襟を整えて武器庫の扉を開ける。
「すいません、遅くなりました」
 通路でタバコを吸っていた連堂が携帯灰皿を取り出して吸い殻を慣れた手付きでしまい、携帯灰皿をジャケットのポケットに戻した。
「いや、大丈夫だ。武器はそれを選んだのか」
「はい」という楓の手には一本の太刀が握られていた。
「なんでそれを選んだんだ?」
 楓は太刀を両手で抱えるように持ち、手元を見つめる。
「なんとなく一番手に馴染んだだけです。出来るならあまり抜きたくはないんですけど」
 連堂は嘲笑してから言った。
「それは無理だ。強くならなければ守るべきものも守れない。仲間を失うだけじゃなく俺らの目的を達成することも出来ない」
 しばらく楓は太刀を見つめてから視線はそのままにして言った。
「そう…ですよね」
 連堂は楓に視線を戻して、鋭い眼光で楓を見下ろした。
「そろそろ覚悟を決めろよ、伊純。中途半端でやってたら最悪の自体はすぐに来る」

しおり