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疑問と疑問

翌日のまだ日も上らない明け方。
結局、荷物はぜんぶ俺持ちかよ。と愚痴りながらも、すぐ準備して出発となった。

そう、今回の件でいちばん喜んでいたのは、意外なことにトガリだった。
「だったら向こうであらためて歓迎会にしようよ。僕が向こうで食事作ってあげるからね」ってなワケでフライパンやら鍋やら大量の食材やら山ほど持つハメになってしまったんだが……
なんで女性陣の荷物まで持たなきゃいけねーんだ全く。

「ごごごめんなさい、こういうのあまり慣れていないもので」と、結局はタージアにおろおろした顔で懇願されてしまい、なんかえらく中身の詰まったザックまで持たされることになった。
もちろん、フィンのためにもある程度持たせて……と。

「俺こんなたくさん持てねーよ」
「黙って持ってろ、足腰の鍛錬だと思え」
あと、エッザールはなんか用があるから遅れてくるとかで、いざ採取ピクニックへ。

歩いてそれほどでもない距離とは言ってたが、俺にとってはこんな場所すら行くのは生まれて初めてだった。
敵地まで行くのにずっと狭っ苦しい馬車に揺られて……その間は寝てたしな。

渓谷まで続く一本道でふと立ち止まり、空に顔を向けると、澄んだ空気の匂いが俺の胸いっぱいに入り込んできた。

「いいでしょ、たまにはこういうのも」
「そうだな、家にこもっているよりか気持ちいい」
「まだまだこれからよ、目的地に着いたら生まれ変わった気分になるかも」悪戯っぽい笑みを浮かべながら、またジールはタージアと合流した。

「おとうたん、重いの?」俺を心配してか、チビが俺の尻尾をくいくい引っ張ってきた。
「おまえは平気なのか?」
うん! と元気な返事。けどたまに道端のバッタを捕まえようとして俺の視界から消える時があるから、まだまだ注意しとかなきゃな……

ほどなくしてエッザールが馬に乗ってやってきて、みんなで目的地であるラジュール渓谷へと着いた。
「ここです!」とタージアが突然大きな声で指差した。ヤバい、もう背中と足が限界だった。

だけど……今まで、こういった場所に仕事以外で行ったことなかったな。
音を立てて流れる川、左右には大きな崖。そして足元に広がる絨毯みたいな草原……と。なにから何まで新鮮だ。

胸いっぱいに澄み切った空気を吸い込んでいたら、タージアが猛ダッシュで川沿いに生えている草をむしり始め……
そのままぱくりと食べていた。
手には分厚い本。それに目を通しながら草を食うその姿……うん、やっぱり異様だ。

「気にしないで、彼女はいつもああやって確かめてるの」
「食べることでか?」
そう、あの子は基本的に味と匂いと身体で確かめるから。とジールは話す。
「身体……?」
「いわゆる薬効ってやつかな。自身の体調の変化で薬草か毒草か見極める能力があるの」
「毒草食ったらさすがにヤバくねーか?」
そうだ、ここでいきなりブっ倒れたり死んだりしたらどうするんだ……まああいつが自身で確かめているからには自分で責任取ってもらいたいところだけど、いきなり楽しいピクニック兼歓迎会で期待の新人に死なれたら困るし。
ジールはあっさりと平気だからと口にした。
「それこそが、ルースの助手たる所以なのよ」
だと話してはいたが、なんかタージアにしろルースの本来の仕事にしろ、いろいろ裏がありそうな気がする。

まだメシの準備には時間がかかるとかで、俺も久しぶりにチビと遊ぶことにした。最近フィンに押し付けてるばかりだったしな。
なんて思ってたら、ふいにエッザールが俺の元へ。なんかずっと深刻な顔してるんだが……何かあったのだろうか。

「ラッシュさんは、ラザト氏のことでなにか疑問とか持ってたりしますか?」
いきなりなんだよ。とは感じつつも、俺も今まで抱いていた思いを話してみた。エッザールに関しては数少ない信頼できる仲間だし。
「なるほど、ラッシュさんも同様の疑問を持ってましたか……」
「お前もそう感じてたのか」
「ええ、恐らく……ですが、あの人は裏で……」
側にいるフィンに聞こえないように、エッザールはそっと俺に耳打ちした。

「リオネングの中か、もしくは敵軍に内通している可能性があります……」

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