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悩み

「ところで……ラッシュさん。なんか太刀筋に迷いがあるんですが、やはり先日の一件で悩んでおられるのですか?」

エッザールが言うには、どうも俺の心がそこに存在していないのだとか。つまりはあれこれ考えているから太刀筋が……って、そんなの分かるのか!?
「剣の世界に身を置いているのですから当然です!」当たり前だが侮れない。こいつとはあまり手合わせしない方がいいかなと思ったり。

そういやそうだ。教会で見た例のあれ。自分自身の封印されていたマルデでの記憶。
俺が母さんと呼んだディナレの面影、そして彼女が言った使命。
「俺はこれから一体どうすればいいんだかな……ずっと頭にそれが残ってるんだ」
恥ずかしい話かもしれないが、これほどまでに俺が悩みを抱えたっていうのは生まれて初めてかもしれない。

ガンデ親方には自由に生きろって死ぬ直前に言われた。だがディナレは俺に使命があるという。
チビを育てながら、俺は日々を普通に生きてこれればそれでいいかな……なんて思っていた。
だが現実は違う。城には怪物が出現し、人獣は増え続け、挙句の果てには年端も行かないお姫様にこっそり求婚されて……
「ラッシュさんは贅沢です。たぐいまれな頑強さに恵まれていながら、その全てを得ようとあれこれ迷っている」

俺のひざの上で眠っていたチビが目を覚ました。寝ぼけたその顔にエッザールは笑顔で答えた。
「あなたの力の赴くままにまっすぐ生きていくのもいいかも知れません。ですが、この国をいつかは出なければいけないように感じるんです」
ラザトも同じことを言ってたような気がしたな。この国を出る覚悟はあるかって。
「ラッシュさんの運命は、この国には狭すぎます」
こいつの言うとおり、リオネングという国そのものに、俺は小ささを感じてきたのかもしれない。
実際のところここが大きい国なのか小さい国なのかは分からないが、もっと……勉強して外を知るべき時に来たのかな。

「朝食ができたよ、冷めないうちに早く集合!」っと、勝手口からトガリの呼ぶ声が聞こえた。やべえ、めっちゃ腹が減った!

「トガリさんは自分の腕を磨きたいがために外の世界を出ようと決心した。ラッシュさんも見習ってみるべきだと私は思うのです。それに……」
朝練でふらふらになったフィンの背中を押し、エッザールもまたメシの席に着いた。
「私も漂泊の身。ここに長く腰を落ち着けようとは思っていません。ですが、ここを発つときにはあなたと一緒に旅立ちたいのです」
ここまで爽やかな物言いをしてくる男に、俺はなんて返していいのか分からない。

「ラッシュさん、私は……あなたの数奇な運命と、豪快さに惚れたんです」

いつも通りふかしたての熱々のジャガイモを頬張ると、城の方角でわあっと歓声が聞こえた。
そろそろ例の式典が始まるのだろうか。とは言っても俺らは速攻で断ったし。見に行く気も起きない。
「例のマティエの件で親方の書斎をもうちょっと調べたい。手伝ってくれるか?」そうだ、まずは目の前のトラブル案件を一刻も早く片付けないと。
喜んで。とエッザールは笑顔で返してくれた。

いつか俺は、こいつの恩を返せる日が来るのだろうか……

だが、そんな悩みが砂粒程度にしか思えないの巨大な事件が、俺の前に立ちはだかるとは……今の俺には想像もつかなかった。


お転婆なあいつが、新たな頭痛の種を運んでくることになろうとは。

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