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 池田敬は驚いていた。

静からの電話を切った後、すぐにかかって来た坂辻からの電話の内容に。


 <こんな時になんだよ…ああ、一志の同期と連絡が付いたのかな…>

そんな風に予想していた内容は全く違い、耳を疑うようなものだった。

 映研の映像と同じ内容のものがヨウツベにアップされており、"出演者"は誘拐されたと思われるフランス人だという。

パソコンの操作をまだしていた中津がヨウツベの画面を出すと、仕草でどうぞ、と池田を誘った。

池田は坂辻の話に相槌を打ちながら、中津に片手を上げて礼の仕草をすると、パソコンの前まで行く。

そして、スマートフォンは肩と頭で挟み、両手でパソコンを操作して問題の映像を検索した。

坂辻の言う通り、ヨウツベに映画と似たような動画がアップされており、すさまじい勢いで再生回数が増えている。


<なんなんだ、これは一体?>

池田の動悸は一気に激しくなる。

「あの池田さん、俺、どうしたらいいんでしょう。

これって、何かの罪になるんでしょうか」

坂辻が怯えた声で訊いてきた。

「それはわかりませんが、落ち着いてください。

あなたは、言わばこの犯人から唆された訳です。

事情聴取は免れないでしょうが、何か犯罪を行ったとは言えないのではないかと思われます」

池田は自分にも言い聞かせるように言った。

「そうですか、そうなるといいんですが」

坂辻は、少しほっとしたようだ。

「それで、その、先ほど、断定はできないものの、あなたたちの映画の方も佐藤一志さんを誘拐した、いわば本物らしいということがわかり…」

「え!?やっぱり、ど、どうして、どうしたらいんですか」

「落ち着いてください。

犯人らしき人物も誰かわかりましたので」

「え!そうなんですか!

誰だったんですか!?」

「あー、詳しくは言えませんが、確度の高い情報がありまして…

まあ、あなたたちの先輩ではないことは断言できると思います。

実はこれからちょうど、警察に相談しようとしていたところでして」

「へえ、そうなんですか。

こんなに早くわかるなんてすごいですね。

あ、あの、警察って、今日、池田さんたちが部室を出て行かれてからすぐに、八塚さんって刑事の方が来たんですが、もしかしてその方に…でしょうか」

「え、八塚が?」

たった今、思い浮かべていた人物の名前に、池田は驚いた。

「はい。その八塚さんが池田さんのこと、友達のように言われていたので…」

「ええ、まあ、警察学校の同期でして」

「そうなんですか。

ただ、八塚さんの方は別の事件、あ、池田さんが帰る間際に話題になってた事件ですが、その…」

「あー、葬儀場で殺人事件があったっていう奴ですか」

「ええ、それです。

その事件についての聞き込みだったので、この映像の件は関係ないと思うのですが、一応言っておこうと思いまして」

「わかりました。その点はこちらでも確認してみます」

「あ、あと、ブルーレイ、そちらに預けていますけど、証拠品になりますかね…どうしたらいいですか?

あの、その辺りもうまくフォローしていただけると、ありがたいのですが…」

「ああ、大丈夫です。

今日の経緯を話しますし、なんら問題はありません。

あ、そうですね、複製品でも一応証拠品ということで、押収されてしまうかもしれませんが、しょうがないですよね?」

「もちろん、構いませんが、あの、しつこいようですが、僕たちに悪意がなかったというのは、池田さんの方から念を押しておいてもらえないですか。

正直言うと、それが一番心配なことでして…」

「ああ、そうですね。

ええ、ええ、心得ておきます。

まあ、結果論で言えば、あなたたちの行動は軽率だったと言われるかもしれませんが、仕方ない状況ですからね。

あなたたちに非がないことを私からも説明というか、上手く話してみますので」

「お願いします、お願いします」

坂辻は身の保身を図ろうと必死なようだ。


「あ、それで坂辻さん、この動画のタイトル、フランス人編パート1ってあるんですけど、ということはこれ、パート2があるってことですよね」

「え?どうなんでしょう…

でも、そうなりますかね、はい」

「私は今、電話しながら、検索かけてるんですが、パート2が見当たらないんで…」

「ああ、そう言われれば、僕はさっきフランス人編以外がないか検索したんですが、やっぱりなかったですね。

もしかしたら、後からアップされるもかもしれませんけど」

「そうか、この書き方だと他の外国人も考えられるということにもなりますね…

確認ですが、映研に届いていたのは、映画にしたDVDだけで、続きはないんですよね?」

「はい、もちろん、それだけです、はい」

「じゃあ、パート2って一体、なんなんですかね?」

「そんなの、僕にもわかりませんよ」

「いや、そうですよね。失礼しました。

それでは、また連絡します…あ、もしからしたら、警察の方から直接あるかもしれませんが」

「わかりまし…あ、ちょ、ちょっと待ってください」

坂辻は急に慌てたように言った。

「…ちょ、なんだよ、なんでお前が池田さんに…」

「いいからちょっと変わって…」

坂辻とは違う、女の声が電話口から小さく聞こえてくる。

「あの、すみません、マリ…いや、有馬から池田さんに話したいことがあるって」

「有馬さんて、静さんのお友達の?」

「はい、そうです。

あの、実は僕たち付き合ってまして…」

「へえ、そうだったんですか。あ、変わってもらって結構ですよ」

「あ、刑事さん?

ボクです、有馬ですー。

こんばんは~」

有馬の声は今迄の深刻な会話とはほど遠いトーンだ。

「あの~、実はとっても重要なことがあって、お話ししたいんですー。

それで電話じゃなんなんで、今からお会いしたいんですけどー」

「え?今から?

それはちょっと、こちらも立て込んでまして…」

「えー、そうなんですかー。

この動画のパート2のことがわかるかも知れないんですけどー」

「え?お前それどういう…」

「いいから…あとで…」

坂辻たちの話し声が小さく漏れ聞こえてくる。

「え、有馬さん、ほんとにわかるんですか?

なぜ、あなたがそれを知っているんです?」

「はい、その辺りもひっくるめて、お会いした時に全部お話ししまーす」

きゃぴっと聞こえてきそうなほどの声色だ。

「わかりました。では…」

「それでー、警察に相談されるのは、後にした方がいいと思いまーす」

「え?それはどうして…」

「だって、全部わかってから、まとめて説明した方が効率良くないですかー」

「まあ、一理ありますが。

それで、どこで待ち合わせを…」

「えーとー、多摩川台公園に八時半でお願いします!」

「え、なんでそんなに遠くで?近くでよくありませ…」

「その場所にも実は意味があるんでーす、とにかく、来てくださいませんかー」

「はあ…」


 池田は仕方なく、その要求に応じた。

多摩川台公園の東屋の下、午後八時半。

あと三十分ほどだ。

遅れるかもしれない、とは付け加えた。


<一体、これはどういうことなんだ?>

胸騒ぎが止まらなかった。

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